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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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恐れ

 アシシがヒサメの家でぐっすりと眠っていた頃、ヤミカはシロガネと予定よりも遅れて病院に到着していた。途中悪魔に襲撃されたときに車両が緊急停止した。シロガネはその間、鎌を出して辺りを警戒していた。片手はヤミカの身体をしっかりと支えてくれていた。ようやく発車し始めるとシロガネはホッとしたように息を吐いて鎌を消すとスマホをチェックした。


「何があったんですか?」


「うん?綻びから悪魔が入ってきたんだよ。もう追い払ったから、とりあえず心配はない」


 シロガネは何でもないことのように言って再びヤミカの肩を抱いた。


「そう…ですか」


 ヤミカはうつむく。シロガネの腕にはヤミカが緊張しているのが伝わってきた。


「…怖いか?」


「はい…あの…悪魔の方ではなく…自分が…」


「どうして?ヤミカの選択だろ。別に怖いことは何もないよ。手術中…一緒にいるか?」


「え?」


「いや…怖いなら一緒に入って手くらいは握ってやれるよ。向こうとは少し違うからな。逆に…それしかできない…第一階級っても結局は無力だな…」


「ありがとうございます…お願いするかも…しれません」


「うん、無理はするな」


 病院に着くとシロガネはテキパキと書類に書き込んで進めてくれた。遅刻したので少し待つことになったヤミカは、擬似的な出産を経験すると思われるお腹の大きな女性たちが何人も待っている待合室を通り過ぎて、人気のないシンとした手術室の前で待つことになった。次第に緊張してきてヤミカは本当に自分の選択が正しかったのか分からなくなってきた。そもそも正しいとか間違っているとか、それすらも分からなくなっていた。シロガネはヤミカの肩を抱いていたが、不意に引き寄せるときつく抱きしめた。


「大丈夫だよ。俺がついてる」


「はい…大丈夫です。一人で…行ってきます」


「じゃあ、待ってる」


 やがてヤミカは呼ばれて中に入って行った。看護師がやってきてシロガネに言った。


「手術後の注意事項になります。特別区の方でしたらお分かりかと思いますが…最低限でも今日明日は心と身体をしっかりと休めるように心がけて下さい。必要なようでしたら何日でも。急いでも良いことはありません…ヤミカさんの場合は…特に…事情が事情ですから…」


「分かりました」


 注意事項の書かれた紙を受け取ってシロガネはヤミカと繋がっている赤い紐を意識した。じわじわとヤミカの悲しみと苦しみが伝わってくる。身体から取り出される瞬間、ヤミカは心の中で絶叫していた。シロガネは手首の紐に触れてさする。大丈夫、大丈夫だ。けれどもシロガネ自身も今まで経験したことのないヤミカの激情に引きずられて自身の身体の奥に鈍い痛みを感じた。内側に広がった痛みは悪魔の鉤爪に切り裂かれたときよりも深く冷たく悲しかった。


(ヤミカ…)


 しばらくすると医師が出てきて無事に手術が終わったことを告げた。シロガネが部屋に入るとヤミカは顔を背けて泣いていた。シロガネはヤミカを抱きしめる。そうしているとヤミカは少しずつ落ち着きを取り戻した。靴を履いてベッドから立ち上がろうとしたヤミカは、けれども突然力が抜けたようになって立てなかった。シロガネは迷わずヤミカを抱き上げた。


「家に帰ろう」


 ヤミカはシロガネの腕の中で小さく頷いた。



***



 喫茶店で私はなかなか戻らないシロガネさんとヤミカさんを待っていた。クロさんはとりあえず自分の家の空間を改装しに出かけていた。ペコくんとコウくんを住まわせるためだった。フブキさんとミナミさんもどこか落ち着かない様子で窓の外を見ていた。


「ただいまーって、あれ?クロさんは?」


 シロガネさんはヤミカさんを抱き上げたまま、喫茶店の中を見回した。


「今、家を改装しに行ってます」


「あぁ…なるほど…ごめんね。今日はもう夜の営業はなしにして閉めちゃうよ。何か食べたかったら冷蔵庫の中身、使っちゃっていいから」


「…ごめんね、マソホ…待っててくれたんでしょ?」


 ヤミカさんの声が思いのほか弱々しいことに私はショックを受けた。手を伸ばしてヤミカさんの手を握ると少し冷えていた。


「シロガネさん…私たちは大丈夫ですから早くヤミカさんを温めてあげて下さい」


 思わず言ってしまってから、そんなことはシロガネさんなら分かっていると思ってしまった。けれどもシロガネさんは微笑んだ。


「ありがと、マソホちゃん。じゃ、ヤミカを休ませてくるから。俺も今日は一緒に寝るわ。フブキ、今日もミナミちゃん泊まって行くでしょ?ってか、もうミナミちゃん荷物持ってこっちに引っ越しておいで。ここからの方が養成講座にも通いやすいし、クロさんのとこも二人増えて忙しそうだし」


 ヤミカさんが不思議そうにシロガネさんを見上げる。シロガネさんはしまった、というような顔をした。


「そっか、ヤミカにはまだ言ってなかったね。ただでさえ緊張してたから伝えるのは後にしようと思っていたんだ。クロさんがペコとコウって、ヤミハラんとこにいた二人の担当を引き受けたから…今、部屋を増やしてるんだよ」


「えっ…?ヤミハラさんは…?」


 ヤミカさんは私の表情を見て、それからゆっくりとシロガネさんの方をもう一度見上げた。


「ヤミハラとササメは…悪魔に喰われて消滅したよ。もういないんだ…」


「そんな…!」


「いずれは分かることだから、伝えたよ。ヤミカ、俺はヤミカのように激しく感情は動かない。でも繋いでいるから分かることもある。今日は色んなことがあったから心がザワザワするな…」


 ヤミカさんはシロガネさんの腕の中で顔を覆ってしまった。


「もうすぐクロさんも戻ってくると思うから…マソホちゃん、じゃあクロさんにもよろしくね。また明日」


 シロガネさんはそう言って二階に消える。私はのろのろと冷蔵庫の方に向かって中を覗いた。ひき肉と豆腐とネギと白菜が入っている。思わず苦笑してしまった。


「…何か作って食べますか?」


 私が言うとフブキさんとミナミさんもこちらにやってきた。


「この材料だと麻婆豆腐ですよね」


 ミナミさんが冷蔵庫の中身と調味料を確認しながらつぶやいた。


「私、麻婆豆腐に野菜も入れちゃうんですけど…白菜とか…変ですか?」


「あ、それ俺もやってましたよ。手軽に野菜も取れて楽だし、入れちゃいましょう」


 フブキさんが白菜の葉を取って洗い始める。手際が良いなと思った。


「白菜がたくさんあるから…甘酢漬け作ったら食べますか?」


「わ!それ美味しそうですね。作りましょ!マソホさんって、こっちでも料理してるんですね!」


 ミナミさんに言われたので私は慌てて首を横に振った。とりあえずご飯を炊こうと米を四合ボウルに出したらフブキさんが自然に私の手からボウルを取って米を研ぎ始めた。マコトならリビングのソファーでゲームに夢中で見向きもしないところだ。この差は何なのだろう。


「あの…いつもはクロさんが用意してくれてて…私、本当に何もしていないんです…」


「そうなんだ…クロさんのポークチャップ美味しかったですよね!」


 ミナミさんが言って、フブキさんも頷いた。


「白菜多めに洗ったので、好きなだけ取って使って大丈夫ですよ」


 フブキさんに言われたので、私は甘酢漬けの用意をすべく、白菜を切り始めた。



***


「すみません、二人が疲れて眠ってしまったので…少し遅くなりました」


 ご飯が炊ける十分前くらいにクロさんが喫茶店に戻ってきた。


「おかえりなさい。シロガネさんとヤミカさんも帰ってきました。ヤミカさんが疲れているみたいで今は二階にいます。シロガネさんが、よろしくと言っていました」


 クロさんはちらりと上に目をやって頷いた。


「二人とも…眠っているようですね。ところで…美味しそうな匂いがしますが…」


「はい、みんなで作りました。白菜入りの麻婆豆腐と白菜の甘酢漬けと、卵とコーンのスープです」


「それは楽しみですね」


 クロさんが微笑む。やがてご飯が炊き上がり、皆で作った料理を私たちは食べ始めた。麻婆豆腐の合間に白菜の甘酢漬けをつまむ。ごま油を効かせてほんの少し一味を加えた。好みでかけられるように一味はテーブルの上に出しておいた。


「甘酢漬け美味しいですね!箸休めにぴったり!」


 ミナミさんに褒められて私は嬉しくなった。


「これは酒のつまみにもなりそうですね」


 クロさんも微笑む。


「ミナミさんのスープも美味しいですよ。麻婆豆腐も美味しく出来上がりましたね!」


 私たちはその後は他愛もない話をしながら食事を続けた。何となく暗くなる話題はみんな避けていたように思った。食べ終わるとそれぞれが皿を下げて皆で後片付けをした。クロさんが洗い始めたので私は皿を拭いた。ミナミさんがそれを元の場所に戻して、フブキさんはテーブルを拭いたりした。テーブルを拭き終えたフブキさんはどこからともなく湯飲みを見つけて出してきて、お茶を淹れてくれた。洗い物を終えた私たちは、お茶を飲みながら一休みした。


「生きてたときよりも…今の方が充実してる気がします…ミナミが隣にいるから…」


 フブキさんがポツリとつぶやいて隣のミナミさんの顔を見た。ミナミさんは照れたようにはにかむ。


「あの…クロさん、俺とミナミは…もしも輪廻転生の輪に入ったら…来世で夫婦になれたりするんでしょうか?」


 クロさんは困ったように微笑んだ。


「そうですねぇ。ここでの結び付きが強ければ強いほど…それは確かに来世にも影響を及ぼします。私とマソホさんのように…」


 クロさんは小指に繋がった糸を目に見える状態にした。クロさんと私の小指には同じ糸が巻き付いている。クロさんは私の小指にそっと指を絡めた。


「フブキさんも毎日こうして、絡めてみて下さい。そうしたら、糸が現れることもあるでしょう」


 フブキさんは言われた通りに素直に小指を出してミナミさんの指に絡めた。ミナミさんは照れたようだった。照れながらもミナミさんは私とクロさんを見て尋ねてきた。


「あの…二人に赤い糸があるということは…つまり…来世には…夫婦になるということですよね?」


「あぁ…そういえば、きちんと説明はしていませんでしたね。私たちは前前世でも、それより前にも夫婦でしたから…ミナミさんの想像通りですよ?」


 クロさんは小指だけではなくそのまま全ての指を絡めながら言った。せっかく良い雰囲気だったのに、そのとき私は胃の辺りが急にムカムカし始めた。私は慌てて立ち上がるとトイレに駆け込む。クロさんもついてきて、私の背中を撫でてくれた。


「…出すなら手伝います」


 私はやっとのことで頷いた。吐くのは苦手だ。クロさんの指が口の中に入ってきて私は次の瞬間に激しく嘔吐していた。悪阻(つわり)だと分かった。泣くつもりはなかったのに、何故か涙まで出てくる。私は泣きながら吐いた。ようやくムカムカした状態は去ったけれど、せっかくみんなで作った料理を吐いてしまったことに、私はどこか落胆していた。クロさんが水を持ってきてくれた。


「落ち着いたら、何かあっさりした物でも買って帰りましょうか。何でもいいんですよ。マソホさんが食べられそうなものなら」


 クロさんに言われて私は頷く。いつの間にかお腹の膨らみは昼間よりも大きくなっていた。お腹の中でシラタマが動くのが前よりもはっきりと分かる。フブキさんとミナミさんに別れを告げて、私とクロさんは外に出た。月明かりに照らされた道をいつもの方向にゆっくり歩いてゆくと、突然洋菓子店のような外観の可愛らしい店が姿を現した。ガラス窓から中を見ると、美味しそうなケーキやゼリーが並んでいた。


「こんなところにお店…ありましたか?」


 私は懸命に思い出そうとしたけれど、どう考えても昼間通ったときにその店はなかった気がした。


「誰かが必要だと思ったら、その場所に出現するのですよ。今、この店はマソホさんに必要なんです」


 クロさんは微笑むと洋菓子店の扉に手をかけた。

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