2 師の話
「俺もな、かつては狼守りの一族が闘う後ろで戦の場にいたんだ。狼たちが闘うのを何度も見ていたぞ。あいつらが怪我を負ったときに治すのが、俺たち一族の役目だった。……主上たちが狼を欲するのも、よくわかる。戦において狼に勝るものはなかったから」
山吹の瞳には、過去が映っているのかもしれない。苦いものをかんだときのような苦痛が浮かんでいた。
「俺は傷ついた者を癒した。傷が治れば、そいつはまた戦に向かう。敵を殺めて、怪我を負えばまたもどってきて、癒して――。その繰り返しだ。だんだん空しくなってきたのさ。こっちの兵を癒しても、敵の兵が死ぬだけだし。癒しの術なんて言っても、結局はひと殺しの術だった。嫌になるよな、戦なんて。呪者になんて生まれなければよかった、って思っちまうよ、あんなもん見たら」
つぶやく山吹の声に、まほろは膝にのせた拳を握る。
どれだけ厭おうと、まほろも山吹もその血筋に生まれてしまったのだ。そして生まれたからには、死ぬまで呪者でありつづけるしかない。
まほろは自身の長い髪に触れた。切ってしまえばよかったのかもしれない。だができなかった。呪者は呪者として死ねという慣わしが、身体にしみついている。
「まほろは弱いよ」
ふいの言葉に、顔を上げた。
「獣を犠牲にするか、ひとを犠牲にするか、決められていないだろう」
「……どちらも大切だから」
「だが選ぶ必要がある」
その言葉が腹に重たく響く。
「獣を犠牲にするなら、ここで覚悟を決めて帝に仕えろ。ひとを犠牲にするなら、さっさと去れ。師の俺が逃げつづけてきたんだ、弟子が逃げたって責めやしない。……まほろが逃げるなら、そのぶんは俺が補ってやるから心配するな。主上たちに文句は言わせん」
「……師匠が戦に出るの?」
「東庵国の民に犠牲が出ぬよう、全員俺が治してやるさ。俺はもう、十分逃げてきたからな。ここらで向き合うのも一興だ」
まほろを逃がす代わりに自分が業を背負う、と彼は言っているのだ。叔母も同じようなことを言っていたと思いだす。山吹も叔母も、まほろが逃げる選択を残してくれていた。それが苦しい。ふたりにそんなことをさせたいわけではないのに、自分は守られてばかりだ。
黙りこんだまほろを、山吹はじっと見つめていた。
「世界は苦いぞ、まほろ。どっちも守ろうなんてできるほどやさしくない」
「――それでも守りたいときは、どうすればいいの?」
「いま以上の覚悟と力を持て」
山吹は静かにつけ足した。
「戦では、殺すより生かすほうが難しい。しかもそれをしなきゃならんのは、おまえが大切にしている獣たちだ。よく考えろ」




