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狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
赤い獣(御所編)
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9-2 肉親

 帝はにこやかにふたりを見つめる。


「以前、狼守りの生き残りがいないか探しているとき、そなたの叔母上を見つけてな。赤羽との契約の際も、彼女に助言をもらったのだよ」


 あ、とまほろは気づいた。


「狼守りの秘術を教えたのは、叔母上だったのですか? ……でも、封じの術は?」


 呪者は自分の家の秘術を外に知られることを厭う。だから、叔母は家を出るとき口封じの術をかけられていたはずだ。いまの彼女は、一族に伝わる術を使ったり教えたりしようとすれば、身を斬られるような苦しみを味わうはずだった。


 だが、叔母は首をふる。


「主上に乞われたのなら、そんな術は関係ありませんよ、まほろ」


 叔母はまほろがはじめて見る顔をしていた。呪者として、帝に従う者の顔だ。


 まほろは戸惑いとともに、心に針を刺されたような痛みが生まれるのを感じた。封じの術をかけられていても帝の指示に従った叔母の言葉はまるで、帝や女宮の言葉を受けいれない自分を非難しているように聞こえた。


 帝と和泉は「積もる話もあるだろう」と立ちさり、残されたまほろと叔母は、木の根もとに腰掛ける。


「寒いでしょう、まほろ」


 叔母はまほろに自身の羽織をかけてくれた。叔母のまとう雰囲気はむかしからなにも変わらない。あたたかくて、お節介で、やさしいひとだ。


 まほろと叔母はこれまでのことを話した。叔母は添った男との生活や男の子がふたり生まれたことなどを教えてくれたけれど、自分のことを語るよりも、まほろの話を聞きたがった。だからまほろも山吹に拾われてからのことを話した。


 どんな土地を旅したのか、山吹のぶっきらぼうなやさしさ、師の笛の音がとても美しいこと……。話すことは尽きなかった。


 そうして、まほろののどが疲れだしたころ、叔母が声を潜めて訊いた。


「――その傷は、狼につけられたの?」


 身体が固くなった。わずかに衣のあわせからはみ出す傷痕を、まほろは羽織をかきあわせて隠す。まほろにとって触れてほしくない話であることくらい、叔母もわかっているだろう。それでも、聞かずにはいられなかったらしい。


「……そうだよ」


 ここは叔母の求める答えを差しだしたほうが早く終わりそうだと、まほろは素直にうなずく。古傷がずくずくと痛んだ。


「狼の毒もあったでしょうに、よく生きていてくれたわ」

「たまたま通りかかった師匠のおかげでね」


 あの日、倒れていたまほろを山吹が見つけてくれたのだ。彼が笛の音で癒してくれた。


「強い呪者なのね、そのお師匠さま」

「え?」

「呪者の音であっても、狼の毒は容易に癒せないでしょうに」


 狼たちに仕込んだ毒も一族の秘術で生んだものだ。叔母によると、その毒を癒せるのは、作り手である狼守りの一族か狼くらいなものらしい。とはいえ、いまのまほろであれば毒を打ち消すこともできるだろうけれど、幼いまほろに出来る芸当ではなかった。あのままひとりきりで倒れていたなら、確実に死んでいただろう。


「お師匠さまに感謝しなくてはね。……けれど、気をつけなさいね、まほろ」


 叔母が静かな声で言った。


「わたしは封じの術をかけられて一族を出た身だから、狼たちに追われずに済んだ。けれどあなたは生きていると知られたなら、また命を縛られるのではと恐れた狼たちに必ず狙われるでしょう」

「……そうだね」


 自分は唯一生き残った、狼たちを縛る一族の人間なのだから。


「御所に琥珀色の瞳を持つ娘がいると、街で噂になっていたわ」


 不安げにつづけられた叔母の言葉に、まほろは目を見開いた。


「どうして、そんな噂が」


 御所に出入りする人間なんて山ほどいるのに、まほろひとりの噂が流れるなんて妙な話だった。だが叔母はそれに答えず、まほろの頬をなでる。


「狼守りの娘が生きていたのだと、みな喜んでいた。わたしたち一族は、民にとっては心強い英雄だったもの」

「……わたしにはもう、戦う力なんてないよ」


 そんな期待をかけられても困る。うつむいたまほろの肩を、叔母が励ますようにたたく。


主上(おかみ)がね、まほろの手伝いをするようにとわたしに仰ったの。夫や子どもたちのことは近所の方々に頼んできたし、わたしはしばらく御所にいるわ。狼守りに伝わる術はもう使えないけれど、獣の世話なら慣れているから任せてちょうだいね。あの獣、薬を毎日塗っているのでしょう? 薬の調合も治療も、すこしは手助けできると思う」


 そうして、叔母はわざとらしく明るい声を出した。


「それにしてもまほろ。こんなに大きくなって! 髪も美しく伸びたわね。もうすっかり立派な呪者だわ」


 頬を包みこんでくる叔母に、まほろも曖昧に笑い返す。


 立派な呪者になど、なりたくなかった。

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