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意志を繋ぐ者



――ここまでが、エラディアの記憶。


なんて鮮烈な生き様なんだろう。

美しく、高潔で……けれど、紛れもない悪女。

本人は認めてこそいなかったけれど、彼女の退廃的な振る舞いは、多くの人を狂わせた。


妖しく咲き誇った魔性の華は、一度踏みつけられ、泥に塗れた。

それでもまだ……折れてはいない。枯れてもいない。

それは、彼女の強さだ。


堕ちてもなお、美しく君臨している。



()は――彼女の、何なのだろう?

彼女から分かれた意識の残滓? それとも、全く別の存在?


今、私はエラディアの中(・・・・・・・)にいる。

だけど先ほどまでの彼女とは、別の意識。


本来のエラディアは、自身を呑み込むほどの怒りで……恐らく、限界を超えてしまったのだと思う。

耐え難い感情が溢れて、許容量を超えてしまったような感じだろうか。

なんとなく、憤死のようなものに近い気がしている。

あれほどの経験をすれば、それも仕方のないことかもしれない。


私は、これまでのエラディアの記憶を観た。

そして自身の過去の記憶も、朧気ながら覚えている。


――前世の、異世界の、記憶。

恐らく、私は俗に言う『異世界転生』というものをしたのだと思う。


けれど私は、自分がどうしてここ(・・)にいるのかわからない。

でも、少なくとも……私と彼女が別の意識、別の人格だということはわかる。


転生前の記憶は、はじめからエラディアの中にあったのだろうか?

それがエラディアの危機に対して、自己防衛本能のような形で、前世の記憶を持つ別人格()が目覚めた……とか?

『確実にそう』と言い切れるほどではないにしろ、頭に浮かんだ中ではそこそこ納得できなくもない説ではある。


真相はどうあれ、私も彼女も、答えを知っているわけじゃないのは確かだ。



これまでのエラディアの人生は波瀾万丈だったけれど――前世の記憶も、まぁ酷いものだ。


日本人、どこにでもいるアラサーOL。過労でヘロヘロの中、トラックにはねられて多分死亡。

転生といえば……な状況とはいえ、これまた受け入れ難い。

異世界転生の弊害というものなのか、かつての名前や家族構成といった個人的なことは思い出せない。

なんとなく、記憶喪失の症状が浮かんだ。個人的な記憶と、生活に必要な記憶は別物……というやつ。

それでも最期は憶えているのだから、余程深く刻みつけられたのだろう。

……うん、全然嬉しくないな。それがなければ、元の世界に還ろうと足掻いたかもしれないのに。



そんなことを考え、私はようやく周囲へと意識を向けた。

()は、濃紫と深紅が混じり合う、不思議な空間にいた。


向こう側にぼんやりと浮かぶのは、魔術的な紋様だろう。恐らくはエラディアに施された、魔力封じによる左胸の刻印と同じものだ。

中央には複雑な記号が配され、その周囲を難解な数式や古代語のようなものが取り巻いている。



――大きく存在感のある紋様の更に向こう側から、音とも声ともつかない何かが訴えかけてくる。


恐らく、この封印が邪魔なのだろう。

揺蕩い渦を巻く濃紫と深紅は、魔力の源流なのか。

伝わってくるのは、解放を望む意思。



けれど私の意識はそれを無視して、別の方へと移る。

微かな気配へと、引き寄せられたのだ。


淡い輝きを放つ紋様の片隅、その手前側に、傷に霞む光の欠片のようなものが落ちていた。

それ(・・)は、渦に溶けて消えてしまうのではないかと思うほど、薄れて透けている。


――あぁ、貴女が本来のエラディアなのね。


儚く揺れる小さなそれに近づき、安心させるように寄り添う。

気付けば飛んでなくなってしまいそうな燃え滓のようなのに、それでもまだ消えまいと、埋火のような小さくも確かな熱と光を放っている。


抱きしめたいのに、今の私には腕も手もないのだ。

どうか消えないでほしいと、包み込むように渦から離す。


口もないけれど、それでも私は必死に彼女へ語り掛けた。



……ねぇ、エラディア。

貴女、こんなに傷ついて、別の人格が出てきちゃうくらいに擦り切れているのに、それでも誰にも縋ったりしなかったのね。


奔放で、傲慢で、享楽的で、退廃的で――周囲を翻弄するくせに、誰のことも愛さない、魔性の女。

『悪女』の名をほしいままにしてきた貴女だけど……本当は、誰よりも気高くて、誇り高い。

一人でも立っていられるくらい強いから、痛みまで抱え続けた。


こんなところで終わるなんて、消えちゃうなんて……絶対に、ダメだよ。


私ね、転生前の記憶を持っているの。

こことは違う世界で、毎日ただ働いて、疲れ切って……そして事故で、呆気なく終わった。

そんな結末、味気ないにも程がある。きっと、後悔だってたくさんあった。

だから今度は、そうならないように生きたい。


貴女は、どんなに汚されても、踏みにじられても――諦めたくないと、屈したくないと、足掻き続けた。それでも生きようとした。

それって、本当に凄いことなんだよ。


これまでの貴女は、たくさんの人に囲まれてはいたけれど……きっと、ずっと孤独だった。こういう場合は、孤高って言うのかな。

貶められても、一人では到底抱えきれない苦痛まで耐えてきた。


でも、もう大丈夫だよ。

ここからは、私も一緒にいるから。

貴女は、少し休んでいて。

背負わされたものは、私が引き受けるよ。


『罪人』だって、『悪女』だって構わない。

無理に変わる必要なんて、一つもない。

これまで通り、やりたいことをやって、ただ望むままに生きていこう。


でも次は負けないように、協力してくれる人を集めよう。一人より、二人より……もっと。

もう誰にも、咎めさせたりなんてしない。


だから――今度は、一緒に生きよう。


貴女が出てこられるようになるまで、私が繋いでみせる。

エラディアらしく生きられるようにしてみせる。


このまま終わるなんて、つまらない……でしょ?

だから――今度は、一緒に楽しもう。


貴女がまた、心から笑えるように。

貴女が貴女のままで、尊重されるように。

私たちの人生は、まだこれからなんだから。



私の声にならない語り掛けに、彼女の輝きが、ほんのわずかに増した。

これからしようとしていることを応援されているように感じて、嬉しい気持ちが広がっていく。



紋様の向こう側から、変わらず何かが訴えかけてくる。

そこには批判的な気配も滲んでいた。


けれど――私の意思もまた、揺るがない。


どれほど魔力があろうとも、彼女の傷を癒すことはできない。

掬い上げるには、別の方法でなければならない。



彼女が、元の輝きを取り戻すように。

そして私たちが、一つに戻れるように。


そんな願いを胸に、私のエラディアとしての人生が始まったのだった。



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