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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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闇の在処

 死神を大勢乗せた列車が発車しようとしていた。そのとき何故かシロガネは誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回した。同時にスマホが鳴る。出るとホムラだった。その後ろでマソホの叫び声が聞こえた。


『シロガネさん!ヤミカさんを助けて!!』


『異形化が急に始まってしまいました!!』


 シロガネは席を立った。クロさんが不審そうな顔をしたが、シロガネは窓を開けると言った。


「悪い、やっぱり行けないみたいだ。ちょっと…腹壊した」


「は?何を言ってるんですか?」


 クロさんの叫び声を背中で聞きながら、シロガネは嫌な予感に襲われていた。


(なぜだ?精神の結び付きも強めて、付き合うと宣言した…さっき別れたときだって安定していたはずだ…)


 強引に空間を横切ってシロガネは戻る。鎌をレンタルしたお陰でそれでも負荷はかからない。大急ぎで喫茶店のドアを開けるとヤミカのお腹からでた闇に半分埋まりながらもそれを押さえようとしているマソホが目に入った。そのマソホをホムラが引っ張っている。マソホはヤミカから離れられなくなっているようにも見えた。


「ヤミカ!!どうした!?何があった?」


「テキスト…ですよ…読んでいたら…突然…」


 テーブルの上に開かれたままのテキストの文章を素早く目で追ったシロガネは眉を上げた。


「おい、ヤミカ、しっかりしろ。マソホちゃん、大丈夫だもう離していい。ありがとう、よく頑張ったな…ホムラ、マソホちゃんを頼む」


 ぐったりとしたマソホをホムラが引き受けると、シロガネはレンタルした鎌を取り出した。草刈り鎌程度の大きさだが今はむしろちょうど良い。


「ヤミカ…悪いな。少しの間苦しいが我慢しろ…」


 シロガネはそう言うとヤミカの精神の奥へと潜っていった。



***



 ヤミカは暗闇で死んだように横たわっていた。


(キレイだよ…なぜ君の目は僕を見ないんだ?)


 狂ったように笑いながら何度も殴られる。馬乗りになった相手がヤミカを徐々に侵食してゆく。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!

 そのとき闇の中に銀色の光が煌めいた。ヤミカを押さえつけていた顔のない肉の塊は木っ端微塵になって吹き飛んだ。


(ヤミカ!戻ってこい!こっちだ)


 光のない瞳がシロガネを見る。虚ろな人形のようだ。


(ウソつき…欲望を…解消する目的のみ…なんですよね。私と付き合うって…言ったのは…)


 ヤミカの目から血の涙が流れる。シロガネは迷わずにヤミカに歩み寄るとその身体を抱き起こした。


(誤解するな。俺はテキスト通りの内容を喋った訳じゃない。俺が付き合うと言ったら文字通りの意味だ。分からないなら教えてやる、お前に惚れたって言えばいいか?そうじゃないならヤミカの乗り越えたいと思っているその欲望だけを解消して、さっさとこの関係は終わりにしてる。嫌な言い方をするなら、やることやってポイ捨てだ。それでも第一階級の俺が相手なら欲望は解消されて魂は解放される。そうせずに…毎日死の記憶を共になぞり続けるのは…ヤミカの気持ちを大事にしたい…そう思ったからだ)


(…え…ウソ…?)


 お腹からどす黒いモノが溢れ出たが形にはならずそれはシロガネの手の中で溶けた。再び溢れる。何度でも溶かしてシロガネはヤミカを見つめた。


(ヤミカ、お前、俺の前で強がっていても、やっぱりまだ男が怖いんだよ。当然だ。でも震えながらでもキスはできたから、ま、とりあえず一歩前進だ。急に一気に何でも進めようとするな。それに…できれば、もう少し…信用してほしいかな…この格好で言っても説得力ないんだろうけどさ)


 シロガネは静かにヤミカのお腹を撫でる。もう動いてはいないのを確認すると、ヤミカの眼帯に手をかけた。


(やめて…それは…見ないで…!)


(大丈夫だよ。もう治ってる。ヤミカの目は見えるよ)


(…見えない!)


(少しは俺を信じろって)


 ヤミカはきつく閉じていたまぶたを恐る恐る開く。やっぱり見えない、最初はそう思った。けれども少し経つとそこにぼんやりとシロガネの輪郭が見えて両目で焦点を結んだことにヤミカは気付いた。


(うん…そうだ。ヤミカはキレイだよ。ちゃんと俺が見えるな?)


 シロガネが微笑んでヤミカの頭を撫でる。死にかけているヤミカにあの男も似たような台詞を吐いたが、全然違うとヤミカは思った。


(ほんとだ…見える…)


(…キスしていいか?)


(え?どうして…?) 


(したいからに決まってるだろ)


(…うん…)


 シロガネの顔が近付いてきて唇が重なる。あの男は獣のように口元をべちゃべちゃと舐め回してきてただただ不快で気持ち悪かったが、シロガネのそれは真逆だった。静かに重なって離れるまでの間に、ヤミカはこれが自分の望んでいた口付けなのだと理解した。勝手に身体から力が抜けて緩んでゆく。


(ヤミカ…おいで、一緒に戻ろう)


 シロガネはヤミカを抱き上げると歩き出した。



***



 気付くと私はいつの間にかベッドに寝かされていた。この天井は喫茶店の二階だと思った。何だか両手が痛いしやけに重い。そう思って手を動かそうとして、私は自分の両腕が何かで拘束されていることに気付いた。


「あ!マソホさん、気づきましたか?すみません、ヤミカさんの異形化したモノに触れたのでマソホさんにも影響が出てしまいました…今は腕を動かさないで下さい。クロさんはある程度仕事が片付いたら早めに戻ってくるそうです」


 ベッドの横の椅子に座ったホムラくんに言われて私は頷いた。腕は酷い筋肉痛のような痛みで、何だか腫れているような感じがしたが、布団の中なので確認すらできなかった。


「マソホちゃん、ヤミカを助けようとしてくれてありがとう。でも次からはやっちゃダメだよ?扱い方を知らない研修生にはまだ早い。マソホちゃんまで危うくなる…」


 部屋に入ってきたのはシロガネさんだった。シロガネさんの後ろから姿を現したヤミカさんは眼帯も外れて、美しい顔をしていた。私を見たヤミカさんは頭を下げた。


「ごめんなさい、マソホ。あなたが私の異形を引き受けたから私…怪我も治ってしまった…」


「そう…なんだ。でも…良かった…無事で」


 ヤミカさんは何故か泣きそうな顔になる。私は不思議だった。もっと素直に喜べばいいのに。


「…マソホちゃん、腕…見てみるかい?」


 シロガネさんに言われて私は特に深くも考えずに頷いた。ホムラくんの顔色が変わる。布団をめくった下に包帯でぐるぐる巻きにされた腕が見えた。肩から二の腕までは包帯で巻かれ、肘から下はまるでサンドイッチメーカーが巨大化したかのような物々しい金属の道具で挟まれて固定されていた。


「わ…なんか…思ったより…もしかして…大変なことに…なってますか?これ?」


 私がショックでも受けるだろうと思っていたのか、ホムラさんがぽかんとして私の顔を見つめてくる。私は苦笑した。


「マソホちゃんの両手…腕から下は今、異形化している。だから暴れないように形を少しずつ戻しているところなんだ…痛い?」


 シロガネさんに聞かれて私は首を横に振った。


「この程度なら…痛いうちに入りません…ちょっと酷い筋肉痛かなって程度なので…インフルエンザのときみたいな…」


「聞いた?ホムラ。やっぱり女性の方が痛みに強いって説は合ってるのかもなぁ…」


「マソホさんっ!僕がついていながらこんなことになってしまって、本当にごめんなさい。上にはすでに報告済みですから、マソホさんに関しては特にお咎めもないそうです。責任取って看病しますから!」


「それは、クロさんが戻るまでの間な」


 シロガネさんはそう言うと少し乱暴にホムラくんの頭を撫でた。



***



 両手が使えないのは確かに不便だ。足の指でスプーンを握れるほどの器用さもなければ柔軟性もない私は、大人しくホムラくんにシロガネさんお手製のプリンを食べさせてもらっていた。一口ずつ神妙な顔でプリンを運ぶホムラくんは、何故か顔を真っ赤にしていた。


「ご、ごめんなさい。こういったことに不慣れで…」


 ホムラくんはフレームの太い眼鏡を外して額に浮き出た汗をタオルハンカチで拭った。ホムラくんは眼鏡を置いたまま再びプリンを食べさせてくれた。まつ毛の長い美しい顔立ちだ。色も白い。少年と言われなければ、性別も分からないかもしれない。


「ホムラくん…きれいな顔なのに、どうして眼鏡をかけているの?その眼鏡…本当は必要ないよね?」


 私の言葉にホムラくんは、ハッとしたように顔を上げた。慌てて眼鏡を取ろうと伸ばした手を、けれども彼は引っ込めた。


「そうですね。確かに…もう不要なのかも…。結局、眼鏡で隠しても、殴られて外れたら意味なかったし…僕、こんな顔してるから、女みたいだってからかわれるのが嫌だったんです…」


「ホムラくんは、性別を超越した美しさがあると思うよ…でも分かる。私だってこの顔で何かいいことがあったかって言ったら…あんまりなかったから」


 私は苦笑した。ホムラくんはまつ毛の長い色素の薄い明るい茶色の瞳を見開いた。


「マソホさんも…?」


「だから、多分、私たちは一緒。ヤミカさんも。外側と中身が違うと言われたり…。いつどこで私の中身が底抜けに能天気に明るいなんて言ったの!?それは私に少し似た顔立ちの女優がそういう役を演じて、そのドラマがたまたまヒットしただけじゃない!重ねないでって、モヤモヤしたりね」


「あ…そのドラマ…僕も知ってます…確かに…僕も…最初にマソホさんを見たときに似てるなって思っちゃいました。すみません…」


 ホムラくんは小さく頭を下げた。


「それに常々思ってたけど、私があの女優に似てるんじゃなくて、あの女優がたまたま私に似てただけ!だって私の方が歳上なんだもん」


 ホムラくんは思わずといった様子で吹き出した。


「マソホさんって…話すと面白いですね…マソホさんが黙ってニコニコしているときって、本当は色んなことを考えて余計なことを言わないだけなんだなっていうのは、何となく分かっていたんです。でももったいないですよ。もっと思ったことを口に出して言っちゃった方がいいです。僕はマソホさんと話していると、楽しいですから」


 ホムラくんは言ってから再び顔を赤くして、プリンをすくうと私の口に運んだ。


「おーい、なにいちゃついてんの、そこ。クロさんが戻ってきたら絞られるぞ?」


 様子を見に来たシロガネさんが余計なことを言う。ホムラくんは怒ったような口調で言い返した。


「いちゃつき常習犯のシロガネさんにだけは言われたくないですよ。それに僕はプラトニックを貫きたいんですから」


「はぁ!?プラトニック?俺が一番嫌いな言葉だね。そんな恋愛は恋愛の風上にも置けない。恋愛を名乗ることすらおこがましい」


 シロガネさんは口をへの字に曲げた。


「マソホちゃん…クロさんもどっちかっちゅーと、そっち寄りの淡白な方だから、物足りなかったらいつでもウェルカムだからね」


「えっ!?何言ってるんですか。ヤミカさんという人がありながら!だからシロガネさんは軽いって言われるんですよ!」


 私が言うとシロガネさんは笑った。


「そうそう、俺は軽いくらいでちょうどいいの。でも第一階級の死神なんてまだカワイイもんよ?その上になると、マソホちゃんの理解の範疇から、かなりはみ出てるからね。人間だった頃の感情なんかないから、会ったらびっくりすると思うよ」


 そう言ったシロガネさんは不意にあらぬ方向を見てつぶやいた。


「噂をすればなんとやら…だ。ランクAの死神のお出ましだ…」


 私の隣のホムラくんまでがゾッとしたように固まる気配がした。

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