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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
東庵国の鳴動
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4 駅の騒動

 街道はひとびとの姿でにぎわっていた。どこかの寺社参りにでも行く途中なのか楽しげな婦人たちや、行商に行く男連れなど、さまざまな声が響いている。


 市女笠を被ったまほろは、顔を隠すために笠から垂れている薄い布を持ちあげ、向かう先にある駅を見た。各地に置かれた駅は、通行する者を管理している国の施設だ。にぎわうのも常のことだった。


「師匠、どうして東国なの?」

「気まぐれだ。とくに仕事の依頼もないから、しばらくは物見遊山でもしようと思ってな」


 まほろと山吹は昨夜逗留した寺の住職に礼を述べる余裕もなく、東国に向けて旅立った。


 山吹が仕事を中途で切りあげたというご隠居には道すがら詫びの文を出したものの、まほろはどうにも落ち着かず、ここまで来てしまった。自分のせいで師匠がいい加減な男だと思われていたら、弟子として心底申し訳ない。


 それが顔に出たのか、山吹に肩をすくめられる。


「ご隠居のことは心配するな。切りあげてきたとはいえ、身体の疲れはしっかり取ってやったさ。まほろが気にすることじゃない」

「……そうかな」


 師でもあり恩人でもある山吹が気にするなと言うのなら、そうすべきだと思う。それでも気が晴れずにいると、山吹は苦笑した。


「まほろは難しく考えすぎるんだ。もっと楽に生きればいい。頭が凝りかたまると、身体まで壊れちまうからな。そしたら、俺が術で治さないといけなくなるんだから、もっと楽にしていろ。俺なんて、家を飛びだしてふらふら渡り鳥のような生活を送っているくらいだ。師を見習うんだな」


 行くぞと進んでいく山吹を、まほろはあわてて追いかける。力の入っていた肩は意識しておろした。昨夜の出来事を思い出すとすぐこわばってしまうのだが、せっかく山吹が気遣ってくれたのだから、深く考えるのをやめなければ。


 ……そう思うほど余計に身体がこわばってしまうから困るのだけど。山吹も見かねたように笑っていた。


 そうして、駅にたどり着く。


 見慣れぬものがあった。


 駅の前で、火が焚かれている。役人が暖を取っているわけではなさそうだ。それは、儀式に用いる護摩壇のような風情だったし、独特の甘い薫りもただよってくるから、なにかのまじないでもしているのかもしれない。


 山吹が足を止めた。


「――まほろ、もどるぞ」

「え?」


 まほろの背を押し、駅に背を向ける。その手の強さに、眉をひそめた。


「どうしたの?」

「あれは、まじない封じの香だ。昨日の今日だし、瞳を晒さないほうがいいだろう」


 人目をはばかった山吹のささやきに、まほろははっとして目を伏せる。市女笠で隠されているからまわりには顔などよく見えないはずだが、それでも不安だった。


 普段はまじないで黒色に見せているが、香をかいだいま、まほろの瞳はもとの色にもどっているかもしれない。狼守りの一族の、琥珀色の瞳に。


 自分が一族の生き残りであることを知られるわけにはいかなかった。


「一回もどって仕切り直しだな。まあ、行き先なんて適当に決めれば――」

「もし」


 山吹の言葉をさえぎって、黒い影が差した。まほろがふり返ると、役人のひとりが山吹の肩をつかんでいた。いかにも役人らしく融通が利かないような顔をした、四十がらみの男だ。


「失礼。呪者さまとお見受けいたす。この駅を通るおつもりだったのでは?」

「忘れ物を思い出したんだ。一度取りに帰りたい」


 山吹はまほろを隠すようにして役人に応じた。役人が不審そうに目を細めて、まほろを見る。


「そちらは?」

「弟子。人見知りなんだ。話しかけないでやってくれ」


 まほろは身じろぎせず、ふたりの会話を聞いていた。


 駅を目の前にして逃げだすなんて、罪人が逃げているとでも思われたのだろうか。だが疑われただけでは手荒なことはされないはずだ。役人もそこまで横暴ではないだろう。


 そう思った。


 ふいに、役人は刀を抜くと、まほろの笠を斬りつけた。


「え……?」


 驚いたまほろの隙をついて、垂れた衣が持ちあげられる。明瞭になった視界で、役人と目が合った。とっさにうつむこうとすると、顎をつかまれて上を向かされる。


「琥珀の瞳だな」


 見られた。


 目をそらしたいのに、それができない。


 まほろはあるだけの冷静さをかき集めて、どうにかひと言だけ聞いた。


「わたしに、なにか」

「その瞳を持つ娘を捕らえよと、触れが出ている。来てもらおう」


 役人は淡々と言い、まほろの腕を引く。まほろはわけがわからず、今度こそなにも言えなかった。その代わりに、山吹が役人の前に出て、道を塞ぐ。


「おい、待て。俺の弟子がなんだって?」


 騒ぎを聞きつけて、駅からほかの役人も駆けてきてくるのが見えた。山吹を捕らえようとしているのか、中には刀を抜く者までいる。その様子に、周囲の旅人たちまでざわつきはじめた。


「……なんなんだよ、穏やかじゃないな」


 複数役人に囲まれて、山吹が舌打ちをした。癒しの術を得意とする山吹は人相が悪いものの、実際はまったく武術に秀でていないことをまほろは知っていた。この状況は分が悪い。役人が山吹に迫ろうとしているのを見て、鼓動が速くなった。どうして自分が捕らえられようとしているのか、状況はなにもわからない。でもいま、自分のせいで山吹がもめ事にまきこまれている。それは許せなかった。


「やめて」


 声を張ったまほろを、役人たちがふり返る。


「わたしを捕えるんでしょう。抵抗しないから、師匠には手を出さないで」


 しばらく間があった。まほろは役人たちを見つめる。


 最初に声をかけてきた四十がらみの役人が、無言で片手を上げた。山吹に武器を向けていた者たちはその合図で一歩引いて構えを解く。


「行くぞ」


 なにか言いたげな山吹がこちらを見ていたが彼の言葉を聞く間もなく、まほろは役人に腕を引かれて駅に連れていかれた。街道に集っていた旅人たちの好奇の目が、すべて自分に向けられているのがわかった。


 笠を取りあげられ手首を縛られながら、まほろはうつむいた。いまだ戸惑いはしているが、それでも頭の片隅で冷静に考える自分がいた。


 役人がまほろを探していた。狼守りの一族である、自分を――。その意味を考え、そう時間をかけることもなく答えに達した。


 まほろの生家は国にとって必要な血筋だった。だから自分いま、連行されようとしているのだろう。逃げるなと、自分の役目を果たせと言われているのだ。いまのまほろには、狼守りとしての力なんてもうないのに。


 自分を探していたのは狼だと思っていた。だが、役人たちも同じだったのだ。諦めと自嘲で笑ってしまう。


 ――わたしには、そこまでして探される価値なんてないのに。


 だが、うつむきつづけるまほろに、役人は言った。


「尊き方を傷つけた罪で、そなたを御所に連行する」

「……え?」


 それは、まほろの予想していなかった言葉だった。


 どういうことだと問い返す間もなく、まほろは牛車に詰めこまれた。

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