第1章 異世界へ 18
転生前 18
私立高校だけあって、中学とくらべても格段に立派な学校だった。
生徒全員が椅子に座れる講堂まであり、そこで入学式が行われると案内にあった。
俺達バスケ部組はあの子を含めて全員が合格していた。
中学の卒業式の後に行われた合格発表で、みんなで喜びを分かち合った。
あいつにも知らせようかという話になったのだが、あいつは今どき珍しく携帯を持っていなかった。
あいつの家に電話して呼び出そうかという話も出たが、俺が止めた。
このまま入学式まで秘密にしておいて驚かしてやろうって。
あの子も含めた皆が賛成した。
俺は、ただ少しでもあの子の告白を後回しにしたかった。
俺達バスケ部組は全員講堂の入り口で落ちあった。
入り口で各種の資料をもらい、席に座り開始を待つ。
「あ、クラス表が入ってる!私、1組だ!」
あの子の言葉でみんな資料を引っ張り出してクラス表を眺めた。
「俺も1組だ。」
「俺は2組。」
「げ、俺お前と一緒かよ。2組だ。」
俺は3組だった。
あの子と別のクラスかとがっかりして、あの子を見た。
あの子の顔が蒼白になっていた。
「マ、マネージャー、どうしたんだ、顔色が悪いぞ。」
俺が思わず声をかけると、あの子は震える唇でつぶやいた。
「彼の名前がどこにもないの…。」
転生後 18
「ペック、この人君の知り合いかい?」
マモルが黒馬に向けて声をかけた。
この状況下でのマモルの変わらない態度に、カルナとマリナはあきれていた。
サクラはと見ると、商人の方を興味深そうに見ている。
商人は馬鹿にされていると思ったのだろう、顔を真っ赤にして怒りに震えていた。
「ふざけおって、若造が生意気な態度を。」
護衛たちの方を振り向いてわめいた。
「お前達、この生意気な若造たちを痛めつけてやれ。自分達の立場を思い知らせてやれ。」
その言葉を聞いた護衛たちが、ニヤニヤ笑いを浮かべたまま前に出てきた。
「おいおい、そっちにいるのはもしかしたらエルフじゃねえのか。まったくお前らにゃもったいねえ。」
「迷子のエルフちゃんの面倒も俺達が見てやることにするか。」
「しょうがねえなー。」
マモルまで後一歩の距離で、護衛たちの動きがぴたりと止まる。
俺も驚きに目を見張る。
今さっきまで馬車につながれていたはずの黒馬がいつの間にかマモルの横に立っていた。
気のせいか、先ほどよりも一回りほど大きくなっている気もした。
黒馬の視線は明らかに商人に向けられていた。
いや、むしろ、
「馬が人を睨む…?」
カルナが不思議そうに首をかしげた?
黒馬は明らかに商人を睨んでいた。
後ろの方にいた痩せた護衛が、恐る恐るといった感じで声を上げた。
「こいつら、もしかして黒衣の竜滅者なんじゃ……。」
他の護衛たちは、思わずと言った感じで笑い声を上げる。
「おい、あのたった1人で闇竜を倒したって一時期噂になった、あの黒衣の男のことか?」
「本来ならSランクはもちろん、SSランクに認定されてても不思議じゃないのに、認定式典を断ってるからいまだにAクラスって噂の奴か?」
「そいつは1人で帝国全土はもちろん、国外まで放浪してるって話じゃなかったか?見た目優男で、でっかい黒馬を連れたのほほんとした奴だって……。」
だんだん男たちの笑いが乾いた笑いになっていった。
まあ、おかげで、マモルがどんな奴か分かってきたが。
あ、カルナとマリナの顔もひきつってきた。
「あの黒衣なら、連れてる黒馬は精霊って噂じゃなかったか…。」
護衛たちはじっと黒馬を見つめた。
「どう、ペック、あの人知り合い?」
マモルが何も聞こえなかったかのように再び黒馬に声をかける。
黒馬は商人を睨んだまま、顔を横に振った。
商人の顔が今度は真っ青になった。
「ペックは知らないと言ってますよ。人違いじゃないですか。」
「マモル、ペックは人じゃないと思うぞ。」
思わず突っ込む俺。
うなずく黒馬。
あ、うなずいたぞ、今。
「お兄様、そういう問題じゃないと思います。」
「うん、兄ちゃん、俺もそう思う。」
カルナとマリナがあきれた表情を俺にも向けてきた。
「ああそうだね、うん、たしかに。なら馬違いじゃないです?」
と、マモルが再び商人に問いかける。
護衛たちはいつの間にか商人の後ろまで引きさがっていた。
なかなかに素早い。
商人は顔を真っ青にしながらも、今更引き下がれないと言った様子で必死に何かを考えていた。
引きたいけど、プライドが許さないってとこか。
だったら…。
「マモル、ちょっといいか。」
「なんだい達也。」
「あそこの奥の岩なんだけどな、今ちらっとオークみたいなのが隠れたんだ。ちょっと仕留めてくれないか?」
200mほど後方の大きな岩を指しながらマモルに声をかけた。
「おや、それは気付かなかった。ついて来られちゃ面倒だよね。」
マモルはそうにこやかに答えながら、右手を天に振りかざす。
「豪雷よ、下れ。」
詠唱と共にすさまじい魔力がマモルからほとばしり、天からまさしく豪雷と呼ぶにふさわしい雷が大岩に降り注ぐ。
激しい音と光に思わず大岩から目をそむけた。
音がやんだ後に大岩に目を戻すと、大岩があったあたりは跡形もない更地になっていた。
なんかすでに驚くのを通り過ぎたな。
「さすがだなー、マモル。さあ、他の魔物が近づく前に街に戻った方がいいんじゃないのか。そっちの商人さんも、色々忙しいんだろ?」
「そうだね、あんまり遅くなる前に街に行きたいね。」
「そ、そうだな、こんなところでのんびりしている暇はないな、おい、お前ら、さっさと私の幌馬車の出発準備だ。」
商人と護衛たちは明らかに怯えながら幌馬車に下がる。
今までのことはなかったことにするつもりらしかった。
さすが商人、面の皮が厚い。
「さ、みんな乗って。」
マモルの言葉に馬車の方を向くとまたいつの間にか黒馬は馬車につながれていた。
大きさも戻っていた。
まあ、それでも大きいのだが。
馬車の中は広く、5人が乗っても充分にスペースがあった。
乗り心地も良好だ。
だが、馬車の中には妙な緊張感が漂っていた。
「マモルお兄様、さっきの商人達はあのままでよかったのですか?」
マリナが恐る恐ると言った感じで声をかけた。
「そうだよマモル兄ちゃん、あの規模の商隊だとまず間違いなくバックに貴族がいるよ。後でいちゃもんつけてくるんじゃない?」
カルナも緊張感を漂わせながら、言葉をつなぐ。
まあ、あれだけの力を見せられたのだから、緊張するのも無理はなかった。
「まあ、気にしなくていいんじゃないかな。」
マリナとカルナの言葉をマモルは笑って流した。
「それよりも、ほんとにあの黒馬、ペックと言ったか。あいつは精霊なのか?そんで、さっきの連中が話してたことは本当なのか?」
俺は気になって仕方なかったので尋ねた。
「お兄様。」
慌てたようにマリナが俺の服の裾を引っ張る。
「どうした?」
「いえ、お兄様、冒険者同士はあまり相手のことを詮索しないのがマナーですよ。」
「そうだよ兄ちゃん、黒衣の竜滅者って、色々噂があるんだけど、正体は不明なんだよ。中には結構怖い話も。」
慌ててマリナがさえぎる。
「マ、マモルお兄様の方がお兄様よりも年上のようですし、もう少し丁寧な言葉を使われた方がよいのではないかと…。」
ふむ、あまり聞いちゃまずいのか。
マモルはそれほど気にしないような気もするが、仕方ないか。
「たしかに、マモルのが年上みたいだし、ランクも上だよな…。なあ、敬語じゃなきゃまずいか?」
「いや、全然気にしないでいいよ。むしろ堅苦しいのは苦手だし。」
カルナの言ったことは全く気にしてないようで、マモルは相変わらずニコニコと答えた。
「そう言ってもらうと助かる。なんかマモルとは初対面の気がしないと言うか、友達と話しているような感覚がするんだよな。」
「マモル殿とタツヤ殿は同じ黒髪に黒眼じゃ。同郷故の懐かしさのようなものではないのか?」
サクラの言葉に首をひねりながら考えた。
「同郷なのかねえ。そういや、黒髪に黒眼の奴は街でも見かけないか。なんかあんまり昔のことは覚えていないから、ピンとこないんだけどなあ。」