10-2 侵入
「え……? それはどういうことなの」
叔母は眉をひそめた。山吹のことはなにも知らないらしい。まほろはなんと言うべきか迷ったが、正直に口を開いた。
「わたしが戦に手を貸さないから、師匠が人質に取られているんだと思う」
「あなた……、まさか、まだ獣を道具にしたくないと思っているんじゃないでしょうね? 狼守りの一族は、戦に出ることがお役目なのよ」
「一族はもう滅んだんだよ、叔母上」
小さな声だが語気を強めたまほろに、叔母ははっとして口を閉ざした。
叔母からそんな話を聞きたくなかった。同じ一族のもとに生まれて、狼を武器として扱ったことで怨みを買い身内を亡くした者同士であるはずなのに、どうして叔母はまだそんなことが言えるのだろう。あの夜、狼守りの邸にいなかったせいだろうか。――それとも、叔母は自分の役目を理解した大人で、まほろがただのわがままな子どもというだけの話なのだろうか。
腹の底で黒いものが渦巻いている。
まほろは叔母の袖にすがった。
「獣を道具にしたから、みんな死んだの。同じことをしてまた怨みを買うの?」
「それは……。あなたの気持ちはわかるけれど、でも、主上を裏切るなんて」
ああ、駄目だ。理解しあえない。それがひどく悲しかったが、まほろは首をふる。
「ともかく、師匠に罪はないんだよ。罪のないひとを助けるのは、悪いこと?」
心が急いて、早口でまくしたてた。叔母はまほろに甘い。それはわかっているけれど、今回ばかりは無理だろうかと不安だった。お願い、とすがる手に力を込める。
「師匠を逃がして、わたしも逃げる。琥春とそう約束したの」
ここに来るまで、琥春が何度も言いふくめてきたことだ。まほろも必ず逃げろ、と。
東庵国の民を思うと、まほろの中の迷いが消えることはない。戦でこの国の民が死ぬなんて嫌だ。それでも、琥春の言葉はまほろの心に根を張っていた。彼の望みを裏切りたくない。いや、もしかしたらそれは建前かもしれなかった。こんな状況から逃げたいという気持ちがあるから、彼との約束にすがっているだけなのかもしれない。それでも、いまのまほろは山吹も自分も逃げるためにここにいる。
「お願い。すこしでいいから、力を貸して、叔母上」
しばらくの沈黙が落ちた。叔母が深くため息をつく。
「あなたのお師匠さまには、わたしからもお礼を言わなければと思っていた。……仕方ないわね、お師匠さまを助けましょう」
「叔母上……!」
「でもね、まほろ」
叔母が眉を下げる。
「お師匠さまを助けたら、あなたは御所からいなくなるのよね。主上たちの期待に応えず」
「……琥春と約束してきたから」
叔母はそんなことを許さないだろうと思った。だが、彼女は予想に反してうなずいた。
「わかったわ。あなたのしたいようになさい」
「……いいの?」
「わたしとて、かわいい姪につらい思いはさせたくないのよ。けれど、あなたがいなくとも、わたしは獣を戦に出せるように主上たちをお助けするわ。それは止めないでね」
叔母はまほろの髪をなでながらつづける。
「ひとが死ぬより、獣を戦に出すほうがずっといいもの」




