5-2 御所の女
狼守りの一族――、ひとびとはまほろの生家をそう呼んだ。狼で国を守る一族だ、と。
――かつて、この国が興って間もないころ、若い男が狼を助けたという。
ひとの罠にかかったところを救われた狼は、その男を気に入り、男が困難に陥ったときは手を貸すことを約束した。その狼は実のところ、地を守護する山神だったのだ。
約束は男の子孫、そして神の子孫にも伝わった。
一族は狼の助けを借り武勇を上げ、国で重く用いられるようになった。それが、まほろの生まれた「狼守り」の一族だ。だが、まほろが生まれたとき、当初の狼たちとの関係はとっくに壊れていた。
いつのころからか、一族は不安を覚えたのだろう。口約束だけでは、いつか狼が一族から離れていくかもしれない。そうなったら築きあげてきた地位を失う。だから一族は、狼を術で縛るようになったのだ。契約を交わし、一族を裏切らぬようその身体に教えこませていった。そうするうち神は、ただの式神へと堕ち、狼はただの道具になり果てた。戦で敵を殺すための道具に。
だが。
「わたしたちは、狼の怨みを買ったのです」
式神に堕とされたことを、狼がよしとするわけがない。だから一族は滅んだ。狼の牙によって。そしてまほろも、死にかけた。それが、自分の過去。狼を道具と呼び隷属させた、一族の末路だ。
「狼たちは、もう、ひとに手を貸すことはないでしょう」
「……おまえの邸は、惨い有様だったそうだな」
うなずいたまほろは、くちびるをかむ。身体のふるえが収まりそうになかった。まぶたに焼きついたあの夜の光景が、まざまざと思い出される。邸を覆う炎も、縁者の骸も、なにかも、記憶は鮮明に刻まれていた。どれだけ時が経ても、忘れようとしても、消えてくれない。
「わたしの一族は狼の怨みを買い、皆殺しにされました。わたしは師に救ってもらってかろうじて助かったけれど、あの日の傷はいまだ消えてなどおりません」
まほろは衣の前をはだけさせる。昨夜、女宮も触れた古傷が現れた。親しかった狼に噛まれたその傷は、まだはっきりとそこにある。あの夜の傷。
廊に額をすりつけるようにして、まほろは頭を下げた。
「狼守りの一族はすでに滅びました。いまさら戦うことなど、できはしないのです」
雨音にもかき消されそうな、かすれた声しか出なかった。
女宮は沈黙していたが、やがて静かに告げる。
「おまえの話はわかった。つらいことを思い出させたな。悪かった」
女宮がまほろの顔を上げさせて、はだけた衣をその手で整えた。それが意外なほど慣れた所作だった。彼女は他人にかしずかれて衣を着せてもらう側の人間だろうに。
間近で見る女宮の瞳は黒々と輝き、まるで玉を埋めこんだようだった。
その瞳が、まほろを捕らえる。
身がすくむ思いがした。
「だが、こちらも遊びで言っているわけではないのだ」
彼女の意志が宿った瞳が、美しく、恐ろしかった。
「おまえがどう思おうと、戦ってもらわねばならない」




