再会
病室から出ると、ミアさんとアシシさんがソファーに座って待っていた。シロガネさんはフブキさんを昇華機能科に連れて行ったようだった。クロさんはナースステーションに行って、看護師の一人に何かを話していた。しばらくすると医師と思われる人物が現れて、クロさんは彼に古い携帯電話を渡した。医師は少し驚いた様子で携帯電話を受け取って誰かと話していた。何となく統括だろうと予測する。許可を取ったクロさんは病室に戻ると、何やら白い紙に筆で謎の文字とも記号ともつかぬ何かをサラサラと書き記すと部屋の四隅に貼り付け始めた。病室の外から見ていたヤミカさんが小声でつぶやく。
「クロさんって、ホンモノって感じがするよね…シロガネさんは全然なんだけど…」
「ホンモノって?」
アシシさんに聞かれたので私は言った。
「呪禁師…蠱毒も使えるって。それはハイアオさんも同じみたい…シロガネさんは系譜が違うって言ってたから…また使える力が違うんだと…思う…」
目の前で鋭い光が病室を満たす。私もヤミカさんも驚いて病室の光を見ていた。光が消えるといつものように穏やかな笑みを浮かべたクロさんが戻ってきた。
「これで…とりあえずはキリさんも悪夢から解放されると思います…フブキさんの診察もそろそろ終わる頃かと思いますから…会計の方に行ってみましょうか」
クロさんに言われて私たちは再び厳重なドアの方へと向かう。最初に誤解をした看護師がこちらをチラチラ見ているのが分かった。一階に戻ると、すぐにシロガネさんの姿が見つかった。やはり目立つのだと遠目から見た私は再認識する。シロガネさんの周りは他よりも光っているように見えた。フブキさんは待合室の椅子に座っていた。心なしか最初よりは落ち着いた表情をしていた。支払いが終わって私たちは病室から外に出て薬局に向かう。フブキさんは何やら薬を処方されていた。
「強過ぎる思いを少し緩和する薬を処方してもらいました…後悔の思いが強過ぎても良くないんだそうです…」
フブキさんは少し寂しそうに笑った。その背中をシロガネさんが叩いた。
「フブキ、なんか食いたいもんあるか?みんなで食って帰ろう。そういうのに適した店があるんだよ」
「えっ…?まさかあの店に行くんですか?」
クロさんの苦笑いに何事かと思ったけれども、シロガネさんはニヤリと笑った。
「クロさん、知らないな?前は小汚い店構えだったけど、最近リニューアルオープンしたんだよ」
「味はいいのに、店が汚いとみんな言ってましたからねぇ…ようやく…ですか。良かったですよ。女性もいるのに、いくらなんでも以前の状態のままではちょっと無理があるのではと思いましたから」
「あークロさんって、デートにもそういうとこ気を遣うタイプだもんなぁ…」
シロガネさんが笑う。お腹の中でシラタマがくにゅっと動いて私は思わず反応してしまった。
「どうしたの?マソホ」
ヤミカさんに目敏く気付かれてしまう。私は小声で言った。
「クロさんの蟲が…動いた…だけ…」
「すみません…その子は食いしん坊なんですよ…食べ物の話に反応してるんです…マソホさん、今日は二人前は軽く食べれると思いますが、シラタマが吸収するので気にせずどんどん食べて下さいね…」
「えっ?そうなんですか…?あのサイズで大食いなんですか?」
「どのくらいの大きさなの?シラタマ?名前からして美味しそう…」
ヤミカさんがフッと笑う。
「二センチ…くらい…だったと思うの。もふもふしてて白くてルビー色の丸い目があって…」
私が言うとシロガネさんが吹き出すのが聞こえた。クロさんが目で威圧する気配がした。
「別に…何も言わないよ。随分と可愛らしいなと思っただけだよ。シラタマのわりには…そっか、シラタマだったのか…なるほどねぇ…」
シロガネさんは私の顔を見てニヤニヤした。
「な…なんですか?」
「うん?世の中には知らない方が幸せなこともあるんだよ、マソホちゃん」
そんなことを話しているうちに、話題の店についた。外観はまるで古民家風のお洒落な飲食店だった。
「同じ店とは思えませんね…」
クロさんが言う。中に入るとすでに客がいるようで、たくさん靴が並んでいた。古い下駄箱に靴を入れて私たちは小上がりから店内に入る。いらっしゃいませ、と着物姿の若い高校生くらいの少女が笑顔で案内してくれた。
「えっ…ミナミ?」
フブキさんがその少女を見て驚いたように声を上げる。フブキさんは動揺していた。
「あれっ?ヒロ先生?えっ!?」
少女は一瞬喜びの表情を浮かべて、その後すぐにサッと表情を曇らせた。
「なんでここにいるんですか?」
「それは…死んだからだよ。今俺は…死神を目指してて…ミナミは…あの頃のままなんだな…」
フブキさんはどこか苦しそうな顔をした。
「そんな顔しないで下さいよ。六名様?みんな死神?私…無理だったから…途中で脱落しちゃったんですよ…やっぱり先生はスゴイですね」
ミナミさんは苦笑すると、気分を切り替えたように私たちを案内してくれた。個室に案内されて、私たちは掘りごたつの席に座る。寛げる空間だった。メニューを早速見始めたシロガネさんが、知っている料理を見つけたようで嬉しそうな顔をした。
「これこれ!名物メニューなくなってなかったんだ。マソホちゃんシラタマが入ってるなら大盛りでいけるよ」
「えっ?何ですか?」
「うん?大人のお子さまランチ。ディナーでもやってる。お子さまランチにありがちなメニューの全部乗せみたいなやつ。フブキもどう?で…あの子、だれ?ってか、フブキの何?」
「…えっ…そこ…聞くんですか?」
フブキさんはやや気まずそうに思わず口ごもる。
「あの…俺…大学の頃…バイトで塾講師やってたんですよ。そのときの生徒です…でも…夏休みの途中で…交通事故に遭って…」
「そっかそっか」
シロガネさんはフブキさんの肩に手を回すと耳元で囁いた。
「あの子…フブキのこと好きだぞ?」
「はっ??え?いやっ…」
「俺には見えるんだよ」
「…何が…ですか?」
「うん?」
そのとき水とお絞りをもって少女が部屋に入ってきた。
「あ、注文いいかな?」
シロガネさんは慣れた様子で注文する。私は結局シロガネさんお勧めのメニューになってしまった。注文を繰り返した少女はふと振り返って言った。
「ヒロ先生…ミユウと付き合ってたんですよね?卒業したあとに」
「えっ…どうして…そのことを?」
フブキさんは再び動揺した。
「私…見てたからです。死んでからもずっと。ごめんなさい…今はこれ以上は…言えません」
ミナミさんは寂しそうに微笑むと頭を下げて部屋を出て行った。
「言い方が…気に入らないな…」
少女が出て行った後、シロガネさんがつぶやく。スマホを取り出してすぐに何かを調べ始めた。
「シロガネさん…私たちが関わっていい話ではないですよ…」
けれどもシロガネさんよりも早くクロさんの方が彼女について調べていたことに私は気付いてしまった。クロさんは携帯電話をしまう。シロガネさんは片方の眉をピクリと上げた。
「フブキ…難儀な奴だな。でもお前は悪くないよ。恐らくそのうち本人が明かすだろうな。その後どうするかは…フブキ次第だ…」
「ちょっ…どういう意味ですか?」
「ま、とりあえず旨い飯を食う。考えるのはそれからだ」
やがて皆の注文した料理が揃って、私はフードファイター並に盛られた皿を目にして絶句していた。オムライスにナポリタン、唐揚げ、フライドポテト、山盛りの野菜サラダ、それらがワンプレートに乗っている。隣のヤミカさんと向かいのアシシさんは見ただけですでに満腹の表情になっていた。
「い…いただきます」
恐る恐る一口目を食べる。卵がふわとろで美味しい。デミグラスソースが程よいアクセントでいくらでも食べられる。サラダのドレッシングも酸味が程よくてオムライスの甘い味でも飽きさせない工夫がされていた。空揚げはスパイシーだった。気付けば無言でモリモリ食べていて、すでに半分以上が胃の中に消えている。私は驚いた。
「シラタマ…マソホさんの身体なんですから、そんなに意地汚く食べないで下さい…まるで私が餌を与えていないみたいじゃないですか」
クロさんが担々麺を食べながら困ったように私の顔を見る。
「なんだかとても美味しく食べれちゃってるんですけど…シラタマって…本当は何なんですか?」
「…今度話します…」
クロさんが苦笑する中、私は大盛りお子さまランチをぺろりと完食してしまった。空になったら皿を見て自分に驚く。お腹の中でくにゅっとシラタマが動いた。満腹になった私たちが店を出ると、着物から私服に着替えた少女が駐輪場のそばに立っていた。
「ヒロ先生…少しだけ…お話してもいいですか?すぐに…終わりますから」
駐輪場の方にフブキさんが近付いてゆく。私たちは少し離れたところで待っていた。やがて話が終わると、フブキさんは地面にしゃがみ込んでしまった。
「ごめんなさい。私…会わなければ…言わないでおこうって…思ってたのに…ほんとにごめんなさい」
ミナミさんが泣きながら走り去ろうとしているのを、私の隣からすっと出たヤミカさんが抱きしめた。ミナミさんは驚いたように一瞬動きを止めて、けれどもハッと我に返って逃げようとした。
「逃げないで。別にひどいことをしようと思ってる訳じゃないから。それにもう暗いから…」
フブキさんのところにシロガネさんが歩み寄る。シロガネさんもフブキさんの隣にしゃがみ込んだ。フブキさんは顔を覆ってショックを受けていた。
「本当の話…なんですか?」
フブキさんは小声でつぶやく。
「あぁ…知らない方が良かったか?」
「…分かりません…でも真実なら…受け止めなければいけないと…思います…」
フブキさんの肩をぽんぽんとシロガネさんが叩く。辺りには夕闇が立ち込め、空に月が昇っていた。すでに夜に一人で歩くには危険な時間が始まっている。ヤミカさんがミナミさんを引き留めた理由が分かった。私たちが食べ終わるのを待っていたミナミさんがいつもの時間に帰れなかったのだと、そのときになってようやく私は気付いた。




