第1章 異世界へ 2
転生前 2
南小学校でも初の快挙だった。
F県小学校ミニバスケットボール大会優勝と全国大会ベスト8進出。
3年前に赴任してきた体育大学卒業の先生がバスケットボールの経験者であり、新人先生の熱意でミニバスケットボール部が作られた。
そこに集まった5人の少年と1人の少女はみな運動神経が優れ、熱意にあふれていた。 サッカー人気に押されて人数こそ少なかったものの、4年生からのたった3年間での成果だった。
俺も含めてチームメイト皆があいつのおかげだと分かっていた。
あいつ以外は。
小学校のような小さな社会で、全国大会ベスト8の肩書は魔法のような力を持っていた。
俺たちメンバー6人は卒業までの時間小さな世界の英雄たちだった。
あいつ以外は。
そして俺たちは6人全員が地元の緑が丘中学校に進学し、バスケットボール部に入った。
5人の男子部員と1人の女子マネージャーとして。
「県大会にもいけないような女子チームより、全国優勝が狙える男子チームのマネージャーのほうが断然お得じゃん!」
あの子はそう言って笑っていた。
もちろんそれも本音だったのだろう。
あの子の屈託のない笑顔がそれを物語っていた。
試合中の真剣な表情からは思いもよらない無邪気なかわいい笑顔だった。
その笑顔にドキドキしていた俺は、その笑顔にほんのりついていた赤みの意味に、しばらく気がつくことがなかった。
転生後 2
ふいに目の前の彼女の体から、炎がかき消えた。
炎の中から現れた彼女は、幻想的できれいだった。
年は20才くらいだろうか、達也よりはいくつか年上に見えた。
身長は165cmほどなのだが、達也の眼には自分以上に大きく見えていた。
彼女に幻想的なまでの美しさをもたらしていたのはその身にまとう色だった。
炎が消えるまで分からなかったが、彼女は紅だった。
赤髪、赤眼、赤銅色の肌。小ぶりな顔立ちに、整った鼻筋と小さな唇。
軽く釣り上った眦の中央を飾る赤い大きな瞳。
RPGゲームの中での皮鎧のようなものを身につけ、その強いまなざしは殺気と嫌悪をまとい達也を射抜いていた。
達也は自分の感じる純粋な恐怖感が弱まり、代わりに崇拝にも近い畏怖の念が湧きあがってくるのを感じていた。
目の前の存在が、自分よりもはるかな上位にいる強い者だと達也の本能が訴えかけていた。
ただ目の前の彼女に目を奪われ呆然とする達也。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
達也が我にかえった時、目の前の彼女の視線には、殺気と嫌悪に加え侮蔑が宿っていた。
おもむろに狼狽する。
何か話さなくてはと思いながらも、口は全く動かない。
「こんなカスが私の契約者だと言うのか。一体どうやって。何が起きた。おまえからは全く力を感じられん。魔力を抑えているわけでもない。かといって神器や魔導器を持つわけでもない。おい、おまえ、口もきけんのか。さっさと説明しろ。」
そう彼女が言葉にすると、彼女から押し寄せてくるプレッシャーのようなものが大幅に軽減された。
達也はうろたえながらも、やっとの思いで言葉を口にした。
「え、いや、あの、あんたが何を言ってんのか、お、俺にはさっぱり分からないんだけど。」
その言葉を聞いた彼女の視線の侮蔑の色がさらに濃くなる。
「ここまで力を抑えないと話すことさえできないカスか。おまけに知性も低いと見える。お前は誰だ、どこから来た、我に何をした。」
達也はさらに焦った。
自身がほとんど記憶がないのだ。
歩き出す前に思い浮かんだ単語を必死になって答えた。
「お、俺は神埼達也。あ、明日は部活の全国大会の決勝。後は俺もほとんど何も覚えていないんだ。あ、あんたのことなんか何も知らない、知るわけがない。初めて会ったあんたに、な、何もできるわけがないだろう。」
その言葉に彼女の目が眇められた。
「嘘は言っていないようだが…、この時点でも魔力の行使もなし…。ほとんど何も覚えてない?それもまた奇妙な。聞きなれない単語があったな。おい、部活とはなんだ。」
その詰問に、必死にこたえる達也。
「部活はバスケットボールです!あ、明日は全国大会の決勝で、です。」
ピントがずれていることに達也自身は気付いていなかった。
「バスケットボール?全国大会?何だそれはいったい、全く意味が分からん。…いや、まて、どこかで聞いたことがあるな。さて、いつのことか。」
彼女は軽く腕を組むと右手をその細いあごに当て考え込んだ。
次の瞬間、彼女の両目が大きく開かれた。
そしてかみしめるように言葉を絞り出した。
「そうか、かつての彼の人の言葉だ。あの日、あの夜、確かに彼の人の話に出てきた。」
次の瞬間、彼女の表情からすべての感情が消え去り、達也の目を正面からとらえた。
「答えろ。お前は日本から来た。世界の名は地球。転生者だな。」
彼女の言葉に、達也は必死に考えた。
日本、地球。どちらも自分につながりのある単語だとなんとなく分かった。
彼女の言うとおり自分はそこから来たのだろう。
彼女の視線はまだ達也をとらえて離さなかった。
達也は必死に首を縦に動かした。
侮蔑と嫌悪の色が消えた彼女の眼はあまりにも美しかった。
おもむろに彼女は眼をつむり、深く溜息を吐いた。
「彼の人の同郷からの転生者、そしてギフトによる強制契約か。彼の人の同郷では魂を焼き尽くすわけにもいかんか…。仕方がない、契約に則り、最低限の力は与えよう。受け取れ。」
次の瞬間、達也の体は炎に包まれ、その体を焼き尽くす痛みに達也は絶叫し転げ回った。
達也は今自分に何が起こっているのか全く分からなかった。
目の前の彼女が意味不明なことをつぶやいた次の瞬間、全身を炎が焼きつくそうとしていた。
達也はのたうちまわり、悲鳴を上げ続けた。
その達也に冷たく声がかけられた。
悲鳴を上げ続ける達也の耳にもその声はなぜかよく響いた。
「見苦しい。少しは耐えろ。お前を害する炎ではない。ひ弱なお前に力を与えているだけだ。一切の火傷も生じておらん。力にお前の魂が痛みを感じているだけだ。ただの錯覚にすぎん。うろたえるな。」
その言葉を聞いても達也の悲鳴は止まらなかった。
この焼ける痛みがただの錯覚?
ありえないありえないありえない。
体が内側から燃えていた。
なんだこれは、意味が分からない。
なんで突然燃やされなきゃならない。
俺が何をした。
痛い痛い痛い。
体の奥深くから生じる痛みに、達也は気を失うことさえできなかった。
達也の声が嗄れ、体が硬直して動けなくなってもなお続く痛みに、このまま気が狂うのではないかとかすれる頭の片隅で考えていた。
いつの間にか痛みが消えていた。
が、疲れ果てた達也は体が全く動かなかった。
横たわる達也に、冷たい声がかけられる。
「この程度の力で限界か。彼の人と比べるまではないのはもちろんとしても、あまりに脆弱。まあ、魂の休眠なしでの直接転生ではこの程度が限界か。契約がある以上、お前に死なれては迷惑なのだよ。とりあえずその力で当分はしのげるであろう。2枚羽程度の力は出るはずだ。人の身には充分であろう。それでも死ぬようであれば、その時は仕方がない。お前の魂は我が焼き尽くす。彼の人も事情は理解してくれよう。魂が燃える痛みは先ほどの比ではないぞ。せいぜいあがいて命にしがみつくがいい。分不相応な力を願ったその身を嘆くことだ。この道を日が昇る方向へ進め。一番近い街はそちらだ。」
その言葉を最後に、達也の意識は途切れた。