第1章 異世界へ 13
転生前 13
それよりも、私がこのまま生まれ変わったらあの子はどうなる?
あの子は今一体どうなっている?
「…これは驚きました。あなたの心は今ここで止っているはずなのですがあの子のことを考えることができるのですね。さすが我々の仲間が魅せられるだけの輝きを持つ魂ということでしょうか。申し訳ないのですが、その質問に答えることはできません。前世の情報はそれがどのようなものであれ、あなたの魂をさらに傷つける可能性があります。ですので、あなたに伝えることはできないのです。」
そうか、私にはただあの子のことを思うことしかできないのか。
もうあの子の笑顔を見ることはできないのか。
もうあの子を抱きしめることはできないのか。
もうあの子が私の名前を呼んでくれることはないのか。
「…さあ、どのようなギフトを望みますか?」
…ならば、お願いする。
せめてずっと思い続けていられるように、けしてくじけぬ意思を。
そして、愛する人に幸運をもたらす力が欲しい。
あと、かなうなら…
転生後 13
ギルドに戻り、依頼終了の手続きを行った。
「確かに、牙兎の討伐を確認しました。1羽目を倒してから6羽目までが3分かかっていませんね。充分です。達也様、Fランクに昇格です。おめでとうございます。」
「やったな兄ちゃん。」
「お兄様、おめでとうございます。」
「ああ、ありがとうな。お前たちのアドバイスのおかげだ。」
俺は素直にそう返した。
こいつらのアドバイスがなかったら正直どうなっていたか分からないからな。
しかし、ギルドカードのチェックでそこまで分かるものなのか。
一体どんな仕組みになってんだか。
「そんなことないって、兄ちゃんの実力さ。」
「そうです、お兄様ならすぐにEランクに上がりますよ。」
「いや、さすがにそれは無理だろう。まだまだ慣れていないことも多いしな。」
どんな魔物がいるかさえよく分かっていないこの世界。
無茶はできないからな。
「あら、あなた達ずいぶん仲良くなったのですね。」
「そうだぜ、なんてったって俺達パーティー組むんだからな。」
「もうお仲間なんですよ。」
「そうだったんですか。あなた達もようやく3人目の仲間が見つかったのね。おめでとう。」
受付のお姉さんは真摯な目で達也を見た。
「達也さん、この2人は色々と難しい境遇で苦労していますが、常に努力を続けるいい子たちなんです。どうかよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げる。
「いや、そんな大げさな。むしろ俺の方が世話になるんだって。教わることはたくさんあるし、部屋にも泊めてもらうし。こっちこそよろしく頼むな。」
改めてカルナとマリナに伝える。
「もちろん。」
「よろしくお願いします、お兄様。」
「では、今回の報酬です。成功報酬一万円に、汚魂結晶の買い取り値が千円。合計一万千円です。」
そう言って、大銀貨1枚と小銀貨1枚が手渡される。
ここのお金は全て硬貨だ。
紙幣は存在しないらしい。
小銅貨が十円、大銅貨が百円、小銀貨が千円、大銀貨が一万円、小金貨が十万円、大金貨が百万円。
単位が円なのは分かりやすくて助かる。
どの硬貨も少し色違いの金属でしっかりと縁が補強されている。
偽造や加工防止用の魔法も込められているそうで、まず破壊は不可能らしい。
「さ、これでおしまい。飯食って帰ろうぜ兄ちゃん。」
「私達が良くいく食堂があるんです。とても安くておいしいんですよ。」
「それは楽しみだな。」
なんだかんだで結構つかれたし腹も減ったしな。
とりあえず寝る場所もできて一安心ってとこか。
「そういや、あんたの名前まだ聞いてなかったな。」
ふと思いつき、受付のお姉さんに尋ねる。
「サブリナです。これからもよろしくお願いしますね。」
お姉さんはそう答え、にっこりほほ笑んだ。
食堂は4人がけのテーブルが4つと6人が座れるカウンターのこじんまりとした店だった。
シャミナ食堂。
かっぷくのいいおかみさんと犬頭の獣人、ポンミアの2人でやってるようだ。
「カルナ、マリナ、良かったねえ。パーティーメンバーが決まったんだー。達也さん、私はシャミナ食堂のポンミアです。お食事の際はいつでも来てくださいね。」
カルナとマリナに紹介されると、そう言って犬の頭でにっこりほほ笑まれた。
声の感じから若い女性のようだ。
よく見るとスリム体型だが胸もある。
店主らしいおかみさんは
「ふん。」
と言ってカウンターの奥に。
愛想のないおばさんだ。
「いつもの並み定食を3人前と、水筒の補給をお願いします。お兄様、先ほど買った水筒をポンミアさんに。」
「ああ、これだな。頼む。」
革の空の水筒を5つ荷物袋から取り出し手渡す。
「はい。並み定食3つに水筒補給ですね。少々お待ちを。」
基本的に街では水は買わないといけないらしい。
水道なんて便利なものはない。
水筒や水瓶なんかに食堂や井戸で買った水を保管する。
しばらくは遠出をする予定もないので、5日分もあれば十分との事。
水筒1個に2L程入るらしい。
カルナとマリナはしばらく前に大量の水筒を用意し、街から1日ほどの距離にある森の泉で水を貯めこみ荷物袋に保管して節約しているらしい。
多くの冒険者はそうやって水代を節約しているとのこと。
俺も資金に余裕ができたら連れて行ってくれるとのことだ。
「はい、水筒と並み定食ねー。ごゆっくりー。」
食堂は結構にぎわっていた。
地元の人間が多いようで、おだやかだが賑わっていた。
定食はほっくり焼いたジャガイモに、豆と野菜と何かの肉が入ったシチューに黒っぽいパン。
「このシャミナおばさんのモツ入りシチューがここの看板メニューなんですよ、お兄様。」
「そうそう、下手な肉よりシャミナおばさんのシチューのが全然うまいんだぜ兄ちゃん。なんたって安いし!これで三百円なんだぜ!んじゃ、いただきまーす。」
そういや護民団でも肉料理はなかなか出てこなかったな、と、思いだす。
ジャガイモと、豆と野菜の煮込み。
それにパンかオートミールが護民団での食事だった。
たまにソーセージか卵がついたが、肉や卵は贅沢品らしかった。
パンも純粋な小麦のパンではないようで、ライ麦なんかが混ざっているらしい。
白いパンも高級品なんだそうな。
「お、こりゃ確かにうまいな。」
シチューを食べ、思わずつぶやく。
モツ肉の臭みもなく、柔らかく煮込まれていて、香草だろうか、いい香りもする。
やや硬いがパンも焼き立てでホカホカしてて、シチューによく合った。
「だろー、シャミナおばさんの腕はたいしたもんだろー。」
なぜか嬉しそうにカルナが自慢する。
「私達、ここで食事を取ることが多いんです。パンの窯もありますから焼き立てのパンもいただけますし。」
なんでも街で完全に自炊ができるのは極一部の人間だけらしい。
パンを焼く窯を設置するには窯設置の許可を取った上で毎年税金が必要になるそうだ。
そのためよほどの金持ちか商売でパンを売るもの以外はパン焼きの窯を置かないんだそとのこと。
例外として護民団や神殿なんかは特例の許可が出ているらしい。
それに冷蔵庫なんて便利なものはないから食品の保管は難しいし、水道がないから料理や洗い物に大量の水を使うのも難しい。
そのため、外食や屋台など外で簡単に済ませるか、パンを買って、保存のきくチーズや安めの干し肉を軽く炙ったり、簡単なスープを作るか手軽にオートミールで済ませるかと言った感じになるらしい。
「小さな村なんかだと、それぞれの家でパンを焼いて自炊してるらしいよ。街の外では制限されないからね。ただその代わりに麦を粉に挽く時の税金がかかるみたいだねえ。」
食事中にざっと聞いただけでも、水、パン、各種酒、各種武器の購入には税金がかかるし、宿泊費や家賃にもかかるらしい。
それ以外にも麦の粉挽きや酒の製造、農家や畜産酪農家も生産量に応じて税金がかかるし、各種販売業も売り上げに応じて税金がかかるらしい。
何をするにしても金は必要か。
ちなみに水筒の水は水筒1個分が百円だった。
食事代の三百円と比べるとそれなりの金額だな。
さびしい財布のことを考えるとわびしくなってきた。
「さ、じゃあ家に帰ろうぜ、兄ちゃん。」
「ここのすぐそばなんですよ、お兄様。」
ま、とりあえず腹は膨れたし頑張っていくしかないか。