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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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見舞い

 どのくらい眠っていたのか、私は不意にインターホンの鳴る音で目が覚めた。クロさんがすぐに起き上がって応対する声が聞こえる。


「マソホさん、出掛けられそうですか?シロガネさんがキリさんとの面会許可を貰ってきてくれたのですが…」


 クロさんがリビングのドアから顔を出す。私は思わずもじもじしてしまった。


「あの…シラタマが…あまり動かなければ…大丈夫なんですけど…」


「あぁ、それでしたら問題ありません。とりあえず眠っている間に全身は調べたので、次に活動するのは夜になりますから」


 クロさんの言葉に私はホッとする。私たちは出掛けることに決めた。



***



 向かった先は、一度も足を踏み入れたことのない駅だった。私たちは今電車が来るのを待っている。けれどもホームは明らかに宙に浮いていて、線路は見えなかった。電車だと思ったのは駅がそれに近い形状をしていたからだ。程なくしてプラットホームに電車に似た車両が滑り込んできた。開いたドアから乗り込むと、周りに見える影がザワザワしながら明らかに遠ざかって車両から全ていなくなってしまった。途端にガランとして面食らう。


「あー気にしなくて大丈夫。死神なんてこんなもんよ」


 シロガネさんは気にする素振りもなく、空いた席に座って私たちを手招いた。


「だから、朝と夕方の通勤ラッシュの時間帯は避けて行動してるの、これでも一応あんまり迷惑はかけたくないからね」


「その迷惑な時間帯でも構わず利用する死神もいますけどね…」


 クロさんが小声でつぶやく。私はクロさんの横に座って車両の中を見回した。広告が見当たらないと思ったら、時折窓に何か表示される。私たちに合わせた内容になったのか、レンタルする鎌の金額が表示された。今ならお試し期間延長で次に借りる際の割引クーポンが出るらしい。


「あぁ、朝イチにクチナワが行ったらしいよ。通勤ラッシュなもんだから、両サイドの車両はパンパンに詰まって、大変なことになったらしいって聞いたけど、あのクチナワが行くなんて珍しいこともあるもんだな」


 シロガネさんの隣のヤミカさんが、クチナワさんの名前に反応する。窓の外に目をやったフブキさんがハッとした表情をした。慌てて立ち上がる。


「……!?」


「フブキ、それは幻だ。見たいものを時折見せる。そこにはいないよ」


 シロガネさんがフブキさんの手を掴んだ。フブキさんはシロガネさんの顔を凝視して、やがて力なく再び座席に座ると額に手を当てた。私には見えない何かを見たのだと思った。 


「ですよね…頭の中では分かっているんですが…」


 フブキさんは恥じたように笑う。


「無理するな。俺も昔は動揺して、途中の駅で降りたりしたからな。けど、その気持ちはいったん忘れないと向こうもいつまで経っても忘れられないよ。それで生者の魂をこちらに引き込んで異形にしてしまう奴もたまにいる…そうなったら死神にはなれないからな」


「はい…いい加減分かってはいるんです。でも、もしもって未来を時々思い描いてしまう…これってどうしたらいいんですか?」


「うん?そりゃ…まぁ、一番手っ取り早いのは、新しい恋でも始めることだけどな。フブキには難しいだろうから…それもあって見舞いついでに、昇華循環機能科に予約入れておいたから、見舞いの後に受診してくるといいよ」


「消化循環機能科?」


 ヤミカさんが首を傾げる。私も何の科なのかと考えて胃腸科のようなものを想像していたら、クロさんが中空に文字を書いた。


「こちらの昇華です。フブキさんの抱えている気持ちを今よりも更に高い段階に持ってゆく、そういった意味合いの治療ですね」


「未練がましくてすみません。付き合ってる彼女がいたんですよ。ただ…それだけです」


「ただそれだけじゃ…ないと思います。そんな風に言わないで下さい。忘れられないんですよね?私は…別れてすぐに死んでしまったので、未練どころか…むしろホッとした酷い女ですけど…」


 私が思わずつぶやくと、クロさんが困ったように私の顔を見た。


「マソホちゃんのは、呪詛絡みだけど心に隙のあった相手にも問題はあったと思うよ?マソホちゃんもそんな風に思う必要はないよ。クロさん…ところで、マソホちゃんに何を入れたの?そのままで大丈夫?」


 シロガネさんが珍しく鋭い眼差しでクロさんの方を見据えた。クロさんは動じずに微笑んで頷いた。


「統括の許可が下りたのは知っていますよね?ですからこれは違法ではありませんよ?使い方次第によっては違法になる、それだけの話です。今は害虫駆除に使っていますから何の問題もありません」


「…マソホちゃん、クロさんのこういうとこが俺は怖いんだよね…優しく微笑みながら何のためらいもなく蠱毒を平気で使っちゃうところ」


「…え?」


 私はドキリとする。


「シロガネさん、せっかく害のない形に変えて使ったんですから、余計なことは言わないで下さい。毒を以て毒を制す。これはある意味常識ですよ?シロガネさんはヤミカさんがいつまでも吐いたりお腹を下したりしていたら可哀想だとは思わないんですか?」


「あーもう、分かったから、そんなにムキにならないでよ。やっぱりハイアオを黙らせられるのはクロさんだなって俺は思うよ…俺とは根本からして系譜が違う…おっと次だな」


 降りるタイミングになってその話はそれきりになってしまった。私は一抹の不安を抱えたまま病院へ向かうことになった。



***



 病院は生前の病院と何ら変わらない外観をしていた。けれども中に入ると、患者と思われる人々の様子は明らかに生前の病院とは様子が異なっていた。

それぞれの受診科の前で待っているのは右腕が消えていたり、足がおかしな形に膨らんでいたり、背中から骨で作った翼のような物が生えていたり、中にはしきりにポタポタと紫の液体を流し続けている人もいて、看護師と思われる人がバケツを運んできていた。

 シロガネさんはスタスタと進んで入院患者のいる建物の方へと移動する。エレベーターで四階に上がるとシロガネさんは厳重に見える扉の前でインターホンを押した。中から操作されて入ることができたと思ったのも束の間、警報が鳴って看護師が厳しい顔をして私の方に近付いてきた。クロさんがその前に立ちはだかって、ペラリと何かが書かれた紙面を見せる。


「蟲下しは済んでいます。一匹入っているのは私の使役する蟲です。統括の許可を頂いております。それにこの蟲はこれからお見舞いする入院患者に移せるものではありません。彼女に使ってこそ…効果を発揮する蟲ですから…」


 クロさんはどこか意味深な笑みを浮かべた。看護師の女性はなぜか私の顔とクロさんの顔を見比べて途端に赤面すると逃げるようにその場からいなくなってしまった。


「クロさん…その言い方…いやらしいよ」


 シロガネさんが呆れた顔をする。


「さ、行きましょう、解釈は人それぞれですからね。あの女性が想像力豊かだっただけでしょう…」


 私は何の話なのかよく分からなかった。シロガネさんが私の肩に触れて耳元で囁く。


「クロさんと蟲を使って夜な夜ないけない遊びをする仲だって思われたよ?ま、蟲ってさ…使い方によっては、そういうこともできるから…むしろハイアオなんかは、いけない使い方しかしないけど」


 私はクロさんの顔を無言で見上げてしまう。クロさんはさらりと私の肩に手を置いて、大人の余裕の微笑みを浮かべた。


「マソホさんが私の鎌を預かってくれるなら、いつでも教えますよ?蟲の正しい使い方もそうでない使い方も…」


 私がどんな顔をしていいのか分からず沈黙すると、先を歩いていたアシシさんが不意に足を止めた。目の前の病室を恐れるように見ている。シロガネさんがノックすると、ドアはするりと開いた。フブキさんが思わず顔を背けるのが分かった。ヤミカさんはシロガネさんと共に足を踏み入れて、その瞬間に特に何の感情も読み取れない表情になったのがちらりと見えた。ドアの前に面会は四名までと書かれていたので、クロさんと私は廊下のソファーに座って待っていた。


「マソホさん…怒ってますか?」


「…いえ…少し恥ずかしいなと思っただけです…」


「失礼します。少し触ります」


 クロさんは私の返答を待たずにおへその辺りに手を当てる。グルリとお腹の中でシラタマが動く。この感じをなぜか知っている気がした。


「胎動って…こんな感じなんでしょうか…」


「えぇ…今は…胎児の動きに似せていますから…その方が受け入れやすいかと思いまして…不快でしたか?」


「いいえ…私…過去にクロさんの子どもを…産みましたか?」


「はい…何人も…」


「そう…ですか…」


 私とクロさんは沈黙する。私は胎動を感じることもなく失った子どもに思いを馳せた。あの頃はただ困惑していた。


(ちゃんと愛してあげられなくて…ごめんね…)


 私は顔を覆う。泣く資格はないと思った。クロさんが私の背中を撫でてくれた。私の感じていることをクロさんも共有している気がした。しばらくして先に入ったシロガネさんたちが戻ってくると、シロガネさん以外は皆一様に葬式帰りの人のように暗い顔付きになっていた。私はクロさんと共に病室に入る。クロさんが見舞いの品をテーブルに置くのが見えた。私はベッドに丸まっているように見えるキリさんの顔を見た。キリさんとはやっぱり面識はなかったけれども、人工呼吸のようなものをつけられたキリさんは丸まっているのではなかった。キリさんの手足は全てなかった。


「私は特別区の第一階級の死神のクロです。隣にいるのはマソホ。マソホはキリさんも関わりのあるハイアオの鎌でお腹を切り裂かれて蟲を仕込まれました。でもこうしてここにいます。キリさんも自身が存在することを諦めないで下さい」


 眠っていたようなキリさんが弱々しく目を開ける。彼は驚いた顔をした。


「あ…!!」


 喉の奥から言葉にならない声が出る。クロさんは静かに告げた。


「心の中で話して下さい。私には聞こえますから…」


(俺を繋ぎ合わせてくれた…死神…ですよね?毎晩…ハイアオが…夢の中に出てきて…俺の身体を…バラバラにしようとするんだ…助けて下さい!)


「なるほど、分かりました。恐らく…あなたもミアを通じて影響を受け続けている…何度、ミアと身体を重ねましたか?正直に答えて下さい」


(え…二回…です…)


「でしたら…そろそろ影響を受けなくなってもいい頃ですが…あなたは何か見ましたか?ハイアオとミアの間に起こったこと、という意味ですが…」


(俺…怖くなって…先に逃げたけど…やっぱりカサイが心配になって途中で戻ったんです…そうしたら…ハイアオが…ミアの小指を…喰い千切ったんです…しばらくしたらミアは大人しくなって…連れて行かれました…そのとき…俺は誰かに足を引っ張られて…地下に転がり落ちました…その先の記憶は…あまり…思い出したくありません…)


 キリさんは顔を歪めた。


「なるほど。契約を目撃した、といったところですね…悪夢の方はこちらでなんとかしましょう…いいですか?私はほんの少し手助けすることしか出来ません。最終的にはあなたの意思の力が結果に左右します。バラバラにされたくないのなら、失った部分を再生するくらいの気力で挑まねばなりません。弱い魂は喰い尽される…分かりましたね?」


 キリさんは頷いたように見えた。クロさんに促されたので私はキリさんに一礼をする。


(ミアにチビだってバカにされて…悔しかったから…この際元の長さより長い足でも生やして見返してやろうかな…)


 キリさんのつぶやきが聞こえた。 

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