第1章 異世界へ 17
転生前 17
「君以外にも数人のけが人は出たが、死んだのは君だけだよ。でもまあどうでもいいじゃんか。君の前世はもう終わったんだ。今から君は生まれ変わる。君のおかげで僕もいい思いができたんでね。できるだけ君の希望にこたえてあげようと思って、呼びとめてみたんだ。」
俺の前世は終わったか。
なら、俺は前世をやり直したい。
もう一度やり直せば、今度こそうまくいくことができる。
「あー、ごめん、それだけは無理なんだ。同じ世界の同じ時代を、生を重ねて生まれ変わることは不可能なんだ。だからそれ以外で考えてよ。放り込むだけなら何とでもなるし。なんだったら、君が好きなゲームのような世界もあるよ。剣と魔法の世界。精霊や竜が住んでる世界とかね。」
転生後 17
黒衣の男が後ろに振り向き、片手を上げる。
それを合図に、最初に男が立っていた近くの茂みの陰から誰かが立ちあがり、こっちに駆け寄ってきた。
見た感じ女の子のようだが、達也はその外見に驚いていた。
まず着ている物が、紺地のミニスカ浴衣を黒い細い帯で縛っているような服だった。
街でもそんな和服(?)に近い服は見たことがなかった。
左手には短い弓を持ち、右腰に矢筒と短刀が下げられている。
そして、金の長髪に青いやや釣り上った瞳。近づいてくるにつれて、長い耳が髪の陰から覗いているのが分かった。
12歳くらいだろうか?
綺麗だが、気が強そうな表情だ。
「まさか、エルフ?」
マリナが驚きの声を上げた。
カルナは見とれてボーっとしていた。
目が覚めたばかりで、状況が良く分かっていないようだ。
「マモル殿、お疲れ様じゃ。」
鈴を鳴らすような高い声だった。
「僕達はカラヤンの街に向かうところなんだけど、君達はカラヤンの冒険者かい?」
「ああ、そうだ。」
「なら、一緒に街に行こうか。あ、そうそう、よかったらこれ君が使わないか?」
黒衣の男はそう言って、オークのドロップ品の剣を俺に向けて差し出した。
オークが持っていた時は普通の片手剣のように見えたが、近くで見ると大きかった。
俺が持つと両手持ちだ。
ずしりと手に重みを感じる。
刀身も長さが150cmはある、幅広の両刃だった。
「なんで俺に?」
「君には片手剣よりもこっちの方が合うと思うよ。重さも君なら大丈夫でしょ?」
確かに今までの剣より重いが、心地よい重さだ。
十分使える。
「でも、いいのか?」
「ああ。僕はこの手の武器は使わないからね。お互いの自己紹介は、歩きながらにしようか。」
街道へ向かいながら互いの自己紹介をした。
黒衣の男はマモル。
エルフの女の子はサクラ。
「サクラの両親と知り合いでね。迷宮が解放されたカラヤンまでの護衛を頼まれたんだ。サクラの武者修行ってとこかな。」
マリナから、気を失った後の状況を聞いていたカルナが口を挟んだ。
「マモルさん達は結構遠くから来られたみたいですけど、歩きなんですか?」
「いや、馬車だよ。街道の脇に止めてある。」
「まだお仲間がいらっしゃったんですか。」
「いや、僕とサクラの2人旅だよ。」
その言葉にカルナとマリナが慌てた。
「そんな、街道脇に馬車だけおいてくるなんて、誰に持っていかれるか分からないじゃないですか!」
「そうです、大変です、魔物が出るかもしれません。急いで街道まで戻りましょう!」
「ああ、大丈夫だよ。彼には知らない人について行っちゃだめだよって言ってあるから。」
「彼?2人旅じゃなかったのか?」
俺も思わず口を挟んだ。
「ああ、ごめんごめん。正確には2人と1頭旅になるのかな。馬車を引いてくれてるペックさ。」
「マモル兄ちゃん…、馬車を引いてるってことは、ペックって馬だよね?」
「ああ、とっても綺麗で賢いんだよ。」
マモルがにっこり笑う。
「いえ、その、マモル兄様、いくら賢いと言われても馬なんですよね?」
「ああ大丈夫じゃよ、カルナ、マリナ。マモル殿は何かと規格違いのお方でな。マモル殿の御馬様も普通の馬とは考えない方が良いぞ。」
サクラの言葉に首をひねる。
「普通じゃない馬ってどんな馬なんだ?」
「ま、行けば分かるのじゃ。ちょうど何かが引っ掛かっているようじゃしの。」
前方で何人かが騒いでいる物音が聞こえてきていた。
街道脇にはしっかりした箱型の馬車が止まっていた。
馬車を引く馬は立派な体格をした黒馬だった。
普通の馬の1.5倍はあるんじゃないだろうか。
周りの騒ぎを全く気にしていない様子でたたずんでいた。
街道には4頭立ての幌馬車が5台止まっていた。
かなり大きな商隊のようだ。
黒馬の近くと馬車の後ろで何人かの人が倒れており、倒れた人の周りで商隊のメンバーが騒いでいた。
護衛らしき武装した人間達もいた。
護衛の1人がこちらに気付いたようで、商人風の小太りの男に声をかけていた。
「やあ、みなさん、どうなさったのですか?」
マモルがにこやかに声をかけた。
カルナとマリナは警戒心をむき出しにしているが、サクラはのほほんとしていた。
商人風の男が前に出てきた。
「いや、ちょっと馬車の調子が悪くてね。何人かが馬車酔いしてしまったので休んでいるんですよ。」
男は明らかな作り笑いを浮かべながらマモルに答えた。
「おや、それは大変でしたね。もうすぐ日も暮れます。急がれた方がいいですよ。何かお手伝いしましょうか?」
「いやいや、私達はごらんのとおり護衛もおります。野営も慣れていますから、気にせんでください。」
男は慌てて答えた。
「そうですか、では私達はお先に失礼しますね。みなさん、お乗りください。」
マモルが俺達の方に声をかけ、箱形の馬車の扉を開こうとした。
それを見た男が慌てて止める。
「ま、まちなさい、私の馬車に何をするつもりだ!」
マモルが首をかしげた。
「あなたの馬車?」
「そ、そうだとも、いきなりやってきて人の馬車に何をするつもりだ!」
その言葉を聞き、カルナとマリナは嫌悪感をむき出しにし、腰の武器に手をやる。
商人の護衛たちはすでに武器を手に手に持っていた。
護衛は10人はいた。
こちらが5人のうち3人が子供でしかも2人は女の子だとみて、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。
護衛たちの様子を見て、商人も落ち着いてきたようだ。
「街道の脇に馬車を置いて行くような間抜けな人間がいるわけないだろう。全くずうずうしい。見たところ冒険者か?今なら護民官には突き出さないでやる、さっさと立ち去れ。」
「いやいや待ってくださいよ旦那。」
護衛の1人が嫌な笑いを浮かべながら声をかける。
「馬車を盗もうとしたんだ、立派な犯罪者ですぜ。しっかり教育してやらないと。かわいい子もいるじゃないですか。」
「おい、厄介事はごめんだぞ。」
商人が苦い顔をして告げる。
「だんな、恐らくこいつが何か結界のようなものを馬車に仕掛けてんですよ。人の馬車に細工するなんでけしからんじゃないですか、しっかりとっちめて解除させないと。」
その言葉に商人もピンと来たようで、
「あ、部下達が倒れたのはそのせいか。なんて連中だ、おい、さっさと仕掛けを解除せんか。」
自分達の方が有利とみて、堂々と馬車ごと持ってくつもりらしい。
まったくたいした商人だ。
しかし、俺はさっきのマモルの魔法を見ていたので全く心配していなかった。
「あなたの馬車ということは、ペックもあなたの物とおっしゃる?」
マモルの言葉に商人が首をかしげる。
「ペック?誰だそれは。」
「馬車を引いてる彼の事ですよ。」
マモルが黒馬を指差す。
自分の名前を呼ばれたのが分かったのか、黒馬がこっちに振り向く。
「もちろんだとも、あれだけの立派な馬をそこらの冒険者が持ってるわけがないだろう。私のような一流の商人にこそふさわしいというものだ。」
男はすでに開き直ったのか堂々と言ってのけた。