8-2 御所のお触れ
彼が自分を逃がすためにしてきたことを考えれば、御所に行かせたくないという思いがよくわかる。彼は仲間だった狼まで殺めて、いまも狼たちを裏切り、まほろを逃がしてくれている。ここまで来たなら、琥春のためにも逃げきるべきかもしれない。
きっと山吹も、まほろが御所にもどることを望まないだろう。情に厚い師だった。
このまま国を越えれば、たしかにまほろの命は助かる可能性が高い。けれど。
――どうして自分は、こんなに弱いのだろう。
状況を変える力も、なにも聞かなかったことにする強さも、まほろにはなにひとつない。流されるしか能がないのだ。そんな自分が憎くて仕方がない。
「まほろ」
それでも。
「ごめん、琥春。それでも、放っておけないよ。――見殺しにするのは、わたしの手で師匠を殺すことと同じ。そんなことできない」
生家を失ってから、山吹がまほろの家族だった。また家族を喪うなんて考えたくない。
「わたしは御所に行く」
「行ったところで、まほろにはなにもできないことがわからないか?」
琥春の声が鋭さを増した。
そうだ、自分にはなにもできない。
だが、このお触れを出すということは、帝たちはまほろがもどることを望んでいるのだと思う。もどらなければ師匠は死ぬ、ただしもどれば助けてやろう。そういう意図を感じた。帝たちも呪者を殺したくはないはずだし、このお触れは脅しなのだ。
「わたしには師匠を助けだして一緒に逃げるような力はない。でも少なくとも、御所にもどれば師匠を助けることができるんだと思う。……もうだれも死んでほしくないの」
「もどったなら、まほろは戦に出ることになるぞ。帝と契約したというあの鳥も戦で武器として使われる。それでいいのか?」
「……そうだね。それは、嫌だな」
「どうするつもりだ」
答えられなかった。
本当に、自分にできることなんてなにもない。目の前がにじんで、唇を噛んだ。師匠を見殺しにはできない。ならば戦に出るから師匠を逃がしてくれと帝たちを説得して、そのあとで――首をくくってしまおうか。赤羽はその前に空へ放ってあげればいい。檻を開け放つだけでいいのだ。その隙くらいはあるだろう。
……そうなったら、東庵国の何人もの民が死ぬのだろうか。獣がいない戦がはじまり、害を被る人間が増えていく。
目の前が白黒に明滅した。もう考えたくない。こんなこと、自分ひとりで抱えるには重すぎる。
沈黙が落ちた。琥春の非難するような視線がまほろを苛む。
「ごめんね、琥春」
そんな言葉しか出てこなかった。
やがて、琥春が言った。
「師を助けたいんだな?」
「……うん」
「――わかった。助けに行こう」
まほろはおそるおそる琥春を見た。眉をひそめた彼は、ただし、と語気を強める。
「師を助けたら、まほろも逃げろ。御所に捕らわれるなんて許さない」




