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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
東庵国の鳴動
8/13

5-2 御所の女

 狼守りの一族――、ひとびとはまほろの生家をそう呼んだ。狼で国を守る一族だ、と。


 ――かつて、この国が(おこ)って間もないころ、若い男が狼を助けたという。


 ひとの罠にかかったところを救われた狼は、その男を気に入り、男が困難に陥ったときは手を貸すことを約束した。その狼は実のところ、地を守護する山神だったのだ。


 約束は男の子孫、そして神の子孫にも伝わった。


 一族は狼の助けを借り武勇を上げ、国で重く用いられるようになった。それが、まほろの生まれた「狼守り」の一族だ。だが、まほろが生まれたとき、当初の狼たちとの関係はとっくに壊れていた。


 いつのころからか、一族は不安を覚えたのだろう。口約束だけでは、いつか狼が一族から離れていくかもしれない。そうなったら築きあげてきた地位を失う。だから一族は、狼を術で縛るようになったのだ。契約を交わし、一族を裏切らぬようその身体に教えこませていった。そうするうち神は、ただの式神へと堕ち、狼はただの道具になり果てた。戦で敵を殺すための道具に。


 だが。


「わたしたちは、狼の怨みを買ったのです」


 式神に堕とされたことを、狼がよしとするわけがない。だから一族は滅んだ。狼の牙によって。そしてまほろも、死にかけた。それが、自分の過去。狼を道具と呼び隷属させた、一族の末路だ。


「狼たちは、もう、ひとに手を貸すことはないでしょう」

「……おまえの邸は、惨い有様だったそうだな」


 うなずいたまほろは、くちびるをかむ。身体のふるえが収まりそうになかった。まぶたに焼きついたあの夜の光景が、まざまざと思い出される。邸を覆う炎も、縁者の骸も、なにかも、記憶は鮮明に刻まれていた。どれだけ時が経ても、忘れようとしても、消えてくれない。


「わたしの一族は狼の怨みを買い、皆殺しにされました。わたしは師に救ってもらってかろうじて助かったけれど、あの日の傷はいまだ消えてなどおりません」


 まほろは衣の前をはだけさせる。昨夜、女宮も触れた古傷が現れた。親しかった狼に噛まれたその傷は、まだはっきりとそこにある。あの夜の傷。


 廊に額をすりつけるようにして、まほろは頭を下げた。


「狼守りの一族はすでに滅びました。いまさら戦うことなど、できはしないのです」


 雨音にもかき消されそうな、かすれた声しか出なかった。


 女宮は沈黙していたが、やがて静かに告げる。


「おまえの話はわかった。つらいことを思い出させたな。悪かった」


 女宮がまほろの顔を上げさせて、はだけた衣をその手で整えた。それが意外なほど慣れた所作だった。彼女は他人にかしずかれて衣を着せてもらう側の人間だろうに。


 間近で見る女宮の瞳は黒々と輝き、まるで(ぎょく)を埋めこんだようだった。


 その瞳が、まほろを捕らえる。


 身がすくむ思いがした。


「だが、こちらも遊びで言っているわけではないのだ」


 彼女の意志が宿った瞳が、美しく、恐ろしかった。


「おまえがどう思おうと、戦ってもらわねばならない」

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