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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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鎌を見せる

 中に入ると統括は見るからに不機嫌そうな顔をしていた。私は自分の不機嫌を他人にぶつける人が苦手だ。いい大人なのだから、自分の機嫌くらいは自分で取ってほしいと思ってしまう。気晴らしのゲームに一喜一憂し、負けると荒れるマコトを思い出して私は嫌な気分になった。


「統括、鎌の具現化に成功した四人を連れて来ました。よろしくお願いします」


 カイナンさんは殊更機嫌を取ることもなく淡々とした口調で告げて統括の顔を見た。統括は、はあっと大きなため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだと思ってしまう。まるで子どものような人だ。


「…ランクAを指導官にしたら上から文句を言われるし、全く割り合わないったらないよ。だから女の研修生は嫌なんだ。あのガキはさっさと輪廻の輪に放り込んでしまったらいい。ハランでダメなら次はない…そう思うだろ、シロガネ」


 話を振られたシロガネさんは静かに言った。


「同意を求められても困るんですが、まだ本人の死体が見つからない以上、輪廻の輪に放り込むのも実質無理ですよね…」


 そうなんだ、と私は妙に心がざわざわした。ミアさんはまだ死体が見つかっていないのだと、そのときになって初めて知る。


「それだから面倒なんだよ。まったく警察はどこを調べているんだか」


「だったら夢見を使うしかないんじゃないですか…」


「とっくにやってるわ。なのに物覚えの悪いのが揃ったのか朝起きたらみんなきれいサッパリ忘れてる。これ以上は干渉のしようがない」


「なら、時間が解決するのを待つしかないじゃないですか。それか統括自らが担当したらどうです?別に規則に触れる訳でもないですし、統括好みの死神に仕立て上げればいいじゃないですか」


 シロガネさんの言葉に統括は押し黙った。シロガネさんは妙に自信たっぷりな笑顔になった。見上げるとクロさんは物言いたげな少し困ったような顔をしていた。


「それじゃ、まーちょっとはいいモン見せてくれるんでしょ?ここ最近、死神の質が下がってるからこの辺で挽回しないと、あちらさんの統括にも嫌味言われてやってられないからね」


 統括はなぜかそこで私の顔を見た。


「米国はいつでも上から目線じゃないですか。今に始まったことでもないですよ」


 クロさんが穏やかに言って私の頭を撫でた。


「じゃ、アシシから初めて」


 唐突に言われたアシシさんは、わずかに表情を動かした。けれどもすぐに自分の手を見下ろすと、そこには一振りの剣が現れた。美しいデザインでファンタジー映画の主人公が手にしていそうな西洋風のものだった。統括の表情は変わらない。


「理想が高いのはま、いいことか。んじゃ、次は…フブキ」


 フブキさんはすぐに死神の鎌を出した。と思ってよく見ると、それは登山で使うピッケルの巨大化したものだった。何故か統括はニヤリと笑う。フブキさんは嫌そうな顔をして鎌を消した。


「りょーかい。雪山で遭難した君に似合ってるわ。次は…マソホ」


 冷たい統括の目が私を見ている。気付けば私は両手に日本刀を握っていた。やはりクチナワさんの日本刀だ。慌ててイメージを変えると両手が金属質なカマキリの鎌になって統括の目の前まで伸びた。


「喧嘩売ってんの?ま、出来は悪くないな。次はヤミカ」


 ヤミカさんは巨大な鋏を出した。けれども出してすぐに分解して両手に持った。鋏のままよりは刃物として使いやすそうな形状になる。なにより美しいデザインだった。


「なるほどね…未練も刃に変えれば使えるか…」


 統括はしばらく黙って何かを書いていたが、その間に私の胸の鎌のブローチにはもう一つ光る赤い石が現れていた。ヤミカさんは青だ。見るとフブキさんの石は透明に見えた。アシシさんの石は紫だ。皆石が増えたことに気付いて、合格したことを知る。


「今年は不漁かと思ったけど、そうでもないってことなのかな。ま、君たちはとりあえず第七階級に昇格だ。おめでとう。指導官に祝ってもらうといいよ」


 その言葉にアシシさんとフブキさんがどういう訳か互いの顔を見合わせるのが分かった。それを見たカイナンさんが苦笑する。


「…アシシさんとフブキさんの指導官は…そういった祝い事には否定的な方なので…伝えても、そうか、で終わりですよ」


「だったら、シロガネ、お前がついでに祝ってやったらいいよ。そういうことだけは得意そうだし」


 統括の言い分にシロガネさんは、はぁと言って天井を見上げた。


「だけって…なんですか。前世で学んだことを幅広く活かして何が悪いんですか」


 統括は、さっさと行けと言わんばかりに手を振って私たちを追い出した。訳が分からないままに廊下に出ると、奥からやって来る人影があった。途端にクロさんやカイナンさんの緊張する気配が伝わってきた。私は途端に不安になる。クロさんは急に私を抱き上げた。シロガネさんが小声で、げっ、と言ったように聞こえた。


「何も言わずに礼だけして下さい」


 近付いてきたのはクロさんよりも全身黒尽くめで片目に黒い眼帯をした長身の男性だった。瞳の色は灰色がかった水色をしているが、とても冷たく見えた。クロさんが礼をしたので私も慌てて頭を下げる。彼はちらりと私たちを見て通り過ぎるようだった。けれどもシロガネさんの前でピタリと足を止めた。


「シロガネ…何か言うことはないのかい」


 妙に頭に残る甘い声が響く。恐いと思った。


「ハイアオさん…お久しぶりです」


「…その子が新しい子か。前のじゃじゃ馬とは大違いだね。ふぅん、君、シロガネの鎌に物足りなくなったら、私のところに来るといいよ…シロガネよりもたくさん可愛がってあげる」


 ハイアオさんと呼ばれた死神はそう言ってヤミカさんの頬をさらりと撫でた。ヤミカさんは固まる。ハイアオさんはクロさんの腕の中の私を見ると、微笑んだ。


「クロも…面白い子を連れているね。この調子だと久々に第一階級から上がる死神が出るかな?最近退屈だったから…楽しみにしているよ」


 ハイアオさんはそう言うと、横を通り過ぎて死神統括本部長の部屋の方へと歩み去った。姿が見えなくなっなってからカイナンさんがようやく口を開いた。


「いやぁ…ランクAA(ダブルエー)の死神は、おっかないですねぇ…」


 ヤミカさんは触られた方の頬をゴシゴシと擦っていた。シロガネさんがその手を止める。


「赤くなるぞ。どうにもなってない。大丈夫だ」


「大丈夫じゃない…気持ち悪い…」


 ヤミカさんはすっかり顔色が悪くなって、しゃがみ込んでしまった。シロガネさんは、ハイアオさんが消えた方を睨んだが、ヤミカさんを軽々と抱きかかえた。


「ハイアオの言ったことなんか気にするな」


「…頭の中に…話しかけてきて…私が死んだ瞬間を…覗き見して…笑われた…」


「クソっ!相変わらず悪趣味だな」


 シロガネさんは悪態をついてヤミカさんの震える細い肩をしっかりと抱きしめた。


「カイナン、二人の指導官に連絡しといてくれるか?今日の夕方六時から、俺の店で昇格のお祝いをするって。とりあえずそれまでにヤミカのことはなんとかしておく。悪いけど先に帰るわ。カイナンも良かったら来いよ。祝ってやれ」


 シロガネさんはヤミカさんを抱いたまま姿を消した。フブキさんが困ったような顔をしてカイナンさんを見る。カイナンさんは頷いた。


「大丈夫ですよ。別にお祝いをしたからと言って、そのことについてとやかく言うような人でもないですし。幸いにも私は彼の同期ですから、私が言えばどうにでもなります。それにシロガネさんの作るカクテルは美味しいですよ。あぁ…第一階級の中でもあの辺は特別区になりますから、行ったこともないですよね。私が迎えに行きます」


 カイナンさんの発言で私は特別区にいるということを初めて知った。私が思わずクロさんの顔を見たのでクロさんは眉を下げて苦笑した。


「すみません…そういえば…細かい説明もしてありませんでしたね。特別区なんて言ってますが、別に第一階級の死神の居住空間であることには変わりありませんから、特別なことは何もないんですよ」


「…そう思ってるのはクロさんだけでしょう。我々からするとやはり気軽に足を踏み入れるには躊躇しますよ。この前、特別区行きを命じられたホムラくんは最初死にそうな顔してましたからね。二回死ぬわけじゃないから行ってこいと言って背中を叩きましたけど、そこでクチナワさんに会ってしまうんですから、それはもうげっそりして帰宅してましたよ…」


 カイナンさんの言葉にアシシさんとフブキさんは不安そうな顔をした。アシシさんが口を開く。


「同じ寮にいる事故組の先輩が…あ、この言い方は寮でしか通用しないのか。俺、交通事故に巻き込まれて死んだんですけど、その先輩の同期がクチナワさんに会って死神になるのを止めて、輪廻転生の輪に入ったって言ってたんです。先輩に聞いてもクチナワさんのことは教えてくれなくて…分かってるのはランクAの人格破綻者だって噂だけです」


「その噂のみで十分だと思いますよ。ですが危うくマソホさんの魂を切り裂かれるところでしたから、私はクチナワさんの起こしたこの件については個人的には腹立たしく思っています。統括もですがクチナワさんも女性の死神には否定的です。時代錯誤もいいところだと思いますが、クチナワさんは古い時代からの死神なので、考え方を変えるのは到底無理です」 


「古い時代って…いつですか?」


 私の言葉にクロさんは微笑んだ。


「彼が亡くなったのは明治です。廃刀令を知っていますか?クチナワさんのあの刀は時代の流れの象徴とも言える…ですから、マソホさんはあの刀はクチナワさんの前では出さない方が安全でしょう。彼の怒りに火をつけてしまう可能性があります。日本刀を所有する死神を目の敵にする傾向が強いのもそのためです。人格破綻者と言われますが、彼には彼なりのポリシーがある。刀に対する思い入れの強さが違うので現代の若者に軽々しくアイテムとして使われたくないと思う気持ちも分からなくはないです。だからと言って私は彼の考え方を認めはしますが、共感はしません」


「すみません…私も軽率な発言をしました…」


 カイナンさんが謝罪する。けれどもクロさんは微笑んだ。


「私も彼のことは死神としての倫理観が欠如しているとは思っていますよ?治療中のマソホさんの両腕を斬り落とそうとしたんですから、どうかしてるとしか言いようがありません」


 クロさんの言葉にカイナンさんのみならずフブキさんもアシシさんもゾッとした顔をした。フブキさんは腕をさする。


「お話を聞いていたら…クチナワさんの鎌は…当然ながら…日本刀なんですよね?」


「えぇ。私が割って入りましたが、そのときにマソホさんもヤミカさんも無意識に鎌を作り出していましたから、斬ろうと思っても斬れなかったとは思いますが…それでもゾッとしましたね」


 クロさんは片手で私を抱き上げたまま、反対の手で私の腕をさすった。いつの間にか立っていた鳥肌がクロさんの手で治まる。アシシさんも想像したのか自分の手をじっと見下ろしていた。当たり前だけれど、帯刀していた時代を私たちは知らない。


「本当に…大変でしたね、マソホさん」


 カイナンさんが言うので、私はどう答えたものか困ってしまった。


「今はもう大丈夫ですから」


 私は笑って見せたけれど、クチナワさんが怖いと思ったのは本当だったので、大丈夫なのかどうかは甚だ怪しかった。

 

「それでは、六時にまた会いましょう」


 クロさんがそう言って、三人と別れる。よく見ると、少し離れたクロさんの家のある辺りのとても高いところに標識のようなものが突き出していて第一階級特別区と書かれていた。歩いていてもこれでは近場だと気付けなくて当然だと私は思ったけれども、他の誰かから指摘されることで、初めて得る視点があるのも事実だと思った。私は死んでからずっとどこかぼんやりしていて景色もよく見えていなかった。少しずつ、曖昧だったものがはっきりと映るようになってきた、そんな気がした。

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