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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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画面越しの彼女

 メッセージアプリに紫乃芙(しのぶ)から連絡があって、マコトは久々に紫乃芙に会うことにした。付き合っている彼女はいないし、ようやく自由に紫乃芙と会えると思って、そんな風に思った自分に何故か違和感を覚えた。


「待った?」


 時間潰しにゲームをしていると十五分ほど遅れて紫乃芙が姿を現した。待ち合わせをすると紫乃芙は大概遅刻をする。だが昔からなので慣れていた。それに待ち時間はゲームをしているのでさほど気にならない。マコトが立ち上がると、近くにいた女性二人が紫乃芙と自分とを見比べて驚いたような顔をするのが分かった。これもいつものことだ。マコトは爽やかな見た目で背も高い。一方で紫乃芙はお世辞にも美人とは言い難い、精一杯譲歩しても個性的な容姿をしていた。やけに離れて細い目は吊り上がり全体的にキツい印象を与える。肌の色は白いが太り過ぎだし鼻も大きくて、いわゆる平安美人と呼べばギリギリ収まりがつくかという微妙なラインだった。それに比べたら杏果の方が断然いい女だったとマコトは思ってドキリとした。メリハリのあるボディライン、某女優にも似ていると言われた二重の大きな目。死んでしまってから日に日に杏果の存在が大きくなってゆく。一方的に別れを告げられて約一週間後に杏果は通り魔に刺されて亡くなってしまった。まだ信じられない。不意にどこかから、ドッキリ大成功と言って現れるような気すらしていた。


「どこに行く?ホテル?」


「バーカ、居酒屋だよ」


 一方的に繋がれた紫乃芙の掌がじっとりと濡れていてマコトは不快感のあまり手を離したくなったが紫乃芙の手はがっしりと分厚く離れなかった。ふと杏果と手を繋いだことがあっただろうかと思い返すが、どうにも思い出せなかった。どこかちぐはぐな二人の姿はやがて雑踏に吸い込まれるようにして消える。その姿をビルの上から見ている何者かの存在があることに、彼らは気付いてなどいなかった。



***



()むねぇ…」


 ビルの屋上に座ったその人物は久々に取り戻した死神の鎌を肩にかけて人波を見下ろしていた。と言っても本人の所有物ではなく一時(しの)ぎのレンタル品なので、見た目はしょぼいビニール傘である。


「早く終わらせましょうよ、先生」


「まぁ、待てって、ホムラ。それに俺はもう先生じゃないよ」


 傍らの少年は不服そうな顔で眼下を見下ろす。彼は一時ブームだった魔法使いの少年が持っている細身の杖を身に付けていた。それが彼にとっての鎌だ。格好も寄せている。


「あの…マシロさんでしたっけ?大丈夫なんですか?」


「とりあえずヤミカの多過ぎる部分をマシロちゃんの腹にぶち込んで蓋してきたから大丈夫だよ。それにもう死んでるんだ。二回も死なないさ」


「乱暴だなぁ…そういう問題じゃないでしょう。だって、記憶は痛いじゃないですか…」


 少年は自分の身体を見下ろす。途端に焼け焦げる肌の臭いを思い出して彼は気分が悪くなった。隣の死神は彼の背中を撫でる。暴行された末に燃やされた彼の魂を回収した日のことを思い出した。身体から立ち上る煙を彼は消して少年の肩を抱く。しばらくしてようやく落ち着いた少年に向かって彼は皮肉な笑みを浮かべた。


「だから半人前は無理してついてくるなって言ったのに。それにマシロちゃんにはクロさんがついてるから大丈夫だよ。それにしても、あんなに慌てたクロさんを見るのは久々だったなぁ…」


 喫茶店に血塗れのマシロを抱えて飛び込んできたクロさんは、いまだかつてないほど取り乱していて、彼が思わず呆れたほどだった。


「やっぱり、何度か夫婦をやってる魂ってのは特別なんだろうなぁって思ったよ」


「は?夫婦!?えっ?クロさんとマシロさんがですか!?初耳なんですけど!」


「マシロちゃんは覚えてないけどね。俺が言ったってのは内緒だよ。それよりも問題はあっちの生霊の方だよ…まさか、マシロちゃんにも関わっていたとはね…」


「えっ?てことは、それって(みやび)さんにも関わってたってことですか?」


 思わずヤミカの生前の名前を呼んで、彼はしまったという顔をして口元に手を当てる。


「ヤミカがうなされてたから、記憶を読んだらえげつない関わり方してたよ。ヤミカの連絡先や住所を断りもなくストーカーになる奴に教えたのは彼女だ。それがマシロちゃんの元カレに振り向いて欲しくて今もずっと生霊になってくっついている…」


「その割には元気ですよねぇ…身体からしょっちゅう離れていたら、もっと不調が出てもおかしくないと思うんですが」


「そこなんだよ。問題は。あの家系は昔から強いんだよ。美人薄命の真逆を行くってところかな。元が術師の家系だからか…本家は廃れたのに、ここに来て遠縁が花開いたって訳だ。彼女の囁き声はいわゆる呪詛(じゅそ)だな。あんまり気乗りしないが、生前の腐れ縁にでも会いに行くとするか…」



***



 生前の腐れ縁と言われた男、犬神絢斗(あやと)教授は悪寒を感じて研究室の仮眠室で飛び起きた。指先までが冷えている。吐く息が白くなり暖房が切れてしまったかと思ったが、そうではなかった。研究室のドアも開けずにすり抜けてやってきた若い男性は、そんな犬神を見て実に気軽に片手を上げた。あまりに普通過ぎて、とっさに身構えた自分が間抜けに思えた。


(よぉ!色男、元気にしてたか?ふぅん、嫁さん貰って少しはマシな格好するようになったか)


「何をしに来たんだ…?」


 この男が現れるとロクなことにならない、と犬神はため息をつきそうになる。が、その後ろから顔を出した少年が礼儀正しく頭を下げた。どこか見覚えのある顔だと思って、嫌なニュースを思い出す。職業柄か殺害事件に関する内容は妙に印象に残る。現に目の前の男も別の呪禁師(じゅごんし)に殺害された。だがもう二十年近く前の話だ。そのときの姿のままで彼はこうして今も時々現れる。自分はその頃よりも確実に老けたが彼は永遠に若いままだ、と思ったら相手も合わせたのかニヤリと笑って白髪交じりの少し歳上の男性姿に変わった。嫌味かと思う。


(あ、こいつはホムラ。まだ新米の部類に数えられるから、仕事をこなすにも大変でさ…)


 複数人に暴行された揚げ句に火をつけられたのだったかとその胸くそ悪いニュースを犬神は思い出す。どこか少女のように儚げな顔立ちの美しい少年だ。少年は落ち着かない様子で犬神をチラチラ見ていた。


「で?何か用があって来たんだろ?」


 研究室に置いてある少し前の新聞が浮かび上がりペラペラと捲れてとある記事が目に飛び込んできた。一つはストーカーによる殺害事件、もう一つは通り魔による殺害事件。どちらも若く綺麗な女性が亡くなっている。事件現場に残留思念がないか犬神は密かに探っていた。何も残っていなかったので、地縛霊の類にはならずに済んだと思っていたのだが。まだ何か残っていたのか。


(この事件に直接的には名前は出てこないが、とある女性が関わっていて…生霊になってこちら側にまで侵食してきて迷惑を(こうむ)ってるんだ。生霊は二件目の事件の被害者の子宮を食い千切って胎児を持ち去った…)


 犬神は思わず心底嫌な顔をしてしまった。だが生霊とはいえ本体は生身の人間だ。どうしようもない。けれども次の言葉に犬神は耳を疑った。


(彼女は湊口紫乃芙。辿れば術師の家系だが今は廃れている。先祖返りをしたのか、彼女は無意識に悪意ある言葉で相手を動かす能力を使っている。彼女はストーカーに連絡先を教えて女性が彼に好意を持っていた風に思わせた。通り魔事件の方は、その女性の元カレのことが好きで、日ごろから二人の仲を邪魔し続けた。自分との連絡を他の何よりも最優先にするように仕向けたんだ。馬鹿な男は術にハマりスマホから目が離せなくなった。結果として彼女は妊娠を告げられぬまま、その男と別れて一週間後に通り魔に殺害された。この術師のなり損ないを…誇り高き呪禁師の我が友ならどうする?)


 自分の手出しできない生者の領域だからと勝手なことを言うと犬神は思ったが、それはまさに彼の(ほふ)るべき相手なのも確かなのだった。犬神は犬神なりの倫理観で呪禁を使う。無意識に使って人を死に至らしめるなどあってはならない。


「それで…こちらに持ち帰ってしまった胎児は…どうすべきだ?」


(それは…彼女に戻したところで…生んでもやれないからな…本人も君の供養を望んでいる。何より前前世の伴侶でもあり、来世の伴侶になる予定の男が珍しく激怒していてね…あまりに冷静さを欠いていたから、むこうで留守番させている。胎児が生霊の腹にある限り彼女は向こうでも苦しみ続けるから…死んでも安らかになれないんだ。それにあれに取り込まれたならもう呪いの一部に変質してしまっているだろう…それを戻されてもまた更に苦しむだけだ)


「しかし、本人を探すには少々時間がかかるぞ?」


 犬神が言うと、彼は面白そうに笑った。


(なんでわざわざここに来たと思っている?民俗学の講義を取っていないから君の記憶にないんだろうが、彼女はここの文学部の卒業生だ。今から二年前だったかな。卒業アルバムでも見れば…すぐに本人に行き着くだろう…)


 そう言うと彼は片手を上げて出てゆく。少年が礼儀正しく頭を下げたので犬神は思わず言った。


「ホムラくん、君も気の毒だったね…」


 少年は困ったような顔をした後に笑った。


(でも…今は生きていた頃より少し楽しいです。って言うと不謹慎ですけど。生霊の件…よろしくお願いします。ストーカー事件の被害者の方は…実は僕の初仕事だったんです…だから…)


 犬神は頷いた。彼らが死者の魂を導く役割を果たしているのはなんとなく分かっていた。


「頼まれた仕事は、きっちりこなすよ。だから心配しないで」


 少年はもう一度頭を下げると姿を消した。



***


 

 何かが破綻(はたん)していることに紫乃芙は程なくして気付いた。いつから?どこから?最初マコトは紫乃芙相手に楽しそうに話していた。だが、程なくしてスマホを気にし始めた。何が?一体どこを間違えた?そうして、彼が必死で追っているのが、元カノの事件の記事なのだと知って、殴られたように目の前が暗くなった。死んでも邪魔をするのかと思った。目障りな女だ。


「ねぇ、マコト!もっと飲もうよ!」


 酒を勧めて陽気にジョッキを飲み干す。だがマコトの表情はどこか冴えなかった。スマホと紫乃芙の顔をチラチラと見比べていたマコトはやがてぽつりと言った。


「杏果の部屋に…陽性の反応が出てる妊娠検査薬があったって聞いてから…眠れなくて…」


 紫乃芙はジョッキをやや乱暴に置くと微笑んだ。


「その相手、マコトじゃないよ。亡くなった人にこんなこと言うのはアレだけど…杏果さん、美人だったでしょ?けっこう遊んでたみたいだし。私ならマコトを絶対に一人にしたりしないよ?」


 紫乃芙の言葉にマコトは弱々しく微笑んだ。そうだ、杏果は美しくて他にも男友だちがたくさんいたはずだ。そこまで思って彼は違和感を覚えた。果たして本当にそうだろうか。

 気付けばマコトはいつの間にか見知らぬ天井を見上げていた。途中の記憶がない。起き上がろうとすると酷い頭痛がした。どこかのホテルだろうか。隣には何故か裸の紫乃芙がいた。白い肌はどこか青くも見える。マコトの腕にぶよぶよとした胸が当たるのが分かった。


「マコト…すごく良かったよ…」


 紫乃芙がクスクスと笑う。化粧の落ちてまだらになった顔がどこか不気味だった。やっとのことで起き上がる。頭が痛い。途中の記憶がない。


「ウソだ…」


 マコトの言葉に紫乃芙は一瞬怒りを(あらわ)にした。


「ウソじゃない。ホント。マコトには紫乃芙がいるって言ったでしょ?大丈夫だよ」


 全然大丈夫じゃないと、マコトは思った。それに紫乃芙はこんな女だっただろうか。いや、そもそも自分に紫乃芙などという幼馴染はいないはずだ。なのに何故昔から知っているなどと思ったのだろう。


『あのね…来ないの…』


 こんなときに何故か脳裏に杏果のか細い声が蘇る。何かをとても迷っているような。


『マコト、あのね………が来ないの…』


 本当は聞こえていたのに、そのときマコトは何故かその瞬間の意識をスマホのメッセージアプリに持っていかれた。あそぼ、と紫乃芙からスタンプが流れて振動が伝わってくる。


(ねぇ今、何してるの?あそぼうよ)


 その文面を目にした途端に、スマホの画面の向こうにいる紫乃芙が何故か急にとてもいい女に見えた。


『杏果といても、つまらないんだよね…』


 気付けばそんなメッセージを相手に送っていた。声に出したつもりはなかったのに、気付けば勝手に口が喋っていた。


「あれは…俺の子どもだった…!杏果は…それを伝えようとしてたのに…お前がしつこく遊びに誘ってくるから…思ってもないことを…そんなことを言うつもりじゃなかったのに!」


 マコトの言葉に紫乃芙の顔がどす黒く染まる。ぶよぶよとたるんだ身体から突如として無数の細い虫の脚が生えてきた。たるんだ身体はどんどん肥大し彼の三倍近くの大きさにまで膨れ上がる。その伸びた首の上に紫乃芙の顔がかろうじてついている。


「うわぁぁぁっ!」


 マコトは無様な悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた。這いつくばって部屋を出ようとすると、誰かの足にぶつかった。


「やれやれ、これは醜い化け物だ。心の歪みが魂にまで影響を及ぼしている…無自覚に呪詛を撒き散らすからそういうことになる…君も関わったから呪われたね…自業自得とも言えるが…残念ながら君の子孫はこの先二度と現れないよ。最後の大切な機会を君は逃した…美しい彼女は彼岸に消え、君の手許に残ったのは呪いを撒き散らす悪しき口を持つ女…どうする?せめてこの生霊のみ祓ってあげようか?祓わなければ、君も早々に生気を吸い付くされて死亡するよ?もっとも…生きたところで…君が自分に相応しいと思える女性は今世にはもう現れないから…君はありもしない幻想を抱いて画面越しの彼女にでも恋焦がれるのがせいぜいだろうね…」


 目の前の見知らぬ男性はニコリと笑う。ぶよぶよとした芋虫のような生き物が迫ってくるので彼は悲鳴を上げて懇願した。


「助けて下さい!生霊…?この際なんだっていい、消し去って下さい!!」


「…君の願いを叶えよう。悪く思わないでね。湊口紫乃芙さん。ここから消え去るがいい!!」


 彼がそう言うと、目の前に迫っていた巨大な芋虫は突然破裂した。生温い液体が飛び散り、辺りはようやく静かになる。と、思ったらその血のように真っ赤な液体の中で小さな虫のような何かがヒクヒクと動いていた。


(おとうさん…ヒドいよ…)


 小さな声を残してそれはやがて動きを止める。彼はその生き物に歩み寄るとそっと拾い上げて瓶の中に詰めた。


「どちらにしても生まれなかったモノだ。君が彼女の言葉をもっと気に留めていれば結果はまた違ったかもしれないが、全て手遅れだ。残念だったな。彼岸と此岸(しがん)とで混ざってしまったこれはこちらで供養するよ」


 彼はそう言うと姿を消した。後には母親の胎内を思わせるやけに生温い闇が残されていた。



***



 目を開けると一瞬どこなのか分からなかった。私は起き上がろうとしたがうまく起き上がれなかった。ふと上から覗き込む美しい顔に気付く。喫茶店のネームプレートには「ヤミカ」と書かれていた。


「ヤミカさん…?」


「良かった…目が覚めて。ずっと起きないかと思った…」


 何故かヤミカさんは無表情のまま私の手を握ってくれていた。冷たい手だ。私と同じだと思った。ヤミカさんの手を握り返して私は天井を見上げた。


「私…お腹に…形になったばかりの…赤ちゃんがいたの…元カレとの子ども…でも…死んじゃった。めちゃくちゃに刺されて…何でこんな話…ごめんね」


 ヤミカさんは静かに首を横に振る。


「…だから」


「えっ?」


「…同じ…だから。私も…」


 私はもう片方の手を伸ばしてヤミカさんの頭を思わず撫でていた。ヤミカさんは少しだけ驚いた顔をしたがやっぱり片手を伸ばすと静かに私の頭も撫でてくれた。何故か無性に悲しかった。

 私のお腹の空洞を埋めるのにマスターはヤミカさんのお腹から溢れ出たモノを使った。ほんの少しだけ私はそのとき彼女と死の記憶を共有した。同じ状態で死んだ魂だからすぐに混ざる、そんなマスターの言葉が聞こえた。一瞬私を見下ろしたマスターは何故か痛みを耐えるような表情を浮かべていた。


「ヤミカはこの腹のモノを出したくて仕方ないんだ。気持ちは分かるよ。だから少しだけ、マシロちゃんはその欠けた部分にその恨みを引き受けてやってほしい…」


 ヤミカさんは意識を失いほぼ死にかけているその間にストーカーの子どもを身籠ってしまっていた。死にかけていたのにヤミカさんの身体はそのときはまだ辛うじて生きていた。それでも背負う命は二人分。こんなときにもその重さは等しく変わらない。無情だと思った。


「私たちは…二人分の命を背負って死んじゃったから、罪が重い…死神になるにも…多分時間がかかるって…シロガネさんが…あ、シロガネっていうのはマスターの名前…」


「シロガネさん…って言うんだ…」


 私は彼の髪の色を思い浮かべる。確かに綺麗な白銀(しろがね)が混ざっている。


「そうだ…クロさん…は?」


 私の言葉にヤミカさんは目線で自分のいる方とは反対側を示した。首をめぐらすと、疲れ切って私のベッドに突っ伏したクロさんが眠っていた。


「ずっと看病してたから…疲れたんだと思う。優しいね、クロさんは」


「うん…シロガネさんも、でしょ?」


「…うん…時々…怖いけど…」


 ヤミカさんは小さく頷いた。ふと、ヤミカさんは背後を振り返る。ドアが開いてシロガネさんと、一人の少年が入ってきた。少年はまるで魔法使いのようなローブを羽織っている。一方のシロガネさんは、どこにでもいるようなスーツ姿の会社員のような格好をしていた。


「…おかえりなさい…」


 ヤミカさんが言うと、シロガネさんはやけに嬉しそうに笑って彼女に歩み寄りその細身の身体を抱きしめた。


「先生!相手に断りもなくするのはセクハラですよ!」


「ホムラは、いちいちうるさいねぇ。相手が嫌がってなきゃ大丈夫なんだよ」


「嫌そうな顔してるじゃないですか」


 無言のままシロガネさんに抱きしめられているヤミカさんは相変わらず無表情だったが、やがて小さな声を出した。


「私…嫌そうな顔…してますか?」


「いや、そんな風には見えないよ?」


 シロガネさんはヤミカさんの顔を覗き込む。


「ホムラさん、私は表情の…作り方を忘れただけです…だから、うまく…笑えない」


 ヤミカさんはそう言って、おずおずとシロガネさんの背中に手を回した。シロガネさんが驚いた表情を浮かべる。それから少し困ったように微笑んだ。


「まずいなぁ…自分の鎌が手許にないから、感情がうまく制御できないよ。ま、いっか」


 シロガネさんはそう言ってヤミカさんをもう一度抱きしめた。私の隣でクロさんが身じろぎする。


「マシロさん…ごめんなさい…」


 眠っているようなのに、クロさんは夢の中で私に謝罪してきた。私は身体の向きを変えてクロさんの方を見る。少し疲れたようなその顔を見ていたら、何だか自分でもよく分からない感情が沸き起こって、気付けば髪に触れていた。この寝顔をどこかで見たことがあるような気がした。


「クロさん…謝らないで…私は大丈夫」


 私はそっとその寝顔に向かって囁いた。

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