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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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冷たい手

 大丈夫と言ったのにその後も数日私は寝込んでいた。時折うなされて目覚めると、ある日ヤミカさんが謝ってきた。


「ごめんなさい…それ…多分、私の悪夢…」


 夢の中で私は、君には人の心がないと言われた。欠落していると。ヤミカさんにそんなことを言った人がいるのだ。そんなことを言う人の方が欠落していると私は思った。ヤミカさんは傷付いていた。言葉にするのも辛そうだったが、私はヤミカさんの話を少しずつ聞いた。私たちはそうやって心に刺さった鋭い言葉を抜き取り、自分たちが死に至った経緯を何とか()み砕いていった。時には血も流れた。塞がったはずの傷口が開いて何度も血が溢れた。クロさんやシロガネさんの助けを借りて血を止めながら、私たちは怨嗟(えんさ)の念に飲み込まれないように、なんとか人の形を保っていた。


 ようやくお腹の傷が落ち着いて私が起きられるようになった頃、クロさんがやってきた。


「明日からヤミカさんと一緒にマシロさんも養成講座に通い始めてはどうかなと思ったんだけど…大丈夫そうかな?」


「あの…」


 私は迷った末に口を開く。ここ数日ずっと考えていたことだった。


「死神を目指すにあたって…名前を変えようかと…思うんですが…」


 クロさんはその言葉が予想外だったのか、目を見開いて驚いたように私を見た。


「それは…構わないけど…なんて名前にするのかな?」


「真朱…マソホ…で…」


 一瞬クロさんの瞳が私を悼んだように見えたのは気のせいだと思いたかった。死神にその感情はない。それに赤に染まって死んだ私が白を名乗るのはおこがましいと感じていた。


「うん…いい名前だね。養成講座に登録したら…挫折しない限りは…名前も変えられないよ?でも、だからこそ、その名にしたんだね。今日からよろしく、マソホさん」


 クロさんの差し出した手を握る。ほんのり温かいと思うのは私の手が冷え過ぎているせいかもしれない。


「二人も聞いていたよね?」


 いつの間にか開いたドアの近くに、シロガネさんとヤミカさんが立っていた。二人は頷く。


「よろしく、マソホちゃん」


 シロガネさんが笑った。



***



 私はクロさんに手を引かれ、ヤミカさんはシロガネさんに手を引かれて、死神養成講座をやっているらしい、その巨大な建物の門をくぐった。


「ここは色んなのが出入りしているから、離れないようにね。手は絶対に離しちゃダメだよ」


 シロガネさんの言葉に思わずクロさんの手を握る力が強くなってしまった。どことなく不気味だ。


「二人はその前に少し寄らなければならない場所があるから、そこを経由してから行くよ?」


 ちらりとヤミカさんの方を見ると目が合った。小さくヤミカさんは頷く。お互い緊張しているのが分かった。


「シロガネとクロです。新たな魂の受け入れをお願いします」


 窓口らしき場所でシロガネさんとクロさんは書類に何かを書き込み、私とヤミカさんは言われた場所に生前の名前とこれから使用する名前を書いた。随分と事務的だなと思う。窓口の女性はまるでクラゲのような見た目でどこに目を合わせていいのか分からなかった。なんとなく女性だと思ったのは触手にリボンのようなものがついていたからなのだが、もしかしたら違うかもしれない。全てが曖昧であやふやだった。振り返るとクラゲの座っている場所にちょこんと幼い少女が座っていた。五歳くらいだろうか。子育てをしたことがないから子どもの年齢はよく分からなかった。触手についたリボンだと思ったのは三つ編みを結んだリボンだった。少女は微笑んで手を振る。私は小さく会釈した。



***



「やあやあよく来たね…しかし君、私の子孫を軽々しく使い過ぎだよ?鎌を没収されているからって、これ以上ペナルティが増えないと思って安心していると、痛い目を見るよ?」


「痛みなんかすでに忘れましたよ。何を言ってるんだか…」


「クロさんも元気そうで何よりだね。こっちに来た頃は今にも死にそうな顔をしていたのにさ、ってもう死んでるのに何を言ってるんだって、そこは突っ込むところだよ?」 


 ヤミカさんと私は今、目の前のおしゃべりな若者に困惑させられていた。恐らく偉い人なのだろうというのは通された部屋を見ても分かる。社長室か何かのようだ。巨大な大理石のような机の上のネームプレートには【死神統括本部長】と書かれていた。


「まぁ楽にして座ってよ」


 ふかふかのソファーに半ば無理やり座らされた私たちは落ち着かない気分のまま、目の前の和服の男性を見る。少し襟足の長い髪は白かったが、顔立ちは若いので年齢がよく分からなかった。


「ま、手短に言わせてもらうと、ヤミカとマソホは、現代においてはもはや前世紀の遺物とも言える呪詛(じゅそ)が絡んだ結果、命を失うことになった。残念だったね。無駄に美しい容姿で生まれたことを恨むといいよ。君たちがもし二人とも醜女(しこめ)だったら、しぶとく生き残っていただろうからね…」


 醜女とは、また言い回しが古風だなと私は見当違いなことを考える。ヤミカさんは無表情のままだったが、どことなく目の前の相手に対して不満に思っているのは伝わってきた。


「そんな怖い顔しないでさ、でも損してばかりだった君たちには、ここでようやく朗報だよ?呪詛絡みで命を落とす人間は早々いないから、君たちは死神養成講座の基礎のうち半分ほどは免除される。その身に刻まれた痛みの記憶を学ぶ必要はないってことだ。良かったね。従って鎌のランクも受講生からではなく研修生からのスタートになる。あ、どうせ君たちは二人とも真面目だからテキスト読んだでしょ?この後講習があるけど、テキストに書いてある内容とほぼ同じだから一時間程度ぼーっと映像を見てもらったら、とりあえず今日やることはおしまい」


 よく分からないが、免除されたことだけは理解する。ヤミカさんが困惑したようにちらりと私を見るのが分かった。


「うーん、あとは指導官なんだけどね、通常は受講している間に相性の良さそうな指導官を見つけるんだけど、事情が事情だから他に呪詛で死んだ死神を探す方が大変なんだよね…って訳で、クロさんと引き続きシロガネに二人のことは任せるよ。時々指導は交替することと、シロガネの鎌は没収中だから実際に降りるときはレンタルで我慢して。あとは…ま、分かってると思うけどセクハラに関しても昨今うるさくなってるから、あまりベタベタ接触しないこと。ただし変容に関わる治癒に関してはその限りではない。制限が全て解除される。異形化が進んだ場合は直ちに報告すること。小賢しい誤魔化しはなしだよ?いいね、シロガネ?今回のだってギリギリだ。たまたま同じ呪詛師だったからアウトにならなかった、それだけだ。レアケースだよ。私は混ぜるのは推奨していない。それで魂が欠けたとしてもだ」


「はいはい、分かりましたよ」


 シロガネさんは嫌そうな顔で返事をする。私はそのときになってようやく、クロさんに関して感じていた違和感の正体に気付いた。思わず口に出しそうになって、けれどもこの場で言うべきではないと言葉にはしなかった。

 あのとき、彼は過労死したと息子に対しては確かにそう言っていた。けれども目の前の男性は他に呪詛で死んだ死神を探す方が大変だと言っていた。つまり、クロさんの死因は過労死などではなく呪詛だったことを意味している。

 私が考え込んでいるうちに肩の鎌のブローチには赤い石が出現していた。ヤミカさんのは青だ。


「研修生の印だよ。これから長く辛い試練が待ち受けると思うけれど、ま、頑張ってせいぜい足掻くといいよ。輪廻の輪に入らなかったことを後悔しないでね。異形化が先か死神になるのが先か…これは過去の記録の積み重ねから割り出した数値だから僕の個人的な意見じゃないけど、七割程度の女性が死神を目指す途中で異形化する。ましてや君たちは呪詛絡みだ。異形化する土台は整っている…せいぜいクロさんやシロガネにみっともなく縋って助けてもらうといいよ。僕は男尊女卑真っ只中の世代だからね。女は三歩下がって歩くべきだと今も思っているし、何なら死神に女は必要ないと思っているくらいなんだ。あくまで、これは僕個人の見解を述べているだけだから、やっぱり異形化したときに僕を思い出して恨んだりしないでよ?こう言うとパワハラかもしれないけど、それでも死神を統括しているのは僕だ。仕事の足を引っ張る者は容赦なく排除する、それだけだよ」


 ヤミカさんは無言で相手の顔を見ていたが、結局何も言わなかった。ここまで言われるとさすがの私でも腹が立つ。けれども生きていて女であることに憤りを感じたことも数え切れないほどあった。男女平等といいながらも生温い笑顔で誤魔化しては、素知らぬフリで男尊女卑を振りかざす。それならいっそのこと、未だに世界は男尊女卑で成り立っていると目の前の彼のように口に出して認めた方がいっそのこと清々しいとも思った。そうして雄々しく進出する女性たちは女性としての正当な権利や主義主張を振りかざすあまり女であることをもはや忘れているようにすら見えて、これもまた何かが違うと思うこともあった。


「ふぅん、大人しそうな顔しておきながら、そんなこと考えてるんだね…これは異形になる素質十分だわ。恨みの種類も多種多様だねぇ。君は君個人のことよりも、周りの環境そのものに腹を立てるタイプなのかな。異形化したらそのときは僕が狩ってあげよう。僕の鎌で切れないものはないんだ…」


 私の顔を見た白髪の彼は酷薄な笑みを浮かべる。


「統括が意地悪なこと言って煽るからでしょ。この人、煽り体質なんだよね。死んでも治らないってのはこのことだよ」


 シロガネさんが笑ってヤミカさんと私の頭を撫でた。白髪の彼は眉を上げた。


「僕の話を聞いていて、目の前でそういうことをするって、場合によっては宣戦布告と受け取るよ?」


「あいにくと鎌がないもんで…制御ができてないだけですよ。相手が異形化しようが何だろうが、正式な指導官であることには変わりませんからね。クロさんと四人で仲良くやっていきますよ。せいぜい指でもくわえて(うらや)んでいて下さい。治癒に関しては不問なら前時代的な濃厚接触でいきますからね」


 シロガネさんの言葉にクロさんはどこかヒヤヒヤしたような困った顔付きをしていたが、長居は無用とばかりに私の隣に来ると片手を差し出してきた。思わずその手を握ってしまって、これも本当はダメなのだろうかと不安になる。


「大丈夫ですよ。これは正式な手順で行っています。行きましょう。それでは統括、失礼致します」


 クロさんが一礼したので私も一応真似をして礼をする。残念なことに頭を下げるのは得意だ。申し訳ございません。何度頭を下げてきたことか。顔を上げるとヤミカさんも手本のような仕草で一礼するのが見えた。私は親近感を持つ。白髪の男性は何故か少し驚いた表情をしていたが、私とヤミカさんはクロさんとシロガネさんに促されて部屋を出る。しばらく皆無言で歩いていたが、クロさんがはぁっと大きなため息をついた。


「シロガネさん…毎回顔を合わせる度に統括に喧嘩を売るのは止めて下さいよ。心臓に悪い」


「クロさん、動いてもいない心臓に対してどうこう言っても信憑性がないよ…それよりも…クロさん、言ってなかったの?呪詛のこと」


「ああっ!」


 私は思わず、かすれた叫び声を上げてしまい、シロガネさんに苦笑された。


「急にそんな色っぽい声出さないでよ。おじさん、びっくりしちゃう」


「す、すみません…だってクロさん、過労死だって言ってたから…そうじゃなかったんだなって…」


「いやいや、そっちじゃなくて自分が呪詛絡みで命を失ったってこと」


「あ…そっち…ですか。いえ…正直なところ実感がなくて…」


 私は素直な気持ちを口に出す。ヤミカさんも頷いた。


「呪詛って言われてもピンとこない。だって結局のところ私の死因は撲殺だし…マソホは刺殺でしょ…呪殺だなんて誰も言わない訳だし、死んでから知っても、もはや意味がないというか」


「…それに意味を持たせちゃうのが死神養成講座なんだよね…ま、出てみれば分かる」


 二人に連れられて歩いていると、急に人影が多くなった。初めて人間のような姿をした者が大勢いる場所に出て、私もヤミカさんも困惑する。一斉に振り返った人影は慌てたように道を開ける。


「シロガネ先生!クロ先生!お久しぶりです!」


 周囲から声が上がってざわめきが広がる。


(てことは、あの二人が!?)


(わーすごい美人)


(レアだよ。ラッキー!俺、昨日から研修生になったから、多分講座同じだ)


(なに?みんな盛り上がっちゃって。別にそこまで可愛いかって言ったら平均以上ってだけじゃない)


 圧倒的に男性の比率が高い。女性はちらほら混ざっている程度だ。恐らく彼らも受講生や研修生なのだろうと想像がついた。その中でこちらを挑むような目付きで見ている美少女に私は見覚えがあった。二ヶ月くらい前のことだったか、アイドルグループの女性の失踪を告げるニュースが流れた。間違いない。時折バラエティ番組でも見かけたその顔は小さくて、細くて長い足をしていた。痩せすぎとも言えるがテレビ映りを考えて節制していたのだろうと思う。こうして改めて見ると同じ人間とは思えない。亡くなっていたのか。


「映像が終わるまで、俺たちは隣のカフェで時間潰してるから、行っておいで」


 ようやく私たちは二人から繋いでいた手を離されて、指差されたその近くにある建物へと足を踏み入れた。なんとなく後ろの席に並んで座ると背後から声がした。


「そこ、ミアの指定席なんだけど」


 振り返ると先ほどこちらを見ていた元アイドルの女性が立っていた。慌てて避けようとした私を制してヤミカさんが言う。


「座る場所が決まっているなんて書いていないけれど…」


 ミアさんとヤミカさんは無言で睨み合う。


「ミアちゃん、こっち来てよ!ちょっと教えてほしいことがあるんだ!」


 赤に髪を染めた青年がミアを手招きして、彼女は不服そうにこちらをチラ見しながらも、その青年の隣の席に座った。教えてほしいと言ったのは恐らく嘘だろう。助かったと思った。


「ミアちゃん、被呪殺者には絡まない方がいいよ?俺らみたいなのとは最初からレベルが違うから」


 赤髪の彼が小声でそう言うのが聞こえた。


「えー?なにそれ、ミアの方が断然可哀想な死に方してるじゃん。呪いだか何だか知らないけど、ありそうでなさそうな理由でコツコツ毎日通って好きでもない勉強したのに、それ全部免除されちゃうとか有り得ないんですけどぉ」


 どこにでもこういうタイプの人間はいる。テレビの中では仕草が可愛いと思って見ていた私はほんの少し幻滅した。ヤミカさんはテキストを眺めるともなしに眺めているようだったが、わずかに顔が強張っているのが分かった。膝の上で固く握りしめたその手に触れると彼女はハッとしたように私を見て、少しだけ表情を和らげたように見えた。やがてスクリーンに映像が映し出されて、言われていた通りテキストに書いていた内容が繰り返された。まるで自動車の免許更新でもしているようだと思う。ただ違うのは、自殺、他殺、病死、自然死など多岐に渡る死因の中に呪殺が存在し、明らかにピラミッド型の天辺にその言葉が君臨している点だった。映像を見ている赤髪の青年がちらりとこちらを見るのが分かった。


『被呪殺者の魂の取り扱いには注意が必要です。一見すると呪殺に見えない場合もあります。連れ帰った魂の異形化が始まった場合は呪殺を疑いましょう。一人で解決せずにただちに第一階級の死神に引き渡しましょう。対応が遅れた場合、異形化に巻き込まれ死神の魂も消滅します』


 私は思わず自身のことなのにゾッとした。思わずヤミカさんと繋いだままだった手に力が入る。ヤミカさんも冷たい手で握り返してきた。いつか私たちは異形化してしまうのだろうか。そんな不安が拭い去れなかった。

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