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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
嵐の前(修練編)
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1 帰還

 部屋に連れていかれたまほろのもとに、すぐさま和泉が駆けてきた。彼女はなにも聞かされていなかったのか、まほろがもどってきたことに心底驚いた顔をしていた。


「まほろさま。急にいなくなるなんてやめてくださいませ!」

「ごめんね、和泉。心配かけて」

「……べつに心配はしておりません。多少気がかりだっただけで」


 そっぽを向いた和泉だったが、すぐに火鉢を用意してまほろの世話をはじめた。拘束をほどかれ、衣を白の上着と緋色の袴に着替えさせられる。まほろはされるがままになっていた。


 ひとりで平気だと琥春に言ったのに、結局なにもうまくいかなかった。情けなくて泣きそうになる。彼の行動をすべて無駄にしてしまった。


 ふいに、やわらかく響く声がした。


「よく無事で帰ってきてくれたね、まほろ」

「……主上(おかみ)


 顔をのぞかせたのは帝だった。年迎えの祭りで帝も忙しいだろうに、彼はこんな御殿の端にまで自らやってきたのだ。彼はまほろを見て眉を下げた。和泉に何事かをささやき部屋を出て行かせると、まほろの前に腰をおろす。


「宮が手ひどい仕打ちをしたようだな。大事ないか」

「……はい」

「彼女を嫌わないでやってくれ。やりたくてこんなことはしていないのだ。わたしが不甲斐ないから、いつも彼女が補ってくれている。わたしも強くならねばならぬのにな」

「民のために、ですか」

「ああ」


 まほろは目を伏せた。帝の瞳にも女宮と似た強さがあった。


赤羽(あかばね)の様子は見てきたかい? そなたの叔母と和泉が、赤羽の世話をしてくれていたのだ。わたしもいままで以上に通って、やっと触れられるようになったのだぞ。まあ、そのおかげで妃たちより赤羽を寵愛しているとの噂まで流れる始末だが。それにはすこし困ってしまうな」


 帝は眉を下げたまま微笑んだ。そのまま二、三言葉を交わしてから、彼は立ちあがった。


「さて、わたしも今日は祭りでせわしないからお暇するとしよう。和泉に祭りでふるまわれる菓子を持ってこさせているから、まほろも食べるといい。そんな気分ではないだろうけれど、せっかくの祭りだからね」


 そうして部屋を去ろうとして、帝はふり返った。


「頼むぞ、まほろ」


 まほろはなにも言えず、ただ頭を下げて見送った。ひとの命なんて自分には背負えない。だが帝や女宮は、民の命を背負う覚悟があるのだろう。まほろになにを言われようともそれを貫きとおす覚悟が。


 しばらくすると、和泉がもどってきた。菓子ののった盆を持つ彼女の後ろを歩いてくる人物がもうひとりいる。その姿を見て、まほろは弾かれたように立ちあがった。


「師匠!」


 山吹は気まずそうな顔をしながら片手をあげて応える。もう縛られてはいないようだ。ほっとしたまほろの頭に、山吹の手がのった。


「もどってくるなんて、阿呆だな」


 咎めるような呆れるような複雑な響きのある声だった。


「お師匠さま、阿呆とはなんですか。まほろさまがもどってくるのは当然ですよ。主上と宮さまがそう望んだのですから」


 和泉がむっとした顔で言った。山吹は今度こそ呆れた顔をして、しっしと追いはらう仕草をする。


「弟子とふたりで話をさせてくれ」


 和泉はまたなにか言おうとしたが、ぐっとこらえて盆を置くと背を向けた。賢い子なのだ。彼女が出て行ったのを見て、山吹はどっかりと腰を落ち着けた。盆にのった揚げ菓子をつまんでひと息つく。


「いろいろあったらしいな。さすが、狼守りの一族は重宝されている」

「……師匠は大丈夫だったの? ひどいことされてない?」


 まほろも山吹の前に座り、問いかけた。こうしてきちんと話すのは、いつぶりだろう。


「手足を縛られていたくらいで、たいしたことはなかったさ。まほろが御所に連れていかれたあとすぐ駅で捕まって、いくらか経ったら今度は御所に連行されたんで、だいぶ暇を持て余したがな」

「ごめん。ずっと捕えられていたんだね」


 てっきり、駅で別れたとき山吹は逃れられたと思っていたのに、まほろが考えていたよりもずっと早い段階で彼は人質として連行されていたらしい。女宮は最初から、山吹を切り札として用意していたのだ。


「気づかなくてごめんなさい」

「ああ、いいよ、そんなもん」


 声の落ちたまほろに、山吹はぞんざいに手をふった。


「言っただろう、俺には実際罪があるわけだし、捕らえられて当然なんだ。家の秘術を持ちだしたんだからな」

「でもそれは、わたしのためでしょう?」


 幼いころ、山吹に拾われたまほろは、やがて彼から(がく)の術を教わるようになった。それはまほろがふたたび狼に狙われたとき、自分の身を守ることができるようにという山吹の気づかいだったのだと思う。


 ――俺が闘いや結界を専門とする呪者だったら、もうちっと力になれたんだがな。癒しなんて、傷ついてからしか役にたたないもんを教えられても心細いだろうよ。


 ときどき山吹は申し訳なさそうな顔でそんなことを話していた。けれど、まほろに生きるための力を与えようとしてくれる彼の心がうれしかった。


「師匠にはなんの罪もないよ」

「……いや、どうだろうな」

「え?」

「たとえまほろを弟子にしていなかったとしても、俺が家から抜けだした罪人であることに変わりはないさ」


 山吹は肩をすくめる。そういえば彼が家を出て根無し草の生活をしている理由を、まほろは知らない。訊いてもいいものかと迷っていると、山吹が先んじて話しだした。


「俺は戦から逃げたんだよ」


 まほろは目を見開いた。

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