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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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熾天使のおとない

「あー腹減ったね。喉も渇いたし、なんか食うか…」


 ヒサメに言われてアシシは急に喉の渇きを覚えた。飲まず食わずで相手に夢中になっていた自分に急に恥ずかしくなる。ヒサメはさらっとアシシに触れた。汗ばんだ身体がスッキリとして、脱ぎ散らかした服もきれいになっていた。ヒサメは服を着ると大きく伸びをした。外はいつの間にか暗くなっている。


「下の店に行こ!」


「え?あそこ…営業してるんですか?」


「当たり前じゃん。夕方過ぎると帰ってきた死神が開けるんだよ」


 部屋から出て二人は螺旋階段を降りる。本当に一階にはオレンジ色の明かりが灯っていた。なぜか見知らぬ風景なのにノスタルジーを感じてアシシは妙な気分になる。店には色白で黒髪を伸ばした若い女性がいた。


瑞雪(ルイシュエ)、おかえり」


「あーヒサメ、なんだ、今日は男連れか!」


「そっちこそ、若いの連れてんじゃん」


 アシシはヒサメの視線の先にどこか不安そうな顔をして座っている相手を見つけた。そして驚きと同時に、それが誰か分かった途端にものすごく気まずくなった。


「…ヨル…!?」


「ん?知り合い?」


 ヒサメに頷いたアシシを見てヨルの方はもっと仰天した様子でガタッと大きな音を立てて椅子から転がり落ちそうになった。


「な、なんでアシシが…ここにいるんだよ!」


「そっちこそ…!」


 ヒサメは構わずに瑞雪に向かって注文する。


「あー瑞雪、いつものお任せ二人前で。酒とデザートもありにして!」


「オッケー!ずいぶんとご機嫌だな」


「そりゃあね。若いエキスをもらって調子がいいに決まってるだろ」


 ヒサメはアシシの肩に腕を回すとニコリと笑った。


「んで?お友だちの方は瑞雪を紹介されたの?」


 ヒサメはアシシに腕を回したまま、ヨルの席の前に座る。


「ね、ヨルくんだっけ?瑞雪とはどこまでやった?」


 ヨルは飲んでいた水にむせ返る。アシシも思わずヒサメの顔を見てしまった。ヒサメはアシシを引き寄せて長いキスをする。


「アシシ!お前っ…!」


「あたしらはこういう仲。今朝会って昼からずっと飲まず食わずでエッチしてた」


 アシシは赤くなってヨルから目を逸らす。ヒサメなら言うだろうと思ってはいたものの、公言されると想像以上に恥ずかしかった。


「……」


 ヨルは恨みがましい顔でアシシを見る。


「…先…越された…」


 ヨルはかすれた小声を出した。


「ん?まだなの?あーそっか、瑞雪、魂狩りに行ってたもんな。そっかそっか。大人になるのを楽しみにしてな。瑞雪も上手いから」


 ヨルがヒサメに圧倒されている間に瑞雪は料理を運んでくる。青椒肉絲のような炒め物とご飯、それに見た目から判断するに担々麺、サラダが出てきた。


杏露酒(シンルーチュウ)の炭酸割りね。ヨルのも持ってくるから。ヨルも飲むだろ?その方が緊張しないよ」


 料理が揃うと瑞雪も座って四人で乾杯した。アシシは料理を食べ始める。美味しい。担々麺の香辛料がどこか本格的な味だと思った。


「ヒサメは底なしだから、アシシ、気を付けろ?」


 真面目な顔で瑞雪に言われてアシシは返答に困る。


「年に何回か、気絶させて入院したのもいる。初めてでそれはトラウマ」


 ヒサメは杏露酒をごくごくと飲んで豪快に笑った。


「大丈夫。アシシは体力あるから、ついてこれるんだよ。教えたらちゃんと覚えるし仕込み甲斐があるよ。で?そこってちょっと調べたけど幼馴染ってホントか?」


「はい…」


 アシシは頷いた。ヨルもアシシと同じだ。ヨルは親の仕事の都合で転勤していなかった期間があるが、また戻ってきた。ヨルとアシシは同じ高校に進学した。何だかんだで同じサークルに入り、女の先輩の家にも一緒に行った。酔っ払って目覚めるとヨルが少しその先輩と言い合いになっていて、アシシは慌てて寝たフリをした。心臓がバクバクしていた。小声でガッカリだとか期待外れだとか言われていた。自分だったら再起不能になると思った。


「ヨル、私はヒサメとは違うから、いきなり襲ったりしない。段階踏むから安心しろ」


「ひどいなぁ。あたしだっていきなり襲った訳じゃないっつーの。久々に悪魔と戦ったから、そういう気分になりやすかったけどさ」


 あれがいきなりではないとしたら、会った瞬間に押し倒されるのだろうかと、アシシは思った。けれども、ヒサメくらいの勢いがなければ、自分は二の足を踏んでいただろうとも思った。


「アシシ、嫌だったか?」


 少し困ったような顔でヒサメに言われて、アシシは慌てて首を横に振った。ヒサメはホッとしたようにニコリと笑うとアシシの頭を撫でた。


「ふぅん。相性良かったのか」


 麺をすすりながら瑞雪が淡々と言う。ヨルはおかずをつまみながら、いつもよりもハイペースでグラスを空けていた。


「ヨル…飲み過ぎるなよ?」


 アシシが言うとヨルに小さく睨まれた。


「少し酔わないと…俺…無理だよ…」


「緊張してるか?」


 瑞雪がヨルの顔を覗き込んだとき、ガラリとドアが開いて、金髪碧眼の美しい外国人が入ってきた。


「あーミカエル、出張お疲れ様」


 ミカエルと呼ばれた外国人の背中に一瞬白い翼が見えた気がしてアシシは目を瞬く。それにアシシでも知っている。ミカエルとは天使の名前ではないのか。


「あなたも物好きだな。なんで出張の度にこんな店に来る?」


 立ち上がった瑞雪が苦笑する。ミカエルは近くの席に座ると、面白そうにこちらを見た。


「いや、この雑多な空気をたまに吸いたくなるんだよ…今回も大勢の死神が犠牲になったね…君のお姉さんも…」


 ミカエルに言われたヒサメは眉をしかめた。瑞雪が水を置く。


「飯の不味くなる話はいいよ…」


「実に君らしい言い分だね。君のようにお姉さんは強くなかったから狩られた。それはその通りだ…双子なのに真逆の性格…君は本当に強くなった…天の国も君の働きを評価しているよ?君はそろそろ輪廻の輪に入ってもいいのに、なぜその働きを帳消しにするように現世の後悔を引きずった魂と交わり続けるんだ?」


 ミカエルは水を一口飲んだ。瑞雪は何も言わずに厨房で何かを作っている。ヒサメは隣のアシシにわざと身体を寄せる。ぴたりとくっついて頬を寄せた。


「なぜって?好きだからに決まってるよ。悪魔と戦うのも気持ちいいからだ。初めてをもらうのも気持ちがいい。あたしは天の国が思うような奴じゃない。汚くても欲まみれでもあたしはあたしの信念を貫く。それだけだ。誰かに言われた通りに何も考えずに従うのは趣味じゃないんだ」


「…なるほど。覚えておこう」


「はい、いつものやつ」


 瑞雪がご飯と何かの野菜炒めを出した。サラダと杏仁豆腐にスープもつけてある。スープを一口飲んだミカエルは、大きなため息をついた。


「そうそう、この味だ。こうも下界が騒がしいと落ち着かないよ。いつの時代も戦争は続いているけれど、大量殺戮兵器は嫌だねぇ…魂が悪魔に掠め取られる。それに、こちらにまで綻びが出来るとこうして視察に来ないといけないからね…」


「で、わざわざランクAの死神の居住区にまでお忍びでやってきて、飯を食うのか?物好きだなぁ」


 ヒサメは笑った。アシシは緊張し過ぎて何も言えなかった。


「…君に言われたくないよ。たまには私だって息抜きがしたいんだ」


「あんたの部下にはなりたくないな。勝手に行方をくらまされた方はたまったもんじゃない」


 フッと笑ってミカエルは野菜炒めを口にする。金髪碧眼の天使が器用に箸を使って食事をしている。違和感しかない。

 そのときガラッと大きな音を立ててドアが開いた。外には息を切らした少年が立っている。と思ったら栗色の髪と青い瞳の少女の姿になり大股に店に入ってきた。

 

「おや、イオフィエル…思ったよりも早かったね」


 杏仁豆腐を食べながらミカエルが振り返る。イオフィエルは店内を見回して、アシシにしなだれかかってニヤニヤしているヒサメと目が合うと、まるで悪魔を見つけたかのような目付きになった。


「ミカエルさま!このような場所に長く留まっては堕落してしまいますよ!!」


「…アダムとイブを保護したって割には心が狭いなぁ…男女の営みを否定したら人類は滅びるじゃないか」


 ヒサメは再びアシシにキスをする。イオフィエルと呼ばれた天使の部下と思われる少女は悲鳴を上げた。


「ミカエルさま!こんな店、早く出ましょう!今すぐ!」


「まぁまぁ、落ち着いて。あーん」


 ミカエルに杏仁豆腐を差し出されたイオフィエルは反射的に口を開けてしまい、口に杏仁豆腐を入れられる。


「美味しいでしょ?」


「……」


 そのスプーンでミカエルは残りの杏仁豆腐を食べて満足そうな顔をした。


「間接キスじゃん」


 ニヤニヤ笑いながらヒサメが言うと、イオフィエルは真っ赤になった。


「ごちそうさま。請求は天の国に上げといて」


 ミカエルは立ち上がる。イオフィエルは天敵を見るようにまたアシシとキスを始めたヒサメを見ながら、じりじりと後退りして店から出てゆく。


「また来るよ」


 そう言ってミカエルはドアを閉めた。


「また!?ダメです!!」


 ドアの向こうでイオフィエルの叫ぶ声が響いた。


「ヒサメさん…あの…」


「ん?何?」


 一向にキスを止める気配のないヒサメが唇を少し離した隙にアシシは声を上げた。


「もう帰りましたよ?」


「…知ってる」


 アシシはまた唇を封じられる。厨房から戻ってきた瑞雪がヨルの隣に座って太ももに触れた。


「キス…見慣れたか?」


「えっ…あーまぁ…確かに…」


「じゃあ、してみるか」


「えっ?ちょっと待って…!!」


 瑞雪の美しい顔が近付いてヨルは目を閉じてしまった。柔らかな感触が唇に触れる。


「ほら、できた。簡単」


 額をくっつけた瑞雪が微笑んだ。ヨルは本当にこんなことをして波紋が出ないとかと疑いたくなった。ヨルの心を読んだかのように瑞雪がささやいた。


「ランクAだから大丈夫。任せろ」

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