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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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裁かれない罪

 その後私たちが知ったのは、何とも後味の悪い顛末(てんまつ)だった。


「私…ミユウとは親友だったんです。でも…いつしかミユウは私をライバル視するようになりました。多分…二人ともヒロ先生のことが好きだって気付いた頃だったと思います…」


 ミナミはぽつりぽつりと語り出した。ミユウとミナミは中学時代からの親友だった。けれどもある日を境にミユウはミナミをライバル視するようになった。塾の成績もそうだったが、二人が受講師のヒロ先生こと広崎を好きだと気付いた瞬間にそれは決定的なものになった。ミユウの中で憎しみが膨れ上がった。塾の成績も落ちていたミユウはある日魔が差してミナミの自転車のブレーキワイヤーを切断しようとして途中で思い留まった。けれどもそのときすでにワイヤーには傷がついてしまっていた。その後、連日の夏期講習で自転車を使うことが多くなったある日、ついにブレーキワイヤーが切れてしまい、ミナミは坂道を止まれずに道路に飛び出してトラックに轢かれてしまった。ミナミの家はあまり裕福ではなく、母は水商売で生計を立てており周囲の評判は良くなかったし、ミナミが乗っていた自転車も母の客がくれた娘のお下がりの古いものだった。結局事故後にも父が地元の権力者だったミユウの罪は暴かれることはなかった。ミナミは死後にその事実を死神を通じて知った。ミユウは卒業後に第二志望の大学に進学し、広崎に告白した。ミユウの熱心なアプローチに広崎はついに折れて二人は付き合うことになった。ミナミの死にミユウが関わっていたとも知らずに。ミナミは第六階級の途中で死神の鎌を手離した。どうしても現世の二人の動向を追ってしまう自分が辛くて死神になることを断念した。


「どうぞ。ブルームーンだよ。亡くなってからもうそれなりに時間が経ったから、ミナさんはもうお酒飲めるでしょ?飲みやすいけど、度数が高いから少しずつね?」 


 ミナミさんことミナさんは美しい青紫のカクテルを見つめて小さく頷いた。フブキさんは少し離れた席で落ち込んだように俯いていた。隣にはクロさんが座っている。特に何か言うわけではないけれどもフブキさんの気持ちに寄り添っているのが分かった。


「…私…一度先生に告白してフラれてるんですよ。だから…こんなこと言ったら…先生の思い出に傷が付くだけだって分かってたのに…でも…悔しかったんです。やり切れなかった。ミユウはどんどん綺麗な女性になっていくのに…私はずっと…高校生のまま…だから…」


「うん、そうだね…でも高校生のままでも十分に可愛いよ?」


「…シロガネさんが言うと、危ない発言に聞こえます」


 隣でグラスを磨きながらヤミカさんが淡々と告げる。シロガネさんはヤミカさんの方を見てニヤリと笑った。フブキさんがようやく立ち上がる気配がした。フブキさんは少しぎこちなくカウンター席のミナさんの隣に座る。ミナさんの緊張が私にまで伝わってきた。


「一つ…誤解があるから…言ってもいいかな?俺はあのとき…ミナミのことを振ったつもりではなかったんだ…何て言ったか覚えてない?」


「えっ?だって、講師と生徒だから無理だって…」


「うん、ミナミは最後まで話を聞かずに飛び出して行った…本当はこういうつもりだったんだ。俺たちは講師と生徒だから無理だ、でもミナミが卒業してそのときに俺のことがまだ好きだったら付き合おうって。でも伝える機会は二度と来なかった…」


 フブキさんは少し早口で言うとシロガネさんにカクテルのお代わりをお願いした。シロガネさんは頷く。


「え…それって…」


「ミナミは真面目に頑張ってた。俺は他の生徒よりも少し特別な目でミナミを見てしまっていたんだ…そのことにミユウは気付いていたんだと思う…ミナミが亡くなった後に…ミユウは急に大胆になった。俺は怖くなって結局講師を辞めた。でも…ミユウはどうやって知ったのか…俺の自宅を突き止めて…付き合わないと死ぬって言ってきたんだよ…その頃俺はミナミを振ったと誤解させたせいでミナミが死んでしまったんじゃないかって…そんな妄想に囚われていた…だからミユウの死ぬって言葉にとても恐怖を感じて付き合うことにしてしまったんだ…自分がいないとミユウまで死んでしまうんじゃないかと気が気じゃなかった…心の休まる日がなかった。恐怖に支配されていたんだ…」


「えっ…あの…それは…つまり…」


「俺の心の中にはずっとミナミがいたんだ。ミユウと付き合っていても…忘れられなかった…好きだったんだよ、そして今も…まだ…。小学生にはおじさんて呼ばれる年齢になっちゃったけどさ…今日病院に行ってそのミナミに対する気持ちを少し鎮めようと思って薬を処方してもらったんだ。そのくらい…俺の中にはずっとミナミがいた…」


 シロガネさんがカクテルを出す。


「はい、ジンライムだよ。もう夜も遅いし、ミナちゃん、良かったらこの上のフブキの部屋に泊めてもらいなよ。積もる話もあるでしょ?二人きりになって何をしても別に誰も咎めたりはしないよ?もう講師と生徒の関係じゃないんだし。まー見た目だけで言ったら未成年に十歳くらいは歳上の成人男性が手を出してるみたいで、ちょっと犯罪っぽいけどさ」


 シロガネさんが人の悪い笑みを浮かべて雰囲気をぶち壊す。ヤミカさんが眉を上げた。シロガネさんは笑う。


「あーあ、この中で誰もいないの、アシシだけになっちゃったね。アシシとヨルと、今度女の子誘って飲み会でもするか?付き合っても波紋の出ない相手に声掛けておくからさ…例えばハランとか」


「えっ…!?ハランさんはちょっと…あの…レベルが高すぎて…」


 アシシさんが途端に挙動不審になる。


「冗談だよ」


 シロガネさんは笑っていた。けれどもフブキさんとミナさんの間にはなんとも言えない緊張感が漂っていて、ミナさんの顔は赤くなっていた。フブキさんはカクテルを飲み干すと、ミナさんの顔を見つめた。


「ミナミ…遅くなってごめん。こんなおじさんでも良かったら…まだ交際可能かどうか考えてほしい」


 さすがのシロガネさんも、もう茶化さなかった。ミナさんが小さく頷く。


「私…死神になれなかったのは…先生のことを好きだって気持ちをまだ整理できていなかったから…なんです。整理したくなかった。先生のこと…やっぱり忘れられなかった!忘れたくなかった!」


 フブキさんは周りの目も気にすることなく、今度こそミナさんを抱きしめた。


「さ、若者はとっとと二階に消えな」


 シロガネさんは強引に二人の背中を押して二階に向かわせる。その姿が消えた二階の方を見て、アシシさんが深いため息をついた。


「フブキさんの裏切り者おぉぉぉぉ!!」


 アシシさんの悲痛な叫びが店内にこだまして、クロさんが背中をぽんぽんと叩いて慰めた。



***



 美優は夢を見ていた。夢の中でふらふらと歩いているうちに見知らぬ街に迷い込んでいた。オレンジの明かりに導かれてドアを開ける。


(いらっしゃい)


 そう言ったバーテンダーと思しき男性はけれどもわずかに眉をひそめた。


(招かれざる客…だね。一杯だけ飲んだらすぐに帰るんだよ。君にカクテルを選ぶ権利はない。ここはそういう店だ)


 バーテンダーはカクテルを用意し始める。


(シャンディ・ガフ…無駄なこと…だね)


 意味深に微笑んでカクテルを差し出された。店の中には他に誰もいない。なのに誰かに見られているような気がした。


(ミユウさん、君は…ずっとその罪を心の中に抱えたまま生き続けるんだ。ここは死者の領域。君がなんとしても引き裂きたかった二人はようやく彼岸で出会って幸せな夜を過ごしている…邪魔はさせないよ)


(え…?どういうこと…?)


 美優は途端に不安になった。心の中まで見透かされるような瞳に射抜かれたように動けなくなる。口に運んだカクテルの味も分からなかった。


(付き合わないと死ぬだなんて、一番卑怯な言葉だね。君の彼が雪山で死んでしまったのも納得がゆくよ。事故だったけれど彼はそのときすでに生きる意味を見失っていた…彼の寿命を縮めたのは君のその呪いの言葉だ…呪いって本当に特別な力が使える者じゃなくても、特定の相手には害を及ぼすものもあるんだよ。でもミナミさんは…もう君のことを恨んではいない。むしろ感謝しているかもしれない。お陰で愛しいヒロ先生と結ばれることができたんだからね)


(何を言ってるの!?私、恋人を亡くしてまだその傷も癒えていないのに、どうしてそんな酷いことが言えるの?それに…ヒロさんのことを、どうしてあなたが知ってるの!?)


 バーテンダーはフッと笑った。


(傷が癒えないからもう新しい恋人を作ったの?その傷を癒すために?その割には今夜だって楽しんでいたじゃないか)


 どこからともなく現れた若い女性がちらりと美優を一瞥した。そして首を傾げる。


(どんどん綺麗になるって言ってたからどんなに綺麗な人なのかと思ったけど…あなた、鏡で今の姿…見たことあるの?)


(それは魂の姿だからだよ。殺意を抱いたことのある魂は濁るんだ…お前の魂は綺麗だよ)


 バーテンダーはそう言って女性の髪を一房掴んで唇を寄せた。


(それ以上身体を留守にすると触りが出る…もう元いた場所に戻れ)


 彼が手にした何かを美優に向ける。それは鏡だった。鏡に映る美優の顔は青と紫に変色し、血走った目玉が飛び出していた。


「いやぁぁぁ!!」


 美優は悲鳴を上げて飛び起きた。嫌な汗をかいている。隣で新しい恋人は酒臭い息を部屋中にまき散らしながら、大きないびきをかいていた。美優はたった今見た夢の意味について考えを巡らせた。


「私は…悪くない…私は…やってない…」


 暗示にかけるかのようにぶつぶつとつぶやく。けれども彼岸で亡くなった彼と、ずっと前に死んだ親友が結ばれているかもしれないと思ったら、耐え難い怒りと屈辱が込み上げてきた。


「どうして…!どうして私は選ばれないの?」


 美優は暗闇の中で絶望的な声を上げる。当然ながらその問いに答えられるものは誰一人としていなかった。

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