死神の鎌
死神養成講座を受講するためにクロさんと歩いていると、やっぱり周りの人にじろじろと見られた。シロガネさんも堂々とヤミカさんの手を握っている。被呪殺者だよ、という囁き声が時折聞こえた。胸元のバッジで区別されるのか建物に入ると進むべき方向の足元に矢印が表示された。自分一人では迷いそうな建物内を進んでようやく目的の部屋にたどり着く。入り口に立っていた人物がクロさんとシロガネさんの姿を見て、聞き間違いでないならゲッと小さな声を上げた。
「いやー本当に来ちゃったんですか?現役のお偉い死神の前で講釈を垂れるほど、こっ恥ずかしいことはないんですけど…公開処刑じゃないですか」
見た目は二人よりも年上に見えるその男性は本当に心底嫌そうな顔をしていた。そうして私とヤミカさんとを交互に見て、大きなため息をついた。
「悪い虫がつきそうで心配なのは分かりますけどね…杓子定規に決まりを守ってここまで来る死神も稀ですよ」
「二人は昨日、異形化して治癒したばかりなんでね。念の為だ。マソホちゃんに至っては縮んでしまったし…俺はやっぱり昨日クチナワに会ったのが良くなかったんじゃないかなと思うね」
「えっ!?あのランクAの人格破綻者に会ったんですか?うわぁ、それは災難でしたね。死神になってから会ってもメンタルやられてしばらく再起不能になるのに、研修生になったばかりで会ってその程度で済んでいるならむしろ優秀ですよ。下手したら一気に異形化して指導官もろとも消え失せてる。それでランクAAの死神を二人も消されたんですから、さすがに統括も根に持ってますよね…一生AAになれないんじゃないんですか?」
異形化して指導官もろとも消え失せる、その言葉に私はギクリとした。今一番私が恐れていることだ。私の震えが伝わったのかクロさんが微笑んで私の顔を見た。
「大丈夫ですよ。マソホさん、怖がらないで下さい。昨日あなたはちゃんと元に戻れたじゃありませんか。だからもっと自信を持って!」
「見ての通り、クロさんはこんな風に娘の保護者状態になっちゃってるし、俺もヤミカといい感じになってるから、何を言っても君が垂れ流す講釈を今日は聞いていくからね。せいぜい頑張って」
シロガネさんは無責任にそう言って部屋に入る。手近な端の席に座ったシロガネさんの横にヤミカさんは座る。その隣に私が座ると隣にクロさんが座って両サイドを現役の死神に挟まれる状態になった。前にも見かけた赤い髪の青年が入ってきて、驚いた顔付きになる。大概入ってきた研修生が同じ顔をして、中には部屋を間違えたとでも思ったのか、慌てて出て行き再び恐る恐る戻ってきた者もいた。
「ウケるー!でさーミアがねー」
甲高い甘ったるい話し声が近付いてきた。ミアさんだとすぐに分かる。隣には知らない若い男性が歩きながら話を聞いていた。ミアさんは突然ピタリと話すのを止めて、通路を挟んで背を向けているシロガネさんの横の席に座った。
「あれー?ミアにクビにされたおじさんじゃん」
けれども振り返ったシロガネさんの顔を見たミアさんはぽかんとした。シロガネさんはいつもの喫茶店のマスターの格好はしていたが、年齢は元々の若い男性の方に戻していた。
「あぁミアか。その空っぽの頭ん中に、少しは死神の知識は入ったのか?」
「なっ…なんで、おじさんじゃなくなってる訳!?」
ミアさんが怒ったように叫び声を上げたので、数人がこちらを振り返った。
「おじさんでいる必要がなくなったからかなー」
「意味分かんない!!」
「具体的に言わないと理解できないの?察してよ。ホンモノの美人を前にしたら、枯れたおじさんだとできないことも色々としたくなったからに決まってるでしょ」
「シロガネさん…最低な発言ですね」
隣からヤミカさんが冷たい口調で言い放つ。シロガネさんはヤミカさんの頭を撫でると笑った。
「ヤミカも素直じゃないよねー俺の腕がないと夜も眠れないのにさ。もっと素直に甘えていいんだよ?」
「おや…机が高いですねぇ…マソホさん、私の膝の上に座りましょうか」
その横で、あえてなのか空気を読まないクロさんがおっとりと笑って、机が高過ぎて鼻の先にきていた私をひょいと持ち上げて自分の膝の上に乗せた。持ち上げられた瞬間にミアさんと目が合う。ミアさんは目を丸くして口をあんぐりと開けた。
「これでちょうど良くなりましたね…」
「なんだ?ミアも親子プレイしたいの?別にマソホちゃんだって好き好んで縮んだ訳じゃないからねー。昨日ランクAとやり合った影響もあると思うよ。ヤミカは啖呵切っていきなり鎌を具現化しちゃうから正直惚れたよね。マソホちゃんも布団の中で何気に鎌出して攻撃準備してるしさ…んー?今日って死神の鎌の話なんだ…二人はもうクリアしてるよね」
シロガネさんはテキストの他に入り口にあったプリントをチラ見しながら言った。ミアさんが何か言い返したいという顔付きで口を開きかけたところに、慌てて駆け込んできたのはペコくんだった。
「はぁー間に合ったぁ…」
ペコくんは肩で息をしながらシロガネさんの前の席に座るとそのまま机に突っ伏した。
「ペコも朝から慌ただしいねぇ」
後ろから聞こえたシロガネさんの声にペコくんは顔を上げて振り返る。
「今日は真面目に繋いでここにいるんですね。何か…あったんですか?」
ペコくんは言いながら、クロさんの膝の上にいる私を見て、わずかに驚いた顔をした。
「わ!美人のお姉さんって、当たり前ですけど、小さい頃の姿も美人なんですね…」
「そりゃあね。ほら、始まるぞ」
壇上に先ほど入り口で話した男性が上がると話し始めた。
「本日の講義を担当します、第二階級の死神のカイナンです。後ろに第一階級の高名な死神が二人もいらっしゃるので、私の答えられない質問に関してはお二人に丸投げさせていただきます。主に今日は皆さんにそれぞれ自身の持つ鎌をイメージしてもらう時間が多くなると思います。まずは死神の鎌についての補足をしておきます…」
カイナンさんは話し始める。テキストの内容をうまくまとめて分かりやすい説明だと思った。それにしてもクロさんとシロガネさんのことを「高名な死神」と言ったことの方が気になっていた。ミアさんはやる気がなさそうにだらりと椅子に沈んでいた。
「…研修生の中には刃物で命を失った方もいると思います。参考用に配布した資料の他にもこちらに幾つか参考文献がありますが、それを見て気分が悪くなるようでしたら無理はしないで中断して下さい。それに鎌は必ずしも刃物の形を取るとは限りません。アドバイスするとすれば…自分に見合ったものを選んだ方が使いやすいです」
そっとクロさんが、私の頭を撫でてくれた。私は恐る恐る資料をめくる。刃物がずらりと並んでいたが、恐いというよりは美しいものもあった。
「まずは資料のものを真似してみるのも良いでしょう。頭の中で思い描いたものをつかみ取って取り出してみて下さい。日常的に使っていたものを取り出す感覚と同じです。それでは少し空間を広げます。隣の人とは距離を取ること。具現化したもので傷付くことはありませんが、研修生の皆さんにはまだ慣れない感覚だと思いますので、人によっては怪我をしたと錯覚して血が流れる場合もあります」
空間が広がりヤミカさんと離れたところで二人の間に透明なガラスのようなものが現れた。具現化したものの大きさによって隣の研修生に当たってしまうことを防ぐためだろう。私はクロさんの膝から降りると最初に見た日本刀をイメージしてみた。そのつもりだったのだが、取り出してみたらテキストに書かれた刀ではなく、昨日間近で見たクチナワさんの持っていた日本刀とそっくりなものを両手に握っていた。
「マソホちゃん…それ、クチナワのやつのコピーじゃん。完ぺき。しかも二本って。昨日も両手に持ってたもんな」
シロガネさんがニヤリと笑う。横ではヤミカさんが、いかにも死神の鎌といった形の鎌を呼び出していた。クロさんのものよりはデザイン性が重視されているのはヤミカさんの性格によるものなのだろう。
「早いですねぇ…もう出してしまいましたか。私の教えることが半分以上なくなってしまいましたよ。二人とも優秀なんですね…」
こちらを見てカイナンさんが苦笑する。
「違います…ランクAの変な死神にうざ絡みされたせいで、たまたま二人とも出せるようになっただけです。今まで感じたこともない殺意が沸きましたから」
ヤミカさんが無表情で告げたのでカイナンさんは思わず目を見張ったがその直後に吹き出した。ヤミカさんに言われてようやく私もあのときは無意識のうちに攻撃しようとしていたのだと思い至る。ヤミカさんの前ではペコくんが、小さなナイフを出していた。ナイフは徐々に伸びて包丁くらいになる。私も両手の日本刀を消して鎌を想像した。クロさんの鎌に似た鎌が出てきた。重いと感じて私にはこれではない、という気がした。
「ちょっ…なんなのっ!」
イラついた叫び声がした方を見るとミアさんが、手に子どもの頃にアニメで見た魔法少女が持っていそうなキラキラしたステッキを持っていた。上にハートがついて虹色に光っている。
「ちょっと!こっち見ないでよ!!」
ミアさんが叫ぶので余計に気になって振り返ってしまう人もいた。私はじろじろ見るのも悪いと思ってテキストに目を落とす。私に合っているものは何だろうと考えながら無意識に手に握っていたものは、またサバイバルナイフだった。私は思わずクロさんを見上げて、多分情けない表情をしたのだろう。クロさんが頭を撫でてくれた。
「その姿でサバイバルナイフというのも、なかなか現実離れした光景ですね…抵抗はありませんか?」
「意外と…大丈夫なのかな?自分でも…なぜこれが出ちゃうのか…よく…分からないんです…」
クロさんは何かを考える素振りをしたが、サバイバルナイフに手をかざした。武骨なデザインが洗練されたものに変わる。
「…綺麗です…」
「そろそろ時間なので今日はこの辺で終わりにしましょう。皆は刃物をしまって下さい。出来ましたか?それでは壁を外しますよ?」
カイナンさんが辺りを見回して言った。私も手の中のサバイバルナイフを消し去る。周りを見て、ペコくんがうまくナイフを消せずに困っているのに気付いたシロガネさんが、手助けしようとそちらに近付くのが見えた。次の瞬間にミアさんが消したはずの手に再び何かを握るのが見えた。
「危ない!」
私が叫ぶのと、ミアさんがヤミカさんに向かって走り込むのは同時だった。




