夜に集う
ブースの撤収を手伝ってから私とクロさん、アシシさんはシロガネさんの喫茶店に向かった。中に入ると、フブキさんが真剣な表情でシロガネさんにカクテルの作り方を教えてもらっているところだった。ヤミカさんは何やら料理本を見て付箋を貼り付けていた。
「あ、おかえりなさい」
言ってからヤミカさんは首を傾げる。
「ん?いらっしゃいませ…?どっちが最適解?」
「ただいま戻りました。ヤミカさんもお疲れ様でしたね。ヤミカさんとフブキさんが集まってくる余計な異形を退治してくれたお陰で、今回は捕獲もスムーズに終わりました」
クロさんのその言葉を聞いて、私もやっぱり同行したかったと少しだけ思ってしまった。
「シロガネさん、今日もバーを開けて欲しいそうですよ?でもその様子ですと、すでにミランさんから聞いているようですね?」
「あぁ…大丈夫、問題ないよ。その準備をしてたとこ。そうそう、グレナデンシロップを入れて…オレンジジュースを注ぐとノンアルサンライズの完成だ。完全な死神になるまでは基本、生前の年齢が未成年の場合、酒を飲ませるとアウトだからね」
「マソホ…私試作のカクテルを飲み過ぎてもうお腹タポタポなのよ。だから飲んで」
私はフブキさんからカクテルを受け取った。喉が渇いていたせいもあってとても美味しかった。
「フブキさん、美味しいです!」
「そうですか?良かった…!!いや、カクテル作れるのってなんか憧れるじゃないですか」
「ふーん、フブキってこういうのにも興味があるんだね」
「そりゃ、だって…シロガネさんみたいに格好良くカクテルが作れるようになったら、モテそうじゃないですか」
「邪な目的だなぁ…ま、俺もそう思って、バーでバイトしてたけどさ。でも生きてたときには大して役に立たなくて、こっちでようやく役に立ったってとこかな…」
「シロガネさんらしいですね…」
ヤミカさんの冷ややかな声に、シロガネさんはやれやれと首を振った。
「ヤミカに蔑まれると、何だか変なところが刺激されてる気分になるんだよな…禁断の扉が開きそうな感じ…」
「また、そんなこと言って…!」
ヤミカさんはそんなシロガネさんを見上げると眉を上げた。
***
やがて夕方になると、本当にミランさんがやってきた。ミランさんは両手に重そうな大きな鍋を抱えていた。サクラチルさんはフランスパンを持っている。
「なんだ?もしかしてアレか?」
「そうよっ!ビーフシチュー作ってたから持ってきたわよ」
「ミランさんのビーフシチューは格別なんですよ。一度食べたらやみつきになります」
サクラチルさんの後ろには青年が二人いた。どちらともどこか儚そうで繊細な顔立ちをしている。フランスパンと箱を持った二人は静かに一礼をした。
「コウギョクとメイゲツよ。どちらもうちで預かってる子たち。二人はパティシエになる修行をしていたからスイーツが得意なのよ」
「あの、良かったらどうぞ」
コウギョクと呼ばれた方の眼鏡をかけた青年が差し出した明らかにケーキを入れる箱をシロガネさんが開けると中から色鮮やかなフルーツの乗ったタルトが現れた。ツヤツヤに輝いて見える。
「わぁ!綺麗!!美味しそう!」
私は思わず声を上げる。ヤミカさんも頷いた。
「芸術的…」
「どうもー来ちゃいました!」
少し遅れてヨルさんとモクズさんが現れる。モクズさんはおどおどしつつも何やら高級そうなお酒をシロガネさんに渡した。シロガネさんはニヤリと笑った。
「お!いいねぇ。じゃ、みんなも集まったことだしそろそろ始めようか!」
シロガネさんの声を合図に皆が歓声を上げた。
***
ミランさんのビーフシチューはお肉がトロトロでとても美味しくて、フランスパンとの相性も抜群だった。食後のデザートのタルトをみんなで食べて、その後はシロガネさんがカクテルを振る舞った。お腹が満たされてみんなの話を聞くともなしに聞いていた私は、すっかり自分の置かれた状況のことを忘れてしまっていた。そういえばクロさんは最初にカクテルを一杯だけ飲んだ後は、進んでフブキさんの作るノンアルコールカクテルを飲んでいるなと思ってはいた。
「マソホさん、そろそろ移動しましょうか」
サクラチルさんがぐっすり眠ってしまったので、ミランさんが抱きかかえて、コウギョクさんとメイゲツさんと共に帰る準備を始めていた。
「あ…私も…行かなきゃ…」
どこに?と思った。なぜか足がドアの方に吸い寄せられる。慌ててミランさんがドアを閉めて前に立ちはだかると怖い顔をした。
「マソホさん、ここから出ては絶対にダメよ。クロガネちゃん、早く連れて行って!」
「えっ?」
私はクロさんが肩に手を回すのを見た。気付けば私は抱き上げられて、クロさんはもう階段を上っていた。
「私…歩けますってば…!降ろしてください!」
「だから今はむしろ困るんですよね。もっとベロンベロンに酔っていて歩けないくらいになっていれば良かったかもしれませんが…」
先をゆくシロガネさんが、見たこともない部屋の扉の物々しい南京錠を外す。ぎぃぃと重く軋んだ音が耳に不快だった。
「何ですか…?この部屋…」
開いた扉の先には、確かにシロガネさんが趣味を疑われると言った意味の分かる部屋があった。まず異様なのはベッドに明らかに身体を拘束するためのベルトがついていることだった。私の怯えた顔を見てクロさんは困ったように言った。
「大丈夫ですよ。私も一緒にいますから」
「もし…使う必要があるなら、この引き出しに一式入ってるよ。使わないに越したことはないけど。ま、勝手知ったる部屋でしょ。前にも使ったことがあるから」
「そうですね…では…シロガネさん、お願いします」
「あーそうだよね。二人の方が確実だし早いからね…ごめんね、マソホちゃん。ちょっと…というか、かなり嫌な気持ちになると思うけど」
私はクロさんの手でベッドに寝かされる。けれども勝手に身体が起き上がろうとしてしまい、逃げ出しそうになって驚いた。手足がバタバタと暴れるのを押さえつけられてパニックになった。
「嫌!離して!ヤダ!やめて!」
けれども男性二人の力には敵わず私は暴れながらも両手両足と身体を拘束されてしまった。私はそれでも泣き叫び暴れた。早く行かなければいけない、なぜかそう思った。行けないなら舌を噛み切ってやる、そう思ったところで口の中にクロさんが指を突っ込んだ。
「マソホさん、ダメです」
私は多分ものすごい力でクロさんの指を噛んでいた。力がコントロールできない。クロさんは首を横に振る。
「クロさん…ちょっと…」
シロガネさんが珍しく動揺した声を出す。
「大丈夫です。鍵を閉めて下さい。マソホさんは絶対に出しません」
「分かった…何かあったら呼べよ?」
「はい」
シロガネさんが重い扉を閉める音がした。私は絶望的な思いでその音を聞いた。閉じ込められた、そう感じた。
***
その後も私は諦めずに暴れてはクロさんになだめられた。すでに、どこに行こうとしていたのかもよく分からなくなっていた。やがて叫び過ぎて声もかれて出なくなった。私はいつしか涙を流しながら抜け殻のようにぼんやりと横たわっていた。
「マソホさん…」
私の目はようやく声の主を捉えた。そっと涙を拭われる。そのときになって私はようやくクロさんが手を怪我していることに気付いた。
「ご…め…なさ…」
かすれて出ない声で謝罪すると、クロさんは微笑んだ。
「マソホさんのつけてくれた傷なら、私は平気なんですよ…」
クロさんはどこからともなく温かく濡れたタオルを取り出して私の顔を更に拭いてくれた。気持ちいいと思った。クロさんは私の頭を撫でる。
「まだ外してあげられなくてごめんなさい。私では外せないように、シロガネさんに拘束してもらったんです。私がマソホさんに甘いのはバレてますから…まだ夜明け前です…日が昇るまでは…外せません」
そう言ってクロさんは私の顔を覗き込んだ。
「行かないで下さい。ハイアオさんのところには。絶対に。約束して下さい」
「は…い」
どうしてあんなに行きたかったのか今となっては分からなかった。クロさんの優しい手で撫でられているうちに私は眠くなってきた。まぶたの上に手を置かれて私は目を閉じた。
***
シロガネはヤミカの肩を抱いてソファーに座っていた。奥のソファーでは泥酔したヨルとモクズが眠っている。モクズは酔っ払うと笑上戸になった。何がおかしいのか楽しそうに笑っていた。アシシとフブキはそれぞれ二階の寝室で眠っている。そのまま荷物を運び込んで二人の部屋にしてしまってもいいとシロガネは思っていた。
「ん…」
ヤミカが身じろぎして目を開けてシロガネを見上げた。
「まだ早いよ」
「そう…ですか。マソホ…大丈夫ですか?」
「うん、かなり落ち着いたよ」
シロガネはヤミカの頬に触れる。顔を近付けるとヤミカは目を閉じた。そのままシロガネは唇を重ねた。
「慣れたな…」
シロガネの言葉にヤミカは不本意そうな顔をする。
「それは…シロガネさんが…すぐ…キスするから…」
次第に語尾が小声になりヤミカは俯いた。シロガネは顎を持ち上げてヤミカの顔を覗き込んだ。
「そろそろ…もう少し進んでみる?」
「え…」
すでにシロガネの手はヤミカの服の中の素肌に触れている。背中を撫でられてヤミカは鳥肌が立った。
「すごい反応…背中、苦手?」
「分か…りません…そんな…聞かれても…」
撫でただけだと思ったのにいつの間にかブラジャーまで外されていた。ヤミカの慌てた顔を見てシロガネは小さく笑った。
「触るだけだよ、そんなにガチガチになるなって」
ヤミカは素肌を辿るシロガネの指先を意識して赤くなる。思わず目の前の肩に顔を押し付けて声を上げないようにした。あまりに恥ずかしくて相手の顔が見れなかった。
「息…熱いな。まだ大したことしてないよ?」
シロガネは余裕だ。お腹から異形化したモノが溢れたときにも触られていたはずなのに、そのときとはすでに決定的に何もかもが違っていた。
「しょうがないか。ヤミカを見たら男はみんなすぐ飢えた獣みたいにがっついてたから…」
「そうやって…記憶を…見ないで下さい…恥ずかしい…」
「もう見ないよ。何の参考にもならなかったから。俺は自分で一から探すよ。ヤミカはどこが気持ちいいのか…」
どこか楽しむようなシロガネの囁き声が耳元で聞こえる。耳朶に唇が触れて耳を舐められた。すでに知らない感覚に翻弄され始めている。
「ヤミカの知らない自分を…俺が見つけてやるよ」
すでにこんな自分は知らない、とヤミカは思った。シロガネの美声はヤミカの脳をおかしくする。素肌に触れているシロガネの指先の感覚に震えて声が漏れた。その声すら自分のものとは思えなかった。
「いい声だ…」
シロガネは低くつぶやいて、ヤミカをそっと横たえる。すでに上気している頬と、早くなった呼吸を耳元で聞きながらシロガネは抱きしめるようにヤミカを愛撫し始めた。




