第1章 異世界へ 26
転生前 26
結論から言うと、護はできちゃった結婚ではなかった。
というか、結婚さえしていなかった。
護と一緒にいた女性は山下望、27歳。
護の隣に住んでいて、旦那さんは昨年事故でなくなったらしい。
仕事で忙しい望さんの代わりに、護が良く娘の志保ちゃんの世話をよくしているとのこと。
お人よしのあいつらしい。
「私の叔父さんが役場で働いてるんだけどさ、護君まじめだし呑み込みも早いしで結構かわいがられてるらしいよ。最初は親のコネで入ったとか陰口も多かったみたいだけどね。ただ、業務時間が終わったらほとんど毎日残業しないで速攻で帰っちゃうんだって。さすがに未成年だし飲み会ってわけにはいかないんだけど、たまには食事とか声かけるじゃん。でも、親戚の子供の面倒を見ないといけないんでって断っちゃうらしいんだ。」
俺達バスケ部組は中学の連中から見たら護の身内って感じに見えていたらしい。
だから俺達は護の事を知っていて当然と思われていて、噂話が回ってこなかったようだ。
ちょっと昔の同級生たちに聞いてみると色々な情報があっという間に集まった。
「護君と山下夫婦って、結構前から単なる隣同士以上に仲が良かったみたいよ。ほら、護君の家の事があるじゃない。それで、同情でもしたのかな?山下家で食事してたり休日も過ごしたりしてたみたいよ。」
「一回り以上年が離れてるのによくやるよねー。あの山下って女私たちより12上よ。それなのに旦那さんなくしたばっかりなのに、護君とべったりしてるなんて。護君騙されてんじゃない?」
「実は親戚でもなんでもないらしいよ。ただのお隣さん。それなのに護君が毎日保育園までの送り迎えまでしてるんだって。ほんと、お人よしだよねー。休みの日にも掃除や洗濯をしてるって話だよ。中学卒業したら狙い目かと思ってたんだけどなー。でもさすがに中卒はねえ。」
俺がこれだけの事をすぐに知ることができたんだ。
あの子ももう同じような事を知っているんだろう。
俺はいったいどうすればいいんだ?
転生後 26
シャミナ食堂での晩飯なのだが、俺達の雰囲気は暗かった。
「ほらほら、せっかくの肉肉定食が冷めちゃうよー。じゃんじゃん食べて食べてー。」
犬の獣人ポンミアさんが言ってる肉肉定食は、シャミナ食堂で一番豪華な分厚い肉汁が滴るお肉がドドンと乗っている看板メニューだ。
骨付き肉が香ばしい焦げ目をつけ焼きあげられており、普段なら大いに食欲がそそられるところなのだが…。
「そうですね、お兄様。せっかくのお食事なのですからいただきましょう。」
「そうじゃたふみゃんもぐはぐ、あぐむぐあうがふ。」
「いや、サクラは喋るか食べるかどっちかにしろよ。」
小さな口をいっぱいに広げて骨付き肉にかぶりつきながら何かをしゃべろうとするサクラのあまりな姿に思わず突っ込んだ。
なんか、エルフって草食で礼儀正しいイメージがあったような気がしないでもないんだが、サクラを見てるとどんどんイメージが壊れていく。
ガツガツガツガツ、モグモグモグモグ。
……こいつ、食べる方に専念しやがったか…。
まあ、俺も温かいうちに食べるか。
旨いんだこれがまた。
やっぱり肉はいいね、肉は。
最近はこんな豪華な食事をとる余裕も出てきた。
もちろん、これだけの豪華さに対して千円と格安なのもあるのだが。
それに、この肉肉定食、あまりの旨さと安さに、一度ポンミアさんに何の肉なのか聞いてみた。
彼女はにっこり笑って、
「美味しいお肉です。」
とだけ答えた。
硬い笑顔だった。
同時に厨房から漂ってきたシャミナさんの並々ならぬプレッシャーに、俺は戦略的撤退を試みざるを得なかった。
この肉、日によって肉質が違うのはもちろん、鱗のようなものがついていたり、羽のようなものが生えかけていたり、青い血がついていたりすることもあるのだが、あえて追求するまい。
旨いから許す。
「カルナには悪い事をしてしまったのう。まさかあのような結果になるとは……。」
ようやく口の中が落ち着いたらしい、サクラがつぶやいた。
さすがのサクラも若干気にしているようだ。
「いや、あれは仕方ない。まさかあそこまで見事に最終組を引き当てるとはなあ。」
「お2人には色々と心配をおかけしてしまい申し訳ありません。」
マリナが気落ちした顔で頭を下げる。
「でも、いいのかマリナ、カルナを1人にしておいて。」
「…最近のカルナは、私といる方が心が安らいでいない様子ですので…。迷宮探索がいい気分転換になればと思っていたのですが…。」
「明日の事をみんなで相談したかったんだけどなあ。まあ、カルナは置いとくとして、俺達だけで決めるしかないか。」
「決めるとは何をじゃ?」
「情報を買うかどうかさ。あの後確認してみたんだが、マップが各フロア十万円。魔物資料が各フロア五万円だった。」
「全部買うと三十万円ですか…、私たちには厳しい金額ですね……。」
「ここ1週間の稼ぎでの貯えがほぼ消し飛んでしまうのう。迷宮の状況を確認してから、各自の装備を可能な限り整えるという案をどうするかじゃな。」
「魔物に合わせて、もう少しはまともな防具にしときたいところだったけどな。情報を買うとなると防具どころじゃなくなるしな。」
俺は相変わらずの布の服だしな。
「フロアボスもCランクと言う事じゃし、相性が悪くさえなければ我らで倒すことも可能じゃろうがのう。」
「まあ、俺達がフロアボスの元に辿り着くころには、とっくに倒されているだろうな。」
フロアボスとは言う物のランクCの魔物だ。
先に入る20組のどこかがさっさと倒すことになるだろう。
「スタートダッシュは無理でしょうね。と言うことは、情報は買わずに、装備に回すべきでしょうか。」
「我らが入るころにはフロアボスはおろか、多くの魔物が倒されているじゃろうしのう。魔物がいなければ討伐依頼を達成する事も出来ぬ。いっそ、魔物が復活する6時間以上あけてから入るかえ?」
「いや、逆だな。買える情報を全部買おう。」
俺の言葉に2人は驚く。
「なぜですお兄様?」
「うぬ、三十万じゃぞ。タツヤ殿の防具が買えなくなるぞ。」
「あくまで推測でしかないし、迷宮の地形によっては推測が当てはまらないかもしれないからある程度は賭けになるんだが、それなりの勝算はあると思う。ま、俺の防具は今さらだな。買うとしたらカルナの防具だったんだけどな。」
2人の瞳に興味の色が湧く。
「カルナは一通りの装備は整っています。お兄様の考えをおっしゃってください。」
「迷宮に入るパーティーと言っても、大きく分けて2タイプに分かれると思う。ひとつは可能な限りの稼ぎを得ようとするグループと、迷宮の外で依頼を受けるよりも少しでも稼げればいいとするグループだ。」
「できる限り稼ごうとするパーティーの場合、明日は様子を見ながら少しずつ行くか、先頭を目指して一気に最奥を目指すか、フロアボスの宝箱目当てにフロアボスを攻略するか、このいずれかじゃないかと思う。もうひとつのグループの場合は、慎重に様子を見るってところが大部分だと思う。ここまではいいか?」
「各ランクの魔物を規定数討伐すれば、自動的にそのランクの討伐依頼達成とみなされるからの。最低、自分たちと同ランクの魔物を5体討伐すれば1日の探索としては充分な収入じゃしな。」
2人が頷くのを見て言葉を続ける。
「慎重に様子を見るグループの中でも、充分な実力があるかないか、事前に情報を買うかどうかで行動が分かれるだろう。まず、実力に不安があり、情報を買わないパーティーは奥まで行かずに、入り口周辺を回るだけになるだろう。」
「そして、実力に不安があり、情報を買ったパーティーだ。恐らく、入り口周辺での探索か、奥に進むにしても、万が一のことを考えて冒険者があまり行かない方向の探索は避けるんじゃないかと思う。つまり、奥に進むとしたら次のフロアにつながる方向だな。」
「また、実力に不安がないパーティーの場合でも、慎重なグループは結局それほど奥に進まないだろう。充分な確証が得られるまで挑戦は控えるタイプだろうからな。」
「最後に、実力が十分にあり、かつ慎重に様子を見る気がないパーティーだ。この連中は、フロアボスを目指すか次のフロアを目指すだろう。」
「確かに。」
「当然じゃな。」
「つまり、明日に関しては慎重に進めようとするパーティーは、地下2階には進まないと考えていいと思う。地下1階の入り口周辺の確認で済ますか、地下1階を隅々まで確認するかは実力次第だろうがな。つまり地下2階に下りるのは、自信がありかつ積極的にリスクを引き受けて探索を深めようとするグループのみだ。」
「そして、地下2階に降りた後も、フロアボス討伐か次のフロアを目指す可能性が高い。情報を買ってない場合はどこに進むか分からんが、地下2階の攻略を考えるようなパーティーならほとんど情報は買っているんじゃないかとも思える。」
「なるほど、考えられますね。」
「分かったぞ。つまり、地下2階のフロアボスや、次のフロアにつながっていない方向であれば、他のグループがいる可能性も低いと言う事じゃな。」
サクラの言葉に同意する。
「そうだな、地下2階の他のグループが来ない可能性が高い場所を絞っての探索。それが俺の考えた次善の策だ。」