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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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テーブルを囲む

 その瞬間、時間が止まったかのように見えた。私は自分が刺殺された瞬間の衝撃を思い出し、訳の分からないまま慌てて両手を伸ばしていた。ヤミカさんのお腹に刺さったと思われたミアさんの武器は、けれども実際には到達してはおらず、奇妙な形に伸びた私の銀色の手がそれを弾き返していた。


「キャア!!」


 ミアさんは衝撃で数メートル跳ね飛ばされて転がる。


「…異形化…じゃない…両腕を鎌にしたのか…?」


 シロガネさんが私を見て目を見開く。けれどもそれは一瞬のことで、シロガネさんはすぐに我に返ると大股にミアさんに歩み寄り手の中で折れた包丁の残りを消し去った。ミアさんを見下ろしたシロガネさんはいつになく厳しい顔をしていた。


「お前、何をやろうとしたのか分かってるのか?死んだら何をやってもいいってもんじゃないんだ」


 ミアさんは呆然としたまま座り込んでいたが、ヤミカさんの後ろから銀の金属質な両手をまるでカマキリのように突き出している私と目が合うと、後退りしてそのまま逃げ出そうとした。その背後に回り込んだクロさんが首を横に振る。カイナンさんもすぐに来て、ミアさんに告げた。


「…今、君の指導官にも連絡しました。君は規則を破った。研修生はまだ魂の状態が不安定ですから、時に事故が発生することはあります。ですが、あなたは明確な悪意を持って相手を傷付けようとした。罰則の対象になりますから、今すぐこちらに来てください。本日の講義は以上となります。何とも後味の悪い終わり方になってしまい、申し訳ありませんが、私はこの子を連れて行きます。皆さんはくれぐれも他人に己の鎌を向けてはなりません。鎌を使用する相手については午後の講義内容になります」


 カイナンさんはそう言って、クロさんとシロガネさんに向かって丁寧に頭を下げた。


「お騒がせしてしまい申し訳ありません」


「いや、ヤミカも怪我した訳じゃないし、マソホちゃんも大丈夫だから、後はこっちでうまいことやっとくよ」


 私はクロさんに肩を叩かれてようやくイメージを解いた。咄嗟に先ほどまで見ていたテキストの刃物を全て集めて腕にしてしまったが、手っ取り早くバリケードか盾のようなものをイメージすべきだったと後になってから気付いた。とりあえず使えて良かったのだけど。元の小さな手に戻すことができて私はホッとした。それでもシロガネさんは言い足りなかったのか、再び口を開いた。


「刃物で誰かをぶっ刺したこともなければ刺されたこともないガキがいっちょ前に誰かを刺そうなんておこがましいんだよ。マソホちゃんは刃物の怖さも痛みも全部知ってる。経験として身体で知ってる者の力の方がこの場合は強いんだ。だからお粗末な出来の刃物なんか跳ね返した」


 ミアさんは無言のままシロガネさんを睨んだが、カイナンさんに連れられて去って行った。奇しくも私は滅多刺しにされた経験がこんなところで活かされて刃物の硬さとその恐ろしさを理解した上でイメージできたことが功を奏したようだった。確かにミアさんの包丁は弱かった。料理でも使ったことがないのではないかとすら思った。


「さて、一度帰って飯でも食うか」


 シロガネさんが言ったのと、ペコくんが静かに倒れるのはほぼ同時だった。シロガネさんは抜群の反射神経を発揮してペコくんを抱き留めた。


「おい、ペコ!しっかりしろ!」


 ペコくんは一瞬気を失っていたようだったが、ようやく目を開けた。


「…すみません…」


「…ちょっと今日の講義の刺激が強過ぎたかな?」


 シロガネさんはどこかに電話をする。程なくしてぽっちゃりした男性が息を切らしながら駆け込んで来るのが見えた。


「ペコくん、ほら、帰るよ。お騒がせしてすみません。ちょうど昼時なんで…お騒がせしたついでに、みなさんもどうですか?」


 よく分からなくて顔を見合わせた私とヤミカさんにクロさんが微笑んだ。


「ヤミハラさんは、中華屋さんなんですよ。ペコくんの指導官で、他にも何名か担当してます」


「中華屋さん…」


「ヤミハラの中華は上手いぞ。よし食いに行くか」


 ふくよかなヤミハラさんの背中に背負われたペコくんは一層小さく見えた。少し恥ずかしそうな顔をしていたが、どこか安心しているようにも見えて私はホッとする。大人の歩くスピードについて行こうとしていた私をクロさんが抱き上げた。


「すみません、早かったですね。これで大丈夫でしょう」


 クロさんが微笑むので私は大人しく抱っこされてヤミハラさんのお店に到着した。外観はシンプルな黄色い(ひさし)に赤い文字で中華と書かれている。中に入ると細身の女性がいて、私たちを見るととても驚いたような顔をした。


「あんた、第一階級の方も連れて来るなら先に言って下さいよ。何か大ごとになったかと思うじゃないですか」


「驚かせて悪いね。ササメ」


「シロガネさん、クロさんお久しぶりです。どうぞお好きな席へ」


 店内には他にも二人の少年と少女がいて隅のテーブルで食事をしていたが、私と目が合うと慌てて逸らして食べ始めた。二人とも痩せている。ヤミハラさんの背中から降りたペコくんも同じ席に座る。ペコくんの前に料理を出したササメさんは、その足で私たちのところに注文を取りに来た。


「俺はラーメンにするわ。ヤミカは?」


「私はエビチリ定食にします」


「…子どもでも食べられるメニューはありますか?」


 クロさんが尋ねて私の方を見る。


「メニューにはないですが、ペコたちと同じものなら出せますよ。甘口の麻婆豆腐と卵とコーンのスープ、野菜サラダとデザートには杏仁豆腐がついてます」


「では、それでお願いします」


 私が言うと、クロさんは微笑んだ。


「私は、炒飯とラーメンの小でお願いします」


 注文を終えてぼんやりと窓の外を見ていると、以前ミアさんと話していた赤い髪の青年が店に入ってきた。


「いらっしゃい、アシシ」


「こんにちは…あ…俺…入っても大丈夫ですか?」


 私たちを見てアシシさんと呼ばれた青年は困ったような顔をした。


「今日はちょっと珍しい顔ぶれが増えてるけど、気にしないで食べていきなさい、いつものにするのかい?」


「はい」


「ラーメン大盛り、一人前!」


 ササメさんが言って、アシシさんはカウンター席に向かったところでこちらを振り返って頭を下げた。


「あの…ミアが本当に申し訳ありません…」


「なんで君が謝るの?別に君は関係ないでしょ?」


「それでも…ミアをあんな風にした責任は…少しは俺にもあると思うので…芸能人だからってチヤホヤして甘やかして…」


「ま、別に謝るのは構わないが、問題はミアがいつまでヤミカやマソホちゃんに絡んで来るのかっていうね」


「私ってよりはシロガネさんが絡まれてるんだと思いますけど?私はついでなんだと思います。指導官がシロガネさんだから」


 ヤミカさんが淡々と告げると、シロガネさんは嫌そうな顔をしてヤミカさんの頭を撫でた。


「あーうん。それは悪かったと思ってるよ。ヤミカはいい女だしな…」


「…そういう発言をサラッとするところもですよ」


「今はオフだからな。昼休みは指導官じゃない」


「えっ…?そうなんですか?」


 思わず声を上げてしまった私を見てクロさんが笑った。


「そんなに驚くことですか?昼休みは休憩時間なので厳密には指導官でも指導官にあらず…とはいえ、あなたもヤミカさんも繋がれた状態ですから、これはオフでありオンでもある非常に曖昧な状態かもしれませんね…」


「難しい話はいいよ、俺の中では昼くらいはオフにしろって話だ。クロさんも思う存分親子プレイしてりゃいいんだよ」


「シロガネさん…その言い方はなんか嫌です…」


 私が小声で言うとシロガネさんはごめんごめんと言って笑った。やがて私のお子さま用のランチとエビチリ定食が運ばれてくる。すぐにシロガネさんとクロさんの分も運ばれて私たちは食べ始めることにした。シロガネさんはアシシさんに言った。


「まーだから君は気にしなくていいよ。ところでさ、なんでアシシなのか聞いてもいいか?」


 アシシさんは急に恥ずかしそうな顔をした。


「俺…いい名前が思いつかなくてそのままカタカナで名前を書いたんです。アツシって書いたつもりだったんですけど…字が汚くてアシシで登録されたっていう…しょうもない理由です…」


「いや、教えてくれてありがとう」


 シロガネさんは笑うとラーメンを食べ始めた。やがてアシシさんのラーメンも運ばれてくる。物凄い大盛りだった。私は呆気に取られてアシシさんの大盛りラーメンを見つめる。


「マソホさん、多くて食べれなければ残して構いませんからね」


 クロさんに言われたことで私は残さずに食べようと頑張ったけれど、半分を食べ終わったところでお腹がいっぱいになってしまった。隅のテーブルではペコくんもまだ食べている。他の子どもたちも食べ終わる気配がなかった。もう一口、もう一口。けれども限界だった。食べても減らない気がした。


「クロさん…」


 私は多分情けない顔をしていたのだと思う。クロさんは私の頭を優しく撫でると言った。


「デザートは食べられそうですか?」


 私は頷く。クロさんは私の残した麻婆豆腐を食べ始めた。私は何故かどきりとする。私の残したものをクロさんが食べるということに後ろめたさを感じた。


「マソホさん、デザートを食べましょう。ここの杏仁豆腐は美味しいですよ」


 つるんとした杏仁豆腐はあっさりしていたがどこか濃厚でもあってとても美味しかった。気付けば私は無心になって杏仁豆腐を食べていた。


「可愛いよねぇ…クロさん、相談なんだけどさ、明日もマソホちゃんが小さな女の子のままだったら、指導官交代しない?俺も親子ごっこしたい」


「…嫌です。シロガネさんと交代したらマソホさんに悪いイタズラをしそうですから」


 クロさんがきっぱりと断ったことに私は驚いた。それはシロガネさんも同じだったようで、意外そうな顔をする。ヤミカさんが呆れたようにシロガネさんをちらりと見た。


「ちえっ、養成講座サボって遊園地にでも連れて行こうかと思ったのに」


 シロガネさんはそう言ってつまらなさそうに水を飲む。そうして不意にペコくんのいるテーブルの方を振り返った。


「ペコ、どこまで食えた?そろそろギブ?」


 どういう意味なのかと思いながら私はシロガネさんの問いかけの意味を考える。


「…ギブです…」


「よこしな。俺が食うから」


 シロガネさんは立ち上がって子どもたちの座る席に歩み寄ると近くの椅子を引き寄せて座った。ペコくんから皿を受け取ってシロガネさんはあっという間にそれを完食する。向かいの少年少女の残りもシロガネさんはペロリと平らげた。子どもたちはどこかホッとした様子で杏仁豆腐を食べ始めた。こちらに戻ってきたシロガネさんは、私の顔を見ると不意に手を伸ばして頭を撫でた。


「ここのお子さま用のランチのメインは絶対に食べきることが出来ないんだ。必ず残る。食べ切れるのは死神だけだ。飢えて亡くなった子が食べ足りないって気持ちを感じないように出来ているんだ。だから表のメニューにはない」


 そう言われて私はペコくんの死因を思い出した。餓死…。ここにいる子どもたちは一様に痩せている。私も標準よりは軽い方だと思うけれど、ここの子どもたちの痩せ方はもっと顕著だった。


「ヤミハラも昔はガリガリだったんだよ。死神になってから一気に太ったけどな。こっちのエリアはどっちかというと食べ物絡みで亡くなった研修生が多く住んでるんだ。別に誰が利用しても構わないが、なんとなく管轄の死神どうし遠慮するってのかな…めんどくさいよね。そういうの」


 私はどおりで自分たちの住む場所に他の人の気配がないのだとようやくそこで理解した。被呪殺者は稀な存在だ。ほぼいないに等しい。


「棲み分けはある程度は重要だとは思いますよ?それでざっくりと死神のランクも分けられる…お隣にランクAの死神が住んでいたら嫌でしょう?」


 クロさんの言葉にシロガネさんはものすごく嫌そうな顔をした。クロさんは微笑む。


「私だって遠慮したいですよ。せいぜい我々が足を踏み入れてもいいのは第三階級の死神の管轄までですね。それ以下には近付かない方が無難です。何か事件があったかと周りが勘違いして平和を乱してしまいますからね…」


「本来なら研修生は本当はどこに行っても自由なんだけど、ヤミカたちは繋いであるから、その分不自由なんだよ…悪いな」


 シロガネさんがヤミカさんに言うとヤミカさんは事もなげに言った。


「平気ですよ。元々あちこち自由に行き来していたなら不便を感じる余裕もあったと思うけれど、最初から私は喫茶店に運び込まれて始まったから…そんなもんなんだと思ってた…マソホもでしょ?」


 私も言われてみて不便など感じたことはなかったと思った。せいぜい感じるのは縮んだ今の状況くらいだ。珈琲が飲めない。


「私も、これが不便って思ったことはなかったから大丈夫です…」


 シロガネさんは水を飲み干して、ふうと息を吐いた。


「前前から思ってたんだけどさ、ヤミカもマソホちゃんも、若いのに欲がないよね。俺がそのくらいの歳の転は欲しかなかったけどね」


 私とヤミカさんは思わず目が合ってしまった。ヤミカさんも水を一口飲んで言った。


「シロガネさんは今だって欲しかないんじゃないですか?鎌を没収されてるのをいいことに、際どい発言を繰り返してるじゃないですか」


「あ、バレた?いいのいいの。その分クロさんが真面目だから足して割ったらちょうど良くなるから」


 シロガネさんは楽しそうに笑う。


「足して割れるようなものじゃないでしょ…」


 ヤミカさんのつぶやきに私は思わず笑ってしまった。それでもヤミカさんは嫌そうではなく、この会話を少し楽しんでいる雰囲気すら感じられた。

 四人でテーブルを囲んで気軽に中華を楽しんだこの日の出来事は私にとっては安心できる大切な記憶の一つとなった。この平和がずっと続くものだと思い込んでいた訳ではないけれど、後に何度も私はこの光景を思い出すことになる。そうして今になって思い出してみると、奇しくもその日の午後の講座は死神が鎌を向けるべき相手に対する内容だった。

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