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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
狼の旅路(逃走編)
39/60

11 まみえる

 年越しの祭りは穢れを祓う。年迎えの祭りは福を呼びこむ。里もにぎやかだが、御所は一段と華やかに催しを行っているようだった。


 白い装束をまとった娘たちが森の中を進んでいた。御所で舞を行う芸者たちだ。年若く美しい娘が神の使いを模して御所に福を運ぶのが慣わしだった。神の使いを表すために彼女たちは顔を見せることはせず、頭から白く薄い布を被っている。


「もし」


 叔母がその列に声をかけた。


「これから舞の披露なのにごめんなさいね。もしよければ、薬に加護を与えていただけないかしら。向こうの蔵にあるのだけど、大切な薬なのよ」


 娘たちは呪者ではない。だが、加護を与えるふりをして貴族たちを楽しませることも役目の内だ。娘たちもそれは心得ているのだろう。ひとりの娘が無言で進みでた。祭りの間、彼女たちは口をきかない。神の使いは、人間と軽々しく言葉を交わしてはならないから。


 娘を伴って蔵に向かう叔母を見届けて、まほろもまた明かり取りから蔵へ忍びこむ。扉が開いてふたりが入ってくると、まほろは娘の前に躍りでた。ごめんなさい、と娘の布を取りはらって口に手ぬぐいを押しあてる。目を見開いた娘は眠り薬をかぎ、ふらりと倒れこんだ。まほろは彼女を受けとめて横たえると、自分と彼女の衣を取り替える。


「ありがとう、叔母上。主上たちになにか言われたら、わたしに脅されただけと言ってね」

「……気をつけなさい、まほろ」

「うん」


 頭に布をかぶり、まほろは蔵を出た。御所から出るときにも叔母に助けてもらう手はずを立てたが、ここから先はひとりで行くことになる。


 騒がしい胸には気づかないふりをして、築地塀の門で待っていたほかの娘たちに追いつき、頭を下げた。彼女たちはこちらが入れ替わっていることには気づかないようで、門をくぐっていく。まほろもゆっくりとそれにつづいた。


 門を守護する兵たちが、こちらを見ている。まほろは彼らを見ないようにして門をくぐった。気づかないで、なにも言わないで――、その願いが届いたのか彼らは無言でまほろを内へ入れた。


 ほっと息がこぼれる。


 なんとか御殿に入ることはできた。あとは山吹のもとに行くだけだ。兵の目はここからさらに厳しくなるだろうし、兵以外のひとの目も増えるだろうから油断はできないが。


 御殿の渡り廊をしずしずと進んでいく娘たちの輪から、まほろはそっと抜けだした。


 まわりを気にしながら早足で進む。山吹のいる場所は予想がついていた。叔母が「東の端から、唄が聴こえることがあった」と言っていたのだ。おそらくそれは呪者の唄だった、とも。


 ――東の端……、ここから遠い。


 ひとが通りかかるたびに、まほろは柱や廊の角に身を隠した。御殿は広い。こんな悠長に進んでいては時間がかかるだろう。そうなればだれかに見咎められる機会も増える。まほろは迷ってから、顔を隠す布を脱ぎ捨てて足音を立てずに走りだした。


 御所はどこも新しい年を迎えた祝いの色に染まっていた。芸者の娘たちの舞を見るために舞殿にひとが集まっているのか、だんだんとひとの気配がすくなくなっていく。


 何度か下男たちに見つかりそうになりながらも、東の殿まで外廊を駆けた。人質を捕らえておくことに華美な殿舎は使わないだろう。おそらく、このあたりのひとがすくない場所に師匠がいる。


 ふいに、唄が聞こえた。


「師匠……!」


 間違いなく山吹の唄だった。


 まほろは妻戸を押しあけて、御殿の中へ入った。声を頼りに部屋を探し、覗きこむ。


 広い部屋だった。その中で山吹が後ろ手に縛られて座り、唄っていた。だが、ひとりではない。山吹の傍らには女宮がいた。その姿にまほろの胸がどくんと打つ。相変わらずの女宮の白い衣は一切の穢れがなく、輝いて見えた。山吹と女宮以外の気配はない。


 ――宮さまひとりだけなら、なんとか……。


 懐には眠り薬の壜がある。このまま様子をうかがっていても意味がない。ほかにだれかが来てしまったら、まほろが捕まるだけだ。息を吸って心を決める。


 大丈夫、やれる。


「まほろか」


 名を呼ばれて、息が止まるかと思った。


「ようやく来たな。入りなさい」


 女宮の凛とした声が響く。まほろはふるえる拳を握った。不意打ちであれば薬を嗅がせられたかもしれないが、あの女宮相手に正面から太刀打ちできるとは思えなかった。


 どうしよう、と思っている間に、女宮の足音が近づいてくる。


 隠れていても無駄だ。


 まほろは深呼吸のあと、柱から姿を見せた。女宮と視線が交わる。彼女は驚く様子もなく、すべてわかっているかのように美しく微笑んだ。


「年迎えのめでたい祭りの最中だ。そう怖い顔をしては福が逃げるぞ。その装束、おまえが福をもたらす娘のはずだろうに、逃がしては意味がないだろう」

「わたしが来るとわかっていたのですか」

「御所を侵そうとするならば、この祭りに乗じてだろうと思っていた。呪者の髪は美しいから、なかなかその装束も似合っているな」

「師匠を返してください」


 女宮の後ろで、山吹が驚いた顔をしてこちらを見ている。多少やつれたように見えるが、怪我はなさそうだった。


 まほろは懐刀を抜く。女宮は持っていた扇を開いてひらひらとあおいだ。


「まほろがもどってくるのなら、師を解放してやってもよいが」

「戦には手を貸しません。わたしは獣を道具になんてしない」

「まだそんなことを言うのだな。強情な娘だ」

「あなたも相当に執念深い」

「ひとのいる場でわたし相手にそんなことを言えば、罪に問われるぞ」


 たいして気に障った様子もなく、女宮は愉快そうに喉を鳴らした。まほろは彼女を睨む。不敬だと思われようと構わなかった。


 だがそこに山吹が厳しい顔で口を挟んでくる。


「まほろ、俺のことはいいから帰れ。おまえに術を教えた俺に罪があることは事実だ。このまま処刑されたって構いやしない」

「――と、師は言うが、まほろにできるのか? 師を見捨ててこの場から逃げることが」


 そんなことできるわけがない。自分は山吹を救うためにもどってきたのだから。

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