繋がれた者
映像が終わって部屋から出ようとしていた私とヤミカさんは、数人の男性に囲まれてしまった。ミアさんは不服そうな顔をしてこちらを睨んだが、赤い髪の青年に促されて部屋から出てゆく。
「ね、君たちのニュース見たんだよ。大変だったね」
「ほんと酷いことするよな。怖かったでしょ」
「いやーでも、二人とも本当に美人だね。ニュースで見た写真よりも」
「ちょっと、止めなよ、おじさん方、そういう方が配慮ない。単なる野次馬じゃん」
男性たちの後ろから小柄な姿が割り込む。と思ったら異様なほどに痩せた小学生の子どもなのだった。
「おじ…おじさんって、俺まだ二十五なんだけど」
「知りもしないで誰が一番可哀想とか、私の死に方が一番可哀想とか、可哀想可哀想ってみんなウザいよ。死は平等っていうけど、終わったことを根掘り葉掘り、挨拶代わりに口を開けば死因は?大変だったねって、マジ止めなって言ってんの。キモいしバカみたい」
「……」
少年の言い分に男性二人は結局言い負かされて、そそくさと姿を消す。人の姿もまばらになったところで少年がニッと笑った。
「ミアも私が一番可哀想ってずーっとうるさくて、嫌気がさしてたんだよね。ミアはちょっと顔がいいからってチヤホヤ持てはやされるのが当たり前って思ってたところに、ホントの意味で美人のお姉さん方が二人来てくれて助かりました。あれでも今日はいつもよりも大人しかった方なんです」
少年はペコリと頭を下げた。
「僕、ペコって言います。ハラペコのペコ。名は体を現すって意味で、分かりやすいと思いますけど、餓死しました。あ、こう見えて四年生です。これでも来た頃よりはマシな見た目になったんですよ?」
あっけらかんと言って少年は歩き出す。テキストを片付けて部屋から出ると、カフェの方からクロさんとシロガネさんが出てくるのが見えた。少年は破顔してシロガネさんに駆け寄った。
「先生!こんにちは!」
「おぅ、ペコじゃん。元気にしてたか?」
ところがペコは次の瞬間にこう言った。
「先生、どうして被呪殺者を繋がないんですか?」
私の隣のヤミカさんが身体を強張らせるのが分かった。シロガネさんは肩をすくめると、ヤミカさんの近くに歩み寄り手を繋いだ。
「ちゃんと、繋いでるよ?ほら」
「は?手?それって…言葉遊びのレベルじゃないですか。僕が言いたいのはちゃんと縛るって意味です。一昔前は首輪をつけて繋いでたんですよね?僕だってずっと鎖で犬のように繋がれてた。その意味くらい分かってます」
私は急に目の前の小学生の言葉に背筋が冷える思いがした。彼は恐らく虐待されて満足な食事も与えられずに亡くなったのだと思った。鎖に繋がれたまま。
「具現化させていないだけだよ。二人とも。最近はコンプライアンスに抵触するから、やり方を変えただけだ」
シロガネさんが指をパチンと弾くと、ヤミカさんの手首に巻かれた赤い長い紐が繋いだシロガネさんの手首にも繋がっているのが見えた。気付けば私の手首にも紐が巻いてあって、それがクロさんの手首に繋がっていた。
「二人ともこうして繋いであるよ。普段は見えないようにしているけど、これが見たかったのか?」
「別にもっと、ハードモードでも私は平気ですよ?首輪でも、手錠でも、お好きなアイテムで」
ヤミカさんが無表情なまま隣のシロガネさんを見上げる。私はそのセリフに思わずドキリとしてしまった。少年は意外そうにヤミカさんの顔を見上げたが、不服そうに頬を膨らませた。
「なにそれ。面白くない。もっと屈辱的な顔するかと思ったのに。ま、いっか。女性相手だから甘くしてるのかな?って疑って失礼しました。先生って意外とフェミニストだから」
ペコくんは一礼すると走り去る。いったい何だったのだろうと呆気に取られる。
「びっくりしましたか?マソホさん」
困ったようにクロさんが繋いだ手を持ち上げた。一瞬手首にだけでなく小指にも糸が絡まっているように見えた。だが瞬きの間にそれは消え失せる。何だったのだろう。
「少し…でも…大丈夫です…」
繋いだクロさんの手は温かい。冷たい私の手にもわずかにそのぬくもりが移る。相変わらずジロジロ見られながら、私とクロさん、ヤミカさんとシロガネさんは歩く。クロさんは程なくしてシロガネさんを振り返った。二つ折りの古めかしい携帯電話を取り出す。スマホじゃない、と私が見つめているとクロさんは苦笑した。
「新しいものは苦手なんですよ…仕事が入ったので、しばらく留守にします。シロガネさん、マソホさんをお願いします」
クロさんの手首から赤い紐が解けて、すぐにシロガネさんの手首に巻き付いた。クロさんは私の頭を撫でると姿を消した。謹慎期間が終わったのだと私は思った。
「両手に花っていいねぇ、おじさんでゴメンね、マソホちゃん、まだクロさんに同行できる段階じゃないから一緒に留守番してようね」
ヤミカさんが物言いたげにシロガネさんを見上げたので、私は思わず言ってしまった。
「シロガネさんって…どうしておじさんのフリしてるんですか?ヤミカさんなら…もう大丈夫だと思いますよ?」
ヤミカさんが目を見開く。
「…気付いてたの?」
私は頷く。実は寝込んでいた間にクロさんとシロガネさんが話しているのを聞いてしまった。薄目で見ると、クロさんの隣に同年代の若い男性が座っていて、それがシロガネさんなのだと会話の内容から私は気付いてしまった。
「…ヤミカ、本当に大丈夫かい?俺は…君に酷いことをした男と同世代だ。今後も異形化を止めるのに君の身体に触れるんだ…恐らく…今以上に…そうなったとき…耐えられるのか?」
「……そもそも、嫌だったら何歳であっても嫌だと思います。だから大丈夫です。それにあの気持ち悪いブヨブヨした肉の塊とシロガネさんとじゃ、年齢どうこう以前の問題!どうしてそんなに無駄に格好いいんですか!?女性の死神がシロガネさんを見る目に気付いてますよね?私なんか今日何回も睨まれたんですけど!」
ヤミカさんは今の今まで黙っていた鬱憤をとうとう吐露してしまった。不躾な視線に晒されたのは私も同じだったが、女性の死神の視線は主にシロガネさんに注がれていた。時折クロさんに対しても同じ視線を感じて私は落ち着かなかった。
「あーま、生きてたらこのくらいってイメージだから、あながち嘘でもないんだけどね、それじゃ、ま、元に戻すとするか…」
シロガネさんの姿が揺らいで二十代前半と思われる男性が姿を現す。当たり前だが黒髪で少し伸ばして後ろで無造作に縛っていた。イケメンだ。だがそれよりも驚いたのはその格好だった。
「は…?その格好…なんなんですか?」
ヤミカさんが呆気に取られたような顔でシロガネさんを見上げる。喫茶店のイケおじからはほど遠い、良く言えばビジュアル系バンドにいそうな、悪く言えばホストか何かのような、とにかく堅気の仕事をしている人間には見えない姿をしていた。
「あー俺さ、呪術師兼バンドのボーカリストやってたからさ。あの頃は流行ってたんだよ。バンド組むのがさ」
シロガネさんは照れたようにつぶやく。ヤミカさんは、何とも言えない表情をしていた。ヤミカさんは口を開く。
「…私が生きてる間にもっとも縁のなかった類の男性の特徴を集合させたって感じです…シロガネさん…一応確認するんですけど…お付き合いしてる女性の死神っているんですか?」
「…それ聞いても、あまり意味ないと思うけど…今、付き合ってる死神はいないよ?過去に付き合った死神なら…まぁ…数え切れないくらいいるよ。俺は死神歴そこそこ長いし。それに死神ってそういうとこ人とは違って割り切ってるから、一夜限りの相手なんてのもザラだよ?相性が良ければ長続きするし、そうじゃなければ乗り換えるだけだ。まだ人としての理性の残ってる君たちの感覚じゃ、多分理解できないと思うけど」
「……言葉を聞くだけだと…なんかサイテーな発言にしか聞こえないです…」
ヤミカさんが小声でつぶやく。申し訳ないけれど、私も同じことを思ってしまった。
「だからこの姿は封印してたのに、マソホちゃん、見抜いちゃうんだもんなぁ…ヤミカ、騙していた訳じゃないよ?一応俺なりに気を遣ったつもりだったんだ…ま、でも騙してたのと変わらないな。悪かったよ」
シロガネさんはヤミカさんの手を握ろうとして、ためらうような素振りを見せた。ヤミカさんは少し怒ったような表情になり、シロガネさんの手を自分から掴んだ。
「ほら、帰りましょう。仕方ないですよ。私たちは呪詛で死んだレアケースなんですから。他の人を探すのも手間なんでしょう?シロガネさんにしておきます!」
ヤミカさんが歩き出したのでシロガネさんも慌てて歩き始める。私も手を繋いでいるので引っ張られてついてゆく。ヤミカさんは歩くのが早い。私は余計なことを言ってしまっただろうかと少し不安になった。けれどもヤミカさんが、どことなく違和感を感じていることも伝わっていたので、遅かれ早かれこのタイミングは訪れる気もしていた。
「だねぇ。ま、だから、この姿に慣れなかったらいつでも前の姿に戻すから言ってよ」
「…服装を変えてくれたら…まだ…大丈夫な気がします…それだと、ミアって子にもまた睨まれそう」
「あぁ…あの子ね…うーん、あの子はちょっと問題児で指導官が変わるのこれで三人目なんだよね…相手を下僕か何かと勘違いしてるっていうか…安心して、俺は一番最初にクビになってるから」
「え?」
ヤミカさんと私は思わず同時に声を上げてシロガネさんを見上げた。
「うん?担当になって早々に色仕掛けしてきたから、乳臭いガキには興味ないって言ったら俺のことぶん殴って出て行ったよ。こう見えて俺、死ぬ前も死んでからも女の子に殴られたことないから、びっくりしたよね。今どきの子って過激だなぁと」
「……」
私とヤミカさんは無言のまま顔を見合わせる。私は仕方なく口を開いた。
「…あの子…生きてたときにアイドルやってたから…多分…相手をマネージャーか何かと勘違いしてるのかもしれないです…」
「アイドルねぇ…中身もぺらっぺらのガキにアイドルだって偉そうにその経歴の上に胡座かかれてもさ。ヤミカもマソホちゃんも、その点では謙虚だよね。美人なのにさ。ヤミカに至っては謙虚通り越して卑屈っていうか…」
シロガネさんを見上げたヤミカさんは無表情のまま不服そうに言った。
「美人って言われても得したことなんてないし、男性は勝手に経験豊富だって思って無駄に絡んでくるし、同性からは美人だから人を見下してるとか…単に他人が苦手なだけなのに陰で言われて、いいことなんて一つもないに等しい人生でしたから。卑屈になるなって方が無理です」
シロガネさんはやれやれ、と言って私の方を見る。マソホちゃんは?と聞かれ、私は困ってシロガネさんと繋いだ手を見下ろした。
「私…は…外見だけを見て…一見すると明るくて楽しそうに見えるのに、そんなネガティブなこと考えてるの?とか…悲観的なんだねとか言われて…じゃあ何も考えない能天気な女だと思って私に近づいてきたのかな?って毎回思ってました…実際そうだったし。誰も私の話を聞きたい訳じゃなくて、連れて歩くのにちょうど良い人形を探してるだけだった」
シロガネさんは私とヤミカさんの顔を見比べて眉を下げると少し乱暴に頭を撫でてきた。
「そっかそっか、とりあえず帰ったら今夜は飲もう!研修生に昇格したお祝いだよ!」
そう言われても書類にサインして映像をぼんやり見た程度なので、私にはいまいちその実感がなかった。それでもお祝いという響きを聞くとどこかワクワクするような気持ちにさせられた。マコトは記念日に疎かった。私が一人で空回りしている気持ちにさせられて次第に虚しくなっていった。
「私、お酒飲んだら死にたい気分になるんですけど…大丈夫ですか?あ、もう死んでるんだった」
ヤミカさんが真顔でつぶやく。
「それは生きてたときの気持ちでしょ?案外死んでたら変わるかもしれないし、俺バーでアルバイトしてたから、カクテル作るのもうまいよ?ま、騙されたと思って飲んでみたらいいよ」
そんな話をしているうちに私たちは喫茶店に到着たのだった。




