7 帝と女宮
「あまり、いじめるのはどうかと思うよ」
「人聞きの悪いことを言わないでください、兄上。いじめてなどおりませぬ」
池に面した廊で琵琶を奏でていた女宮のとなりに、帝が腰をおろした。真っ白な衣をまとったふたりが並ぶ様子に、帝の護衛をしていた従者たちの間にほうと見惚れる気配があった。女宮はそんな従者たちを鼻で笑い、琵琶を鳴らす。
御所の冬の庭では、白い花が咲きみだれる。退屈な景色だ。女宮には、外の世のほうが彩りにあふれていて美しいと思えた。
帝がふっと息をつく。
「つらいことばかり言っていると、まほろの心が折れてしまうだろう」
「獣を生きものと思うな、と、やさしさから言ったのですよ。割りきれば、赤羽を戦に出すことも苦ではないでしょう。武器に情をかけて、得をすることなどありませぬ」
「……けれどわたしは、獣たちにやさしくできることは、彼女の美点であると思うよ」
「やさしいだけで戦を終わらせることができるなら、わたくしもそう思うでしょうね」
兄は眉を下げ、手厳しいなと力なく笑ってみせた。
「そなたは戦場にも奔放に赴くから、わたしよりそなたの言葉が正しいのだろうけれど……。また、国境に行っていたのだろう?」
「ええ。西の輩もあきぬもので」
西海国との間で起こる小競り合いに巻きこまれた民たちの声を、女宮は何度も聞いてきた。役人たちから送られてくる書面から、または民から直接話を聞くこともある。
しばらく御所を空けて国境の視察に行ってみたが、民はみな西海国の動きに不安を抱えていた。戦がはじまれば、いま以上に多くの民が巻きぞえを喰らうだろう。獣を戦場に出して民を守れるのならば、それがいいに決まっている。
「兄上。わたくしは、まほろの呪者としての生まれと才を買っているのですよ」
「……まほろは喜ばぬだろうな」
「そんな顔をなさらず。兄上はゆったりと構えてくださいませ。政のためのこまごまとした仕事は、わたくしが手足となってこなしましょう」
月を見上げる兄の白い顔立ちを見て、女宮はそっとため息をつく。
兄には争いなど似合わない。家臣たちも、言葉にせずともそう思っているだろう。やさしいことは好ましい。けれどそれでは立ちゆかぬこともある。
琵琶の音が低く伸び、庭の花を揺らした。
「そうそう。赤羽のために尽力してくれているまほろに、褒美を与えようと思いまして。縁の呪者たちを呼びよせているのですよ」
兄は首をかしげた。しばらくして思い当たったのか、そっとつぶやく。
「……あまり、彼女をいじめぬように」
「そんなつもりはございません。いまは、まだ」
艶然と微笑んで、女宮は立ちあがった。
「しかしわたしが関わると、まほろがおびえる。あとは兄上に任せましょう」
かすかな自嘲を含んだ笑みを残して、女宮はその場を辞した。自身がまほろにどう思われているかぐらいはわかる。それでも、やらなければならない。
自分が守るべきは、国と民。
獣でもまほろでも、使えるものはすべて使うだけだ。




