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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
赤い獣(御所編)
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10 揚げ菓子

 たとえ呪者でなくなったとしても、叔母はやはり狼守りの血を引いていた。ほかの人間が近づくと赤羽は暴れるのに、叔母が相手だと数日経つころには赤羽も馴れたようだった。


「赤羽、脚に紐をつけるけど、我慢してね」


 不思議そうに首をかしげる赤羽の脚に、まほろは紐をくくった。長い紐のもう片方は、木に縛りつけてある。


 赤羽を檻から出してほしいと改めて頼んだとき、帝は渋った。だが必ず逃がさないことを条件に、すこしの間であれば森に放つことを許してくれたのだ。


 戦に出るのであれば、いつかは解放しなければならない。飛ぶ訓練も必要だろう――、と帝に説いたのはまほろ自身だが、すべて出まかせだった。そんなことは望んでいない。赤羽にはただ、自由に空を飛んでほしかった。


「おいで」


 そっと羽をなで、まほろは檻を開けはなつ。叔母はその様子をすこし離れた場所から見守っていた。


 けれど赤羽は檻から数歩出ただけで、動かなくなった。なにか言いたそうな顔をして、脚で土をかいている。それ以上進もうとはせず、羽ばたこうともしない。


「慣れない森だと駄目なのかな」


 まほろのつぶやきに、叔母もうなずいた。


「獣は用心深いものね。これでは戦に出せないでしょう、困ったわ」


 戦のことは脇に置いても、困ることは事実だ。赤羽だって本当は飛びたいだろうに。


「なにが困ったのだ?」


 気配もなく、女宮が現れた。いつもの白い衣と袴で風を切るように歩いてくる。赤羽はすぐさま檻に引き返し、ひとつひとつの羽を逆立てて身体を膨らませて女宮を警戒していた。その様子に女宮は片眉を上げる。


「嫌われたものだ。……おまえも赤羽と同じような顔をするのだな。そう警戒するな」


 苦笑を向けられたまほろは、居心地悪くうつむいた。


「……申し訳ございません」

「謝ることではないが。それで、なにに頭を悩ませている?」

「……赤羽が、檻から出ないのです。生まれた森が、一番落ち着くのでしょう」

「この森では駄目だと? 贅沢なことを言う獣だな。森など、どこも同じだろうに」

「もといた森に、帰すことはできないでしょうか」


 思いきって言ったまほろに、女宮は顔をしかめた。


「御所から出せ、と言うのか。まさか、そのまま逃がしてしまおうと思っているのではあるまいな?」

「いいえ。ただ赤羽のためには必要なことです。ここでは心も休まらない」

「ああ、おまえは、また獣に情を持つ」


 女宮はわざとらしく、ため息をついた。


 自分ひとりでは、女宮の説得は無理そうだった。ならばとまほろは叔母を見る。


「叔母上」


 叔母はあからさまにびくりと肩をふるわせ、「なに?」とこちらをうかがってきた。


「叔母上も、赤羽をここから出したほうがよいと思いませんか」


 一言一句含めるように言うと、叔母は困ったように目をそらす。迷うような素振りを見せたあと、最後にはゆっくりとうなずいた。


「飛べぬままでは、戦にも出せませぬ。……一度森にもどしてみてはいかがでしょうか」


 叔母が姪に甘いことは、いまも変わらないようだった。ふたりの呪者に言われた女宮は、呆れて息をつく。


「――兄上に相談しよう。しばし待て」


 衣をひるがえし、来たとき同様に迷いのない足取りで殿舎へもどっていく。だが途中でふり返り、懐から小さな包みを出してまほろに放った。


「すこしは休め。和泉が案じている」


 まほろは目をまたたいて、小さな声で礼を言った。包みには、揚げ菓子が入っていた。

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