7 戦へ
「もう、平気かい」
琥春は明け方、ひとの姿に幾重にも縛りの縄や札を張られ、帝の前に引きだされた。
広い部屋の上座で脇息にもたれる帝は、その穢れのない衣にも負けないほどの白い顔をして疲れをにじませていた。琥春を見ると、小さく微笑みかけてくる。
「……御所を乱したこと、お詫びする」
目礼すると、帝は目を伏せ「いや、こちらも油断していた」と首をふった。
「何度も退けてきた相手だから、と西海国を見くびっていた。此度はなかなかどうして知恵を働かせてくる。……契約は、まほろとできたようだね」
彼は琥春のとなりにいた兵と呪者に視線を送る。
「縛りを解いてあげなさい。まほろが契ったのであれば、問題ないだろう」
戸惑っていた兵たちだったが、帝に急かされては拒むこともできないようで、おそるおそる縄を解いていく。
「まほろの左腕は、諦めるしかなかったそうだ」
帝の声がした。あくまで淡々とした声だった。
「だが命は助かった。赤羽もだ。御所の呪者がいまも力を尽くして、回復させている。……とはいえ、あの様子では戦に出られぬだろうな」
「俺が出ます」
即座に言う琥春を、帝が見つめた。琥春もまっすぐに見返す。
「まほろと赤羽の分も、俺が戦う」
「ひとりでできるのか」
「……妖力が増しているいまなら、戦える」
琥春は胸に手を当てた。そこに、あたたかいものがある。まほろとのつながりと呼ぶべきものが琥春の力を引きだしてくれているのを感じていた。
呪者と契約すること――信頼する主と契約をすることが、これほど力強いものだとは思わなかった。虚ろだった身の内が埋められて、やはり自分は式神なのだと自覚する。神ではない。式神だから、生きるためには主が必要なのだ。
帝はじっと琥春を見つめている。
「しかし、狼すべてを相手にするのは、おまえでも――、いや」
帝は首をふり「頼む」と言った。
すぐにでも戦に発たなければならない。
兵とともに帝の前を辞して、あわただしい御所を歩く。だが琥春はひとつだけ、兵に頼みごとをした。兵は迷ってから、琥春を導く。
廊には、まほろの叔母と和泉がいた。こちらを見て、なにか言いたそうな顔をしたが、無言で部屋に通してくれる。琥春はゆっくりと脚を踏みいれた。
「まほろ」
部屋にはまほろが横たわっていた。夜具の上に彼女の長い髪が広がっている。死んでいるかのように眠っていた。琥春は枕元に行き、そっと彼女の口元に耳を寄せた。かすかな息の音がする。生きている。
だが左腕のあった場所が不自然になだらかになっているのが見えて、ぐっと目を閉じた。彼女をこんな姿にしたのは自分なのだとわかっている。西の呪者の命令に縛られていたときの記憶はないが、まほろを傷つけたのは琥春自身だ。
まほろの頬を両手で包んだ。狼の姿で抱きしめられることは好きだが、こうしてひとの姿でまほろを包むほうが好きだと気づく。
でも、もう、会えないかもしれない。
どれだけ力が増そうと、すべての狼を相手にして生きていられるかどうかはわからなかった。それでも、まほろをこれ以上巻きこみたくない。彼女の願いが叶わないことも、望まない。
「行くのですか」
廊に出ると、まほろの叔母がつぶやいた。琥春は彼女にうなずき、頭を下げる。背を向けた琥春に、叔母が言った。
「……気をつけて」
ふり向くと、彼女はまだなにか言おうとしたが、結局無言のまま琥春を見つめていた。その横で、和泉もじっとこちらを見ている。やがて少女は、深く頭を下げた。




