2 目覚め
「まほろ、まほろ!」
肩を強くつかまれる感覚に、重いまぶたを押しあげる。
「……師匠?」
山吹はまほろと目が合うと、ほっと息をつく。その息が空に白く立ちのぼる様子が、彼の持った提灯の灯りに照らされた。
「肝が冷えたぞ。こんなところで倒れているなんて。馬鹿もんが」
ゆっくりとまわりを見渡す。
どうやら、寺までつづく道の脇に自分は倒れていたらしい。
自分の周囲には白い兎たちが集っている。あたたかい兎のおかげで、この冬空のもとで気を失っていても死なずに済んだようだ。ありがとう、と一羽を抱きあげる。その白い毛に、そっと鼻を押しあてた。……違う。この匂いじゃない。
思考からだんだんと眠気の靄が晴れていき、まほろははっとして山吹の腕をつかんだ。
「師匠、ここにだれかいなかった?」
「あ? いや、おまえだけだったぞ。あとその……、獣たちくらいだな」
山吹は恐ろしそうに兎を指さす。それが気に障ったのか兎たちが牙を剥くと、ひっと山吹は退いた。
「……おびえなくても、この子たちにひとを襲うほどの力はないよ、師匠」
まほろが兎をなでると、山吹は気まずそうに咳払いして「なにがあった」と訊ねてくる。まほろは寺であったことを思い出した。そうだ、悠長に構えている場合ではないのだ。
「女のひとがいたの。そのひと、わたしが狼守りの生き残りだって知っていた。だから逃げて、気づいたら、ここに。――やっぱり狼が、追ってきたのかな」
自分の声がたよりなくふるえている。それが寒さのせいばかりでないことなど、山吹にも知れているだろう。彼は自分の羽織をまほろの肩にかけ、ため息まじりに頭をかいた。
「女の正体はわからないが、ここを離れたほうがよさそうだ」
まほろはうなずき、抱きしめていた兎を地におろす。
「お願い。荷を持ってきて」
兎は鼻をひくひくと動かし、白い霧に変わる。霧は寺へと向かっていった。
「……獣を手なずけられるのは、おまえくらいだよ。さすが狼守りの血筋だな」
感心しているのか呆れているのか不憫がっているのか判別がしづらい声で言う山吹に、まほろは目を伏せる。それに気づいた彼はやれやれと肩をすくめた。
「しかし、あの獣たち、まほろを狙った女と鉢合わせないといいけどなあ」
「……獣はひとの気配に敏感だから、見つからないようにうまくやると思う。そういえば、師匠はどうしてここに? もう仕事は終わったの?」
「ああいや、ご隠居のところにいたら急に胸騒ぎがしたんで、切りあげてきたんだ。寺に帰ろうとしたら、まほろが倒れていたもんで驚いた。虫の知らせってのは、本当にあるもんだな。まあなんだ、おまえが無事でよかったよ」
この冬空だ。兎たちで暖を取っていたとしても、山吹の訪れが遅ければどうなっていたかわからない。ありがとうと頭を下げれば、山吹は鼻で笑った。照れかくしだろう。
まほろは山吹の上着の前を合わせた。薬草のかすかな匂いがした。
――この匂いでもない。
そのうち、兎たちがふたりの荷を抱えてもどってきた。まほろは兎に礼を言い、荷を担ぐと山吹とともに歩きだす。
一瞬、吹き抜ける風になにかを感じてふり向いたが、夜の闇が凝っているだけだった。




