第1章 異世界へ 21
転生前 21
「了解。なら、ギフトは竜との契約。契約可能なできるだけ最高位の竜との契約を行うことができるって感じでいいかな。」
ああ、それで構わない。竜との契約で頼む。
「じゃあ最後にいくつかまじめに注意をしようか。転生後、君の前世での記憶は原則いったん封印される。魂の傷に負担がかからない範囲でね。もちろん全ての記憶を封印してしまったら、生まれたての赤ん坊のようにまっさらになってしまう。だから、君の記憶の中でも感情を伴う記憶を中心に封印される。日常生活には問題ないはずだよ。ここでの会話もほとんど忘れることになる。そして、新しい肉体は、今の君と同じ年齢まで成長させておくよ。通常の成長の過程で、君の意識が上書きされちゃったらつまらないしね。その代わりと言っちゃなんだけど、それなりに強化しておくから。じゃあ次の人生楽しんでね。」
止った心の世界の狭間で、結局彼は最後まで目の前の存在が彼に対して悪意を持って誘導していたことに気付くことができなかった。
転生後 21
「それじゃあ、この決闘の審判をやらせてもらいます。裏に訓練場ありますよね?そっちに移動しましょうか。」
そう言ってどこからともなく現れたマモルが場を仕切り始めた。
今日も昨日と同じ黒衣だった。
「誰だお前は。見かけない奴だな。」
エギグルが睨みつけると、カウンターの奥からサブリナさんも出てきた。
「ちょっと、困ります、ギルドで決闘だなんて、これ以上騒ぐなら、処罰対象としますよ。」
いや、だから、俺はさっきから一言さえ喋っていないのだが…。
「おいおい、サブリナ、今更そりゃ野暮ってもんだろう。」
「そうそう、こうなったらやりあうしかないだろうが。」
周りはしきりとはやし立てる。
「そういうわけにはいきません。これ以上騒ぐと言うのであれば活動停止処分に……。」
「待ってください。そちらのエギグルさんがCランク、タツヤがEランクで間違いありませんね?」
「…その通りですが、今それが何か問題ですか?」
マモルに言葉を遮られたサブリナさんが、厳しい視線と共に問い返した。
「なら、2ランク以上の上位者が全責任を持って立ち合えば決闘の開催は許可されるはずですね。僕が全責任を負いますよ。」
マモルはそう言って、ふところからギルドカードを取りだし、サブリナさんに手渡した。
「Aランク、マモルです。この2人の決闘に全責任を負います。」
サブリナさんが目を丸くしてギルドカードを覗き込んだ。
「おい、Aランクだと?」
「あんな若造がか?」
エギグルを含め、周りのヤジ馬達もギルドカードを見ようとサブリナさんのもとに集まった。
その様子をあきれてみていると、マモルがスッと横に近づいてきた。
文句を言ってやろうと口を開きかけたタイミングでマモルが小声でささやいた。
「昨日の長剣を使うんだ、タツヤ。そして、発動キーワードを唱える時、体の中心、丹田から、魔力だけでなく、気力も引き出すイメージをするんだ。そして、剣に魔法の発動をもたらす前に、体全体に魔力と気力を巡回させるイメージを。後は思い切り剣を叩きつけるだけでいいよ。」
突然ささやかれた内容に戸惑う。
魔力だけでなく気力?
丹田って、ヘソの少し下だったけか?
そんなことを考えていると、
「間違いなく本物ですね。失礼しました、マモルさん。”黒衣の放浪者”の事は先輩たちから聞いています。まさかこれほどお若い方とは……。マモルさんが責任を負うと宣言した以上、決闘に関してはマモルさんに一任します。くれぐれも事故の起こらないようにお願いします。」
そのサブリナさんの言葉と共に、ギルドは歓声に包まれた。
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「アキ様の力を今借り受ける」
ヘソの下、丹田から、魔力と気力を引きだし、体中に循環するイメージ。
瞬時に、魔力と共に力がみなぎるのを感じた。
明らかに魔力以外の力を感じる。
これは、こっちの世界に来てから、かすかに感じていた力だ。
体の調子がいい時、体が軽く動く時に何となく感じていた力、これが気力だったのか。
長剣に青白い炎がほとばしる。
150cmはある刀身の先端まで無理なく魔力がいきわたっていた。
左足を前に出した半身の姿勢で、膝を曲げ、体全体を低くし、剣を両手に体の右手に構える。
なぜかこうした構えが剣に教えられたような気がした。
何かを感じたのか、エギグルも慎重だった。
先程まであった、タツヤを侮る表情は完全に消え、真剣な表情をしていた。
大きな丸い盾を正面に構え、少しずつゆっくり間合いを詰めてきた。
その様子に周りの取り巻きを含めたヤジ馬達も静まり返る。
「やっぱりあいつ、結構強いぞ…。」
カルナのつぶやきはどちらに向けられた言葉だったのか。
後数歩の距離で、エギグルが斧を上段に掲げながら一気に突進してきた。
達也には、エギグルの全力の振り下ろしがはっきり見えていた。
左足を半歩左前に進め、右足を引きつけると同時に体の向きを横にし、両足を踏みしめた。
達也にかわされ体が流れたエギグルの大きな盾に、長剣を横なぎに叩きつけた。
全力を込めて。
あっさりと鋼鉄の盾が引き裂かれ、エギグルの体を長剣が切りつけた。
次の瞬間エギグルの体が吹き飛んでいた。
轟音と共に訓練場の壁にエギグルが叩きつけられ、声もなく崩れ落ちた。
「勝負あり。勝者タツヤ。」
マモルの宣言に、周りは一斉にどよめき始めた。
「おい、うそだろ。」
「なんだあの威力は。」
「あれでEランク?」
「おい、エギグルさんは大丈夫なのか?」
「これからどうすんだよ、俺達。」
そんな騒ぎの中、サブリナさんが顔を蒼白にしてエギグルのもとへ駆け寄った。
「お兄様、おめでとうございます。」
「さすがじゃ、タツヤ殿。たいしたものじゃ。」
「兄ちゃん、いつの間にそんなに腕を上げたんだよ…。」
「いや、俺自身がびっくりしてんだけどな。まさかあんなにすんなりいくとは思わなかった。」
言葉通り、自分であれだけの攻撃ができたことが驚きだった。
「タツヤは器用なタイプじゃないからね。一撃の重さ重視のスタイルの方がなじむと思うよ。」
マモルはにこにこと笑っていた。
「お前、あっちはほっといていいのかよ。」
エギグルの方を指差した。
「大丈夫だよ。しっかり彼の体には保護結界を張っておいたから。体には傷一つついてないはず。まあ、威力は殺してないからあんなに吹き飛んじゃったけどね。衝撃は受けただろうけど彼もそれなりの実力者のようだからね。すぐ気がつくと思うよ。」
「鋼鉄の盾を切り裂くだけの斬撃もすごいですが、それをあっさり止めるマモル兄様の保護結界もすさまじいものですね。私、あの男が真っ二つになるかと思いました。」
さらりと怖いことを言うな、マリナは。
「ちょっと、無理をなさらないでください。」
サブリナさんの声にそちらを見やると、エギグルがふらふらと立ちあがっていた。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
凄まじい形相をしていた。
達也の元へ近づくエギグルをマリナが遮った。
「勝負はついたはずです。」
そんなマリナの肩をぽんと叩き、振り向くマリナに大丈夫だと眼で合図する。
マリナに横に下がってもらい、正面からエギグルを見据え、声をかけた。
「まだ何か?」
エギグルは顔に苦笑いを浮かべた。
「悪かったな。」
「え?」
予想外の言葉だったのだろう、マリナが驚きの声を上げた。
俺自身は、戦闘中にこいつのまっすぐさを感じていたので、意外感はなかった。
「俺の完敗だ。約束通り、マリナはお前のもんだ。俺はすぐにこの街を出ていくから勘弁してくれ。」
ここで予想外の言葉が出てきた。
エギグルの言葉に周りから悲鳴が上がる。
「そんな、エギグル、お前がいなくなっちまったら俺たちどうなる!」
「そうだよ、あんな口約束、律儀に守ることないって!。」
「大体お前、息子と嫁さんはどうすんだよ!」
意外と人望があるようで、周りはしきりとエギグルを引きとめる。
こっちを睨みつけてくる奴も多かった。
「うるせえ、黙れ、これ以上俺に恥をかかせんじゃねえ!」
「顔に似合わず潔い男じゃの。」
相変わらず失礼な物言いだが、潔い男だってのには同意だ。
さて、どうしたものかな。
エギグルの言葉に目をうるうるさせてるマリナのことは、あえて考えないようにした。