4 葛藤と過去
その夜、まほろは部屋に帰ることなく、赤羽のもとにいた。子どものように膝を抱え、そこへ額を押しつける。おろしたままの髪が乱れて頬にかかり、蔵のわずかな灯りが瞳に届くのを阻んだ。
耳を澄ませると、赤羽の寝息が聞こえた。まほろがそばにいても、安心して休んでくれるようになったのだ。うれしさと同時に、虚しさが胸に満ちていく。
獣を道具に。そればかりが頭を巡っていた。
……道具になんて、したくないのに。
獣だって心を持つし、死を恐ろしいと思うことだって人間と同じはずだ。
ふと思い出す。
まほろは過去、狼に命を救われたことがあった。
まだ幼い時分のことだ。冬の雪解けが進むころに、薬草を山へ摘みにいく母を追いかけた。そのくせ、母とはぐれて、崖から落ちたのだった。
宙へ放りだされ、浮遊感のあと、地面に身体が叩きつけられた。幸い、死ぬような高さではなかった。それでも打った頭から血が流れて、どんどん寒くなって、ああ死ぬのかなと思った。怖かった。どうにか出た声で、母を呼んだ。しかし母はいない。
だれか助けて。わたしはここにいる。お願い、見つけて――。
ふいに、草葉が揺れる音がした。はっとすると、一頭の狼がまほろのそばにいた。母が使役する雌狼だった。母が、まほろを捜すために森に放ったのだろう。
狼は母に知らせるためにか、すぐさま去って行こうとする。
「ま、まって!」
まほろは、ひとりになることが恐ろしくて、必死に呼びとめた。
狼は立ちどまり、逡巡したあと、まほろのもとにもどってくる。
まほろは手を伸ばして狼に触れた。あたたかかった。そのぬくもりに、心底安堵したことを覚えている。
……このときまで、まほろは狼のことを父や母たちと同様に、ただの道具だと思っていたような気がする。だが、狼はあたたかく、命があるものだと知った。
そのあと、狼は鳴き声で母を呼んでくれて、まほろは助かった。
だが数か月後、その狼は戦いの場に出て、瀕死の状態で帰ってきた。それまで道具である狼が死ぬことに感情など持っていなかったまほろだったけれど、このときは無性に胸が締めつけられた。だって、気づいてしまったのだ。
雌狼は、死を恐れていた。その琥珀色の瞳に宿るものは、恐怖に違いなかった。
はっとさせられた。
死なないでほしいと思った。本当に、そう思ったのだ。
だが雌狼はあっけなく死んでしまった。
あとから、その狼が子どもを産んでいたと知った。死に際の狼から感じた恐怖は、幼い子を残して死ぬことへの恐れもあったのかもしれない。
まほろは、雌狼が遺していった、産まれて数日と経っていない子どもを抱きあげた。
その狼に、琥春と名づけた。
――狼は、道具じゃない。
赤羽の呼吸に合わせて深く息を吸う。胸の内からこみ上げてくる想いをどうすることもできず、息が荒くなっていく。必死に赤羽の呼吸を借りて自分を落ち着けた。長い時間そうして、やっと、意識が遠くにゆらめいていくのを感じた。




