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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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成長

 翌朝目覚めた私はクロさんが少し驚いた顔をしてこちらを見下ろしていることに気付いた。


「…おはようございます」


 声を出すと昨日よりも明らかにトーンが低い。慌てて掌を見るとクロさんが私の頭を撫でてくれた。


「十二歳くらいにはなっていると思いますよ?」 


「えっ!?」


 急いで起き上がり、そこが喫茶店の二階なのだと思い出す。勝手が分からずうろたえる私にクロさんは笑って鏡を差し出してくれた。鏡に映る自分は幼児ではなくなっていたが、まだ子どもだった。


「なんでこんな中途半端なことに…」


 私がつぶやくとクロさんは頭を撫でてパチンと指を鳴らした。あっという間にパジャマ姿から着替えている。ヤミカさんがデザインした服だった。


「似合ってますよマソホさん」


 喫茶店に降りると、ヤミカさんとシロガネさんはすでに起きていた。他にも店内に人がいて驚く。ハランさんだった。


「おはようございます」


 私たちが降りてきてもさほど驚く様子もなくハランさんは優雅に朝食を食べていた。


「少し成長したね。クロガネのやり方は少々じれったいが嫌いじゃないよ。シロガネはすぐに手を出すが…」


「手を出すって…言い方…!」


 シロガネさんが不本意そうな声を上げたけれども、私はハランさんの言った言葉の方に気を取られていた。


「クロガネ…?クロさんって本当はクロガネさんなんですか?」


「ハランさん、その呼び方は恥ずかしいから止めて下さいと言ったハズですよ…」


 クロさんが困ったように言う。


「いいじゃん、シロガネとクロガネ、鎌だって色違いのお揃いなんだから、別にそんなにあからさまに区別しようとしなくたっていいじゃん。それとも俺のことが嫌いな訳?」


 シロガネさんが珈琲を飲みながら絡む。


「そうではありませんが…いや…そうなんですかね。シロガネさんと同じ甘々なやり方で研修生と接すると期待して来られても困るから、クロにしたというのも少しはあるんですよ…実際に厳しいと言われたこともありましたし…」


 クロさんが厳しかったことなどあっただろうか。私は考えても思いつかなかった。少なくとも私には甘いと思う。私の前にモーニングセットを置いてヤミカさんが目をキラリと光らせる。


「少しまた成長したマソホも見られるなんて…私のデザインした服も似合ってるし、今日も食べちゃいたいくらい可愛い」


「…えぇ?ヤミカさんも言い方…」


 カウンターではシロガネさんがハランさんと何やら話していた。聞くともなしに聞いていて私はミアさんの名前にドキリとした。


「あーそういえばさ、ハラン…ここにミアがいないってことは、つまり、そういうことだろ?」


 スクランブルエッグを口に入れたハランさんは小さくシロガネさんを睨んだ。


「どうして見逃した?」


「…ミアが…私の世話にはなりたくないと言ったんだ」


「それで…?」


「別の死神の所に行った」


「別の死神?ランクAの領域でミアの指導官になる酔狂な死神がいる訳…」


 そこでシロガネさんは厳しい顔付きになり口をつぐんだ。私の向かいでクロさんが眉をひそめるのが分かった。


「あぁ…やられた。ハイアオの奴に。ミアは魂の一部をすでに喰われた。繋いでいたから私も少し影響を受けた…」


 ハランさんは握っていた左手を開く。小指の先だけが薄くなっていて景色が透けて見えた。


「悪趣味だな、まったく。いつの時代だよ。ここは吉原じゃねぇんだ」


 シロガネさんがいつになく乱暴な言い方をする。


「え…クロさん…まさか…小指を切ったってことですか?」


 聞いた情報を繋ぎ合わせて私が恐る恐る口を開くと、クロさんは首を横に振った。


「切るのもどうかとは思いますが…食事時にする話ではありませんね。今は止めておきましょう。まずは温かいうちに食べてしまいましょう。話は逃げたりしませんから」


 私のところにシロガネさんがカフェオレを持ってきた。


「悪いな。朝から嫌な話聞かせて。きっとこれならもう飲めると思う」


「ありがとうございます」


 私はシロガネさんのカフェオレを一口飲んでみた。少し甘くしてあって飲みやすい。ホッと息をつく。


「美味しいです」


 私が言うとシロガネさんは、笑って私の頭を撫でてくれた。



***



 食事が終わってから、結局気になった小指の話を聞いた私は聞かなければ良かったと少し後悔した。


「た…食べる?それ、本気で言ってるんですか?」


「あぁ、そうだよ。ハイアオは噛み切るんだ。そして飲み込む。魂の一部をハイアオに喰われると、結び付きがより強くなるのと同時に、半ば支配される。その支配から逃れて死神になった奴もいない訳じゃないが…本当に稀だ…ハランのようによほど精神力が強くない限りは無理だ…」


「えっ!?」


 私はもうその場にいないハランさんが、まさかハイアオさんに小指を喰われたことがあるなどとは思ってもみなかった。ヤミカさんも驚いた様子で、さすがに少し表情が変わった。


「いいか?絶対にハイアオに手を握らせるなよ?あっという間にガブリだからな」


 シロガネさんはヤミカさんの左手を持ち上げると細くて綺麗な小指をつまんだ。爪の形も綺麗だ。


「こんなに細いとすぐに嚙み切られそうだ」


「だったら…食べられる前にシロガネさんが貰って下さい。シロガネさんにならあげてもいいです」


 ヤミカさんの言葉にシロガネさんは面食らった表情をした。


「ヤミカ…それ、意味分かって言ってる?」


「吉原って言ったのはシロガネさんじゃないですか。多分…分かってますよ?」


 ヤミカさんは澄まして言った。私は思わず自分の左手の小指を見てしまう。


「マソホさん…あまり…変なことは考えないで下さいね?」


 クロさんが困ったように言うので私は少し笑ってしまった。左の小指をクロさんの方に差し出すとクロさんはその小指に自分の小指を絡めた。


「小指にだって大切な記憶が詰まっていますから」


「そう…なんですか?」


「えぇ。ですから爪の先でも無くしてしまうと、魂は不安定になります。マソホさんは怪我をしたときに同じ術師の呪いを受けて溢れていたヤミカさんの一部で補いましたから、全体としては欠けてはいませんが一部混ざっています。混ざると…鎌の形も似ることがあります」


 それはつまりどういうことなのだろう。シロガネさんとクロさんの鎌が色違いなのも同じ理由だったりするのだろうか。私が考えていると、シロガネさんと目が合った。


「うん、多分マソホちゃんの考えていること、分かっちゃったよ。俺とクロさんの鎌が色違いなのは俺たちも同じ術師の呪いで殺されたからだ。タイミングはマソホちゃんたちほど近くはないけど、死神養成講座で会う程度には程々近かった。で、何だかんだで研修中に俺がドジってクロさんの一部で埋めてもらった。クチナワにな」


「えぇ!?」


 ヤミカさんが珍しく声を上げる。クチナワさんの名前に反応したのだと分かった。


「当時はクチナワだって、救うためには似ている魂を混ぜることくらいやってたんだよ。でもランクが上がってからしなくなった。考え方が変わったんだな。今じゃバッサリ切って終わりだ。ま、自分自身も消えかけて混ぜた結果として下半身が変容してしまったから、多分その辺りで止めたんだと思う。でもこれは本人に確認した訳じゃないから、最後のはあくまで俺の推測だ」


 あまり共通点の見えないクロさんとシロガネさんが何だかんだ言いながらもこうして交流を続けているのは鎌のせいなのかもしれないと思った。私はヤミカさんがこちらを見ていることに気付いた。


「私たちの鎌も似るのかな?」


 私が言うと、ヤミカさんは急に照れたような、今まで見たことのない子どもっぽい顔付きをした。シロガネさんが笑ってヤミカさんの頭を撫でる。


「なに照れてんの?可愛い奴だな。マソホちゃんと一緒に鎌を出して考えたいなら、いつでも付き合うからな」


 普段なら何かツンとして言い返しそうなところなのに、ヤミカさんは照れた顔のまま頷いた。シロガネさんとの間にあった壁のようなものが、なくなったのだと私は思った。珈琲を飲んでいるクロさんを見ると目が合って微笑んでくれた。


「二人で鎌を作る研修生もいますよ。お互い切磋琢磨して上を目指す意味合いも込めて…マソホさんもヤミカさんとやってみてはいかがですか?その前に…今日の講座は別の階になりますから、建物の前でアシシさんとフブキさんを拾ってほしいと、カイナンさんから頼まれました。本来ならセキリュウさんが連絡を寄越すべきなんですけどね…」


 クロさんが苦笑したところで、シロガネさんがスマホを取り出して眉をひそめた。少し遅れてクロさんも同じ情報を見ているのが分かった。


「あーセキリュウは今それどころじゃないね。昨日フブキが言ってた、ミアとつるんでるカサイって子…突然異形化して搬送されたわ。キリは行方不明?おいおい…マジかよ…だから夜にランクAの領域なんか歩くもんじゃないんだ…」


 言われてみれば夜の来客はほぼないに等しい。第一階級特別区であるこの場所も近付かないように言われているのだろうと思う。テキストにも夜に出歩く際は必ず指導官と共に行動すること、とはっきり書かれている。しかも目立つ文字で。特に第一階級特別区、ランクA以上の死神の居住区域にはいかなる理由があっても許可なしに侵入しないこと、とまで書かれていた。最初に読んだときには特別区なんてものがあるんだな、程度の認識だったのに自分がその特別区に住んでいると知って驚いた。ここまで書かれると私はとにかく夜に出歩くのは止めようと思う性格なのだけれど、ミアさんやそのお友だちは違ったらしい。異形化したことが分かるからこそ言えるけれど、やっぱり自分の形が変わってしまうことは怖かったし、行方不明になるのも何があったのか分からない分、不気味だと思った。


「いっそのこと、テキストにも夜勝手に出歩いて禁止区域に入ると異形化したり行方不明になる危険性を伴います、とでも明記しておけば少しは思い直して出歩く人も減ったりしないんですか…?」


 私が思わずつぶやくと、クロさんはそうですねぇと言って困ったように眉を下げた。


「恐らくカサイさんはミアさんと共にいたのだと思います…キリさんも…そこでハイアオさんに会ってしまったと考えるのが妥当でしょうね」


「…ミアさんを助けなくていいんですか?」


 思わず言った私の言葉にクロさんは心底驚いたと言わんばかりに目を見開いた。シロガネさんがやってきて私の向かいに座ると頷いて頭を撫でた。


「マソホちゃん、意地悪なことを言ってきた相手がハイアオの手に渡ってざまぁみろと思わない君の心はとても澄んでいると思うよ。でもね、考えてみるんだ。ミアは自分で望んでハイアオの腕に飛び込んだんだ。残念ながらミアを救えるのはミア自身が自分の力で選択を変えるしかないんだ…それにハイアオのところに行こうものなら、今のマソホちゃんはそのままだと喰われるよ。ヤミカもだ。だから俺やクロさんに内緒で勝手に行動するのだけは止めて欲しい。それでも手助けしてやりたくて力を貸すにしても、もう少し先だ。まだ学ぶべき事柄は山程ある。誰かを助けられる力を確実に身に着けてからじゃないとランクA以上の死神に立ち向かうのは無理だ。行くならまずは俺やクロさんと互角に戦えるくらいになってからだな」


 物騒なことを言ってシロガネさんはニッと笑った。私は返す言葉もなく、ただ頷くことしか出来なかった。鎌をちょっと具現化したくらいで少し調子に乗っていたのかもしれなかった。私が恥じたのを見抜いたのかクロさんがポンポンと私の肩を叩いてくれた。

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