第1章 異世界へ 22
転生前 22
あいつはなんと、地元の役場で臨時職員として働き始めていた。
驚愕の事実に、俺達は打ちのめされていた。
確かに俺達はあいつと進学を約束したわけでもなんでもなかった。
だが、就職という選択肢など、全く考えもしていなかった。
高校進学以外の進路があるなど想像できなかった。
あいつときちんと話をしていなかった事を俺達は悔やんだ。
…だが同時に俺は、あいつとあの子の大きな接点が消滅した事実にほっとしていた。
俺達はバスケ部に入った。
あの子もマネージャーとして入部し、あっという間にバスケ部のマスコット的存在となっていた。
全国クラスの高校だけに、バスケ部のレベルは高く、俺達は体力トレーニングについて行くだけで必死だった。
そんな俺達の高校生活が始まったばかりの頃、地元の仲間たちの間ではひとつの話題でもちきりになっていた。
あいつが赤ん坊を連れてスーパーで買い物をする光景がたびたび目撃されていたのだ。
地元から離れた高校に通っていた俺達とあの子がその事を知ったのは、梅雨の時期だった。
転生後 22
「今の勝負、無効にしないか?」
勝者である俺の言葉に、周囲がどよめいた。
カルナとマリナも驚いた表情をしていた。
「なんのつもりだ。今の結果に無効とかありえねえだろう。同情ならごめんだぞ。」
エギグルが険しい表情で反発する。
「いや、今使ったこの長剣な、そもそもマモルにもらったばかりの物なんだ。それに、決闘の直前に俺だけマモルから戦い方のアドバイスをもらってな。マモルの言葉がなければ俺にあんな戦い方は無理だった。オーク相手に苦戦してたのが昨日の俺の実力だったからな。」
俺を睨みつけた後、マモルに問いかけた。
「おい、今のは本当か。」
エギグルの問いかけに、マモルがにこにこと頷いた。
「ああ、そうだね。僕の髪と目の色を見てもらうと分かると思うんだけど、タツヤは僕と同郷の出でね。タツヤが知らなかった、僕達の同族の戦い方のコツのようなものを教えたんだよ。達也の言うとおり、昨日までのタツヤだったらエギグルさんと互角か少し分が悪い感じだったかな。でも、さっきの勝負でタツヤがエギグルさんを倒した事実に変わりはないんだよ。」
「そうだ、あくまで結果は俺の負けだ。」
エギグルが硬い表情で答える。
「でも、それじゃあ俺が納得できない。あんたは俺たちにきちんと謝ってくれた。それだけで十分だ。」
「しかし、」
ためらうエギグルに重ねて続けた。
俺だけならともかく、カルナとマリナの事もあるしな。
「それにな、今あんたが街を出ていくことになったら、間違いなく俺達はギルドであんたの知り合いに敬遠される。ギルド内での俺達の立場はかなり危ういものとなる。だから、あんたがどうしても勝敗にこだわるなら、敗者としてこの街で恥をかくことで追放の代わりにしてくれないか。」
俺の言葉に目をつむり、じっと考えるエギグル。
しばしの逡巡の後、迷いを振り払うように表情を改めた。
「分かった。タツヤと言ったな。お前の温情に感謝する。」
そう言って差し出されたエギグルの大きな右手を、俺はしっかりと握りしめた。
一連の騒動の後、ようやくサクラと今後の打ち合わせになった。
「とりあえずはパーティーの平均ランクをDに上げるべく、依頼をこなしていくのが先決じゃな。」
サクラの言葉にみなが頷く。
「4人中3人がDランクになれば、残り1人がEのままでもDランクパーティーとみなされます。迷宮もそろそろギルド員に開放されると思いますし…。お兄様はともかく、私とカルナは頑張らないといけないですね。」
その言葉を聞いたカルナの顔には焦りの色が浮かんでいた。
マリナの言葉に前から気になっていたことを尋ねた。
「そもそも迷宮って何なんだ?」
「神々が用意した、鍛錬のための場所と言われています、お兄様。ある程度の規模の街にはたいてい迷宮があります。本来は迷宮の周りに人が集まってきて、自然と街ができたとも言われていますね。迷宮の中には様々な魔物がいて、多くの宝物が隠されています。ただ、迷宮は基本的に入口が封印されています。数十年ごとに封印が解け、入口が解放されるのです。大体50年から100年の周期で解放されるようです。そして最下層にいる迷宮の主を倒すか、一定時間が経過することで再封印がなされます。現在、帝国内で15箇所での迷宮の解放が確認されているそうです。解放状態の迷宮を放置しておくと、魔物があふれて来たり、周辺の魔物まで活性化されたりします。そのため、最低限魔物があふれてこない程度に迷宮内での魔物討伐をしなければなりません。そして、鍛錬のための場所と呼ばれているように、迷宮内では倒した魔物の力を少しずつ己の物として取り入れていくことができると言われています。実際、迷宮が解放されている街では冒険者の平均ランクが高めになり、探索で得られる宝物で街の経済も活性化すると言われています。」
「そりゃまたずいぶん都合がいい場所だな。」
あきれた俺が呟いた。
「当然メリットばかりではないのじゃ。迷宮ごとに差はあるが、迷宮内の魔物は大体においてランクが高めの物が多いのじゃ。そのためどの迷宮もギルドランクD以上が迷宮探索の最低ラインとなっておるのじゃ。当然けが人や死者も出る、非常に危険な場所なのじゃ。100年ほど前には南部の都市があふれる魔物を抑えきれずに、壊滅したこともあったほどじゃ。」
なるほど…。
リスクもかなり高いってことか。
「で、ここの迷宮はまだ探索許可が下りてないってのはなんでだ?」
俺の疑問に答えたのはマモルだった。
「迷宮は解放されるとタイプが以前と変わるんだ。地形も含めてね。まったくの前情報なしに開放されたばかりの迷宮に入るのは非常に危険なんだ。だからどこの街でも解放直後は護民団と街の領主直属の部隊で初期探索を行うのが慣例になっているんだ。最低地下1階、原則地下2階までの状況を確認してから一般のギルド員に開放されるんだよ。役人たちの義務ってところだね。大体、封印が解放されてから2週間から4週間程度かかるかな。」
「護民団や領主直属の部隊ってのは、一般のギルド員よりも実力があるってことなのか?」
「そうじゃないよ兄ちゃん。ギルドである程度のランクになってから、護民団や領主直属の部隊に入るんだよ。最低Eランクで、中心はDランクかな。もちろんえらい人になるともっと上のランクの人もいるけどね。大体はリスクのある冒険者生活よりも、安定した生活を選ぶってことだね。もっともギルド員としても現役で、たまに修行を兼ねて依頼を受けてる人もいるよ。そして彼らは討伐による収入とか考えないでいいからね。大人数で迷宮に繰り出して、調査優先で慎重に調べるらしいよ。」
カルナの言葉になるほどと納得した。
ティナエナのような実力者を中心に大人数で行けば安全性はかなり高いだろう。
「それで、もういつ解放されてもおかしくないってことなのか。」
「そうです、お兄様。もう2週間が立ちましたからね。迷宮の魔物は一定時間ごとに壁から湧き出してくるとの話なのですが、宝物は基本早い者勝ちなのです。ですのでかなうのならなるべく最初から迷宮に入りたい所なのです。」
だが、そう言うマリナの表情には、カルナと異なり、昨日まで見られたかすかな焦りが消えていた。
どこかすっきりしたようなすがすがしい表情になっている。
カルナが焦る表情を押し殺すように声を上げた。
「それで兄ちゃん達にお願いがあるんだ。マモル兄ちゃんがタツヤ兄ちゃんに教えたって言うコツを、俺たちにも教えてくれないかな。俺達、もっと強くならなきゃいけないんだ。」
「もちろん、俺が教えられる事なら教えよう。だが、俺も教わったばかりで理解してるとは言えないからな。マモルに任せた方がいいと思うんだが、構わないか?」
と、マモルを促した。
「そうじゃな、我もマモルの教えのおかげでかなり成長したと実感しておるしな。」
サクラの言葉に、マモルは頷いて話し始めた。
「冒険者ランクDで壁があるって言うのはよく言われているよね。これは多くの人の場合、肉体的な限界領域の境目に当たるからなんだ。筋力だけの強化では、よほどの素質がある人や種族的な優位さがある種族でないとDランクの壁を越えられないんだ。そこを乗り越えるための力が、いわゆる”オーラ”と言われている物で、僕達の故郷では”気”と呼ばれていた物なんだ。」