表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

悪女の断罪

魅了タイプの悪女が書きたい→エロカッコいい主人公がいい→乙女ゲーで攻略キャラを全員篭絡して逆ハー的なストーリーならいける? ……みたいな流れで書き始めたお話になります。

そのため、主人公には貞操観念などがほぼなく、篭絡相手に恋愛感情が伴うこともありません。ちゃんと悪女です。

ドロドロさせる予定はありませんが、結婚後も夫以外の登場人物数名と関係を持つ展開が含まれます。

また、構図としては一般的な逆ハー(1:多)というより、それぞれ個別に関係を築いていく(1:1が複数)イメージになります。

気になる方は、キーワードなどもご確認いただいた上でお進みくださいませ。

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ございません。

※全て創作の世界観のお話です。



その日は、憎らしいくらいの晴天だった。

高い城壁の上に広がる青空は澄み渡り、周囲に満ちる憎悪とはまるで別世界のように感じられる。


王宮の一角に設けられたのは、私――エラディア・ヴェルミリオンを裁くためだけに用意された舞台だった。

広々とした空間の中央では手枷を繋ぐための杭がその存在を主張し、周囲をぐるりと鎧を纏った王宮騎士が取り囲む。

列席を許された関係者や高位貴族に混じり、純白のローブに身を包んだ教会関係者までもが居並んでいる。

彼らは一様に、こちらへ険しい視線を投げかけているけれど……それが一体、何だというのかしら?


見上げた壇上には、やけに誇らしげに儀式用の剣を振りかざす王太子セレヴィオ・グランツの姿があった。

王族特有の金髪碧眼に、目を惹く端正な容姿。正義感と秩序を重んじる、型通りで面白みのない王位継承者。

その隣には、王太子との結婚を控えたアリエレット・フィローザ侯爵令嬢が楚々として侍っている。

淡い亜麻色の髪をなびかせた彼女は、勝ち誇るでもなくただ淡い微笑を口元に浮かべ、透き通った薄緑の瞳を細めている。その姿はまるで、感情の感じられない人形のようだった。


この二人が、私をこのような場に引きずり出した張本人。

とんだ道化のくせに、正義の仮面を被り衆目からの憧憬を集めている。


――あぁ、なんて滑稽なのかしら。


周囲の熱気に押されるように、セレヴィオは堂々と胸を張り歩み出た。



「悪女エラディアは、ヴェルミリオン公爵家の令嬢として高貴なる責務を担うべき立場にありながら、己の欲と快楽に溺れ、多くの者を惑わせ、翻弄し、癒えぬ傷を負わせた。その振る舞いは幾度となく王都の風紀を乱し、秩序を脅かしてきたが――もはや、罪の一切を看過することはできない。よって本日、その報いとして、鞭打ちおよび魔力の封印を執行する。王都の秩序と未来のために、この悪女へ断罪をもって正義を成すのだ!」



黄金色の髪をわずかに揺らしながら、あの男は相も変わらぬ王太子然とした態度で私を見下ろし、朗々と口上を響かせる。

その姿に、周囲は熱に浮かされたように沸き立った。


厳かな雰囲気は一瞬にして霧散し、衆目は私へ向けて「悪女」だの「犯罪者」だのと口々に罵声を浴びせ掛ける。

……どうやら、王都の民衆も集まっているらしい。高い城壁の向こう側からも、くぐもった怒声が風に乗って押し寄せてくる。


――私が彼らに、一体何をしたというの?


随分と、あちらに都合の良い言い分ばかり。

いきり立って正義を振りかざして……どれだけおめでたいのかしら。


彼らは私の訴えには聞く耳も持たず、大層な罪状をいくつも並べ立てた。

――私は、ただ私の望むままに生きてきただけだというのに。


罪状は背徳行為の助長に始まり、犯罪教唆に禁制品の密輸、人身売買への関与。そして極めつけは、強大な魔力を用いた殺人未遂――などという、到底許容しえない、悪い冗談のような内容だった。


……なるほど。

彼らはこれらを全て真実だと信じて疑わないから、私を大犯罪者のように扱うのね。


理解に諦めが混じるけれど、納得できないことに変わりはない。



チラリと辺りへ視線をやっても、父であるヴェルミリオン公爵の姿は見当たらなかった。

少なくともここから見える限り、壇上の付近や上位貴族に混じっている様子はない。


――あの人は、私を見捨てた。

セレヴィオたちが積み上げた虚構の罪状を前にして、一人娘を庇うよりも、最終的に家門を守るため沈黙を選んだのだ。

そのせいで私は勝ち目のない裁判に、公爵家の令嬢を傲慢で性悪な犯罪者だと断じるような連中に、一人きりで立ち向かう他なかった。……だからこの理不尽な敗北も、当然の結果といえるだろう。


もし……あの人が、この場にいなかったとしても。

それでも、せめてこの光景を、一番目に焼き付けるべきなのはあの人だ。

そんな昏い憤りが、胸を炙る。



いよいよ悪女へ、罰を与えようというのだろう。

手枷に繋がれた鎖を力づくでぐいと引かれ、大きく上半身が浮き上がり、足はたたらを踏んだ。

堅牢な兜の向こうから「人を惑わす悪女め」と吐き捨てる声に怒りが湧いたが、罵る言葉はきつく噛まされた布切れの奥にかき消える。


大きくそびえるような鎧を着込んだ騎士が鎖を引き、大仰に用意された杭へと手枷を繋ごうとする。

それに抗うように、私は必死で身を捩った。

これから行われようとしていることは、到底許容できるものではない。


すっかり埃っぽくなった濃紫の髪を振り乱し、底光りする深紅の瞳を爛々と見開き暴れる私の姿は、さながら悪鬼のごとく映ったのだろう。

衆目がどよめき、後ろへ大きく身を仰け反らせた者たちが、団子になって腰を抜かした。

そんな光景を視界の端で捉えながらも、私は咆哮じみた唸り声を上げ、怒りに任せて遮二無二もがき続けた。



――バキリ、という鈍い音と共に、拘束されていた腕がふいに解放される。

流し込んだ膨大な魔力が、手枷に刻まれた魔力封じの術式を打ち破ったのだ。


自由になった手で目の前に立ち塞がる鎧の腰へ掴みかかり、魔力を叩きつけるように発散する。

周囲を、小規模な爆発が包んだ。

その爆ぜる音の心地よさと、瞬く間に広がっていく狂騒に身を委ねる。



……けれど、期待したほどの効果は得られなかった。

騎士の鎧やこの場所にも、やはり魔術対策が施されていたのだろう。

辺りを吹き飛ばせるほどの魔力を叩きつけたというのに、石畳は浅く抉れただけで、鈍色をした鎧にも僅かな凹みを刻んだ程度に過ぎなかった。



「……っ!!」



思わず呆気にとられた、その一瞬の隙を突かれてしまった。


長くうねる私の髪を騎士が掴み、力任せに引き倒した。

踏み止まる間もなく、細った身体は宙へ浮き、その勢いのまま地面へ叩きつけられる。

騎士は呪詛混じりの罵り言葉を口にしていたようだが、その内容までは私の耳へは届かなかった。


周囲の喧騒と、引き摺られる痛みに、意識が塗りつぶされていく。

手のひらや膝下が擦り剥け、血が滲む。それでも、なぜ身体強化が発動しないのか、考える余裕すらなかった。



騎士は私を中央まで引き摺り終えると、額を杭に押し付け、ぐっと髪を握り直した。

すぐ背後で、鈍い金属音が耳の奥に響く。引き抜かれた剣の刃先が、冷たく首筋を撫でた。


頭を動かす余裕などなく、ゾリゾリという怖気の走る音と振動が、頭皮から背筋へと這い下りる。

ばさばさと切り落とされた濃紫の髪が、騎士の手から散っていく。


何をされているのか理解できないまま、短い時間が過ぎた。

軽くなった頭部への違和感に気を取られていると、今度は布を引き裂く音と共に、背中にぬるい風が触れる。

まさか、騎士が力任せに衣服の背を引き裂いたのだろうか。そんな考えが脳裏を過った次の瞬間、鋭く空を切る音と、重たい打擲音が響いた。


そこに、絹を裂くような悲鳴が混じる。噛まされていた布が、いつの間にか外れていたらしい。

熱狂する群衆の喧騒の中でさえ、なお高く響くその声が私の口から漏れ出たものだと認識するまで、少しの時を要した。


――鞭で打たれる痛みは、想像を絶していた。

私は狂ったように悲鳴を上げ、周囲へ爆炎を撒き散らしたが、誰一人としてまるで意に介した様子もない。

騎士はただただ機械的に、寸分の狂いもなく鞭を振り下ろし続けた。



興奮に満ちた熱気が場を覆い、波のように寄せては返しながら、城壁の内外を呑み込んでいく。

日頃は規律を重んじるはずの騎士たちは、揃いの鉄靴で重々しく石畳を打ち鳴らし、一斉に地を揺らしている。

清廉を貴ぶはずの教会の人間までもが、純白と金の衣が乱れるのも構わず腕を振り上げ、聖句を伝えるその口で快哉を叫んでいる。



……何故?

どうして彼らは、私が罰せられ血と傷に塗れた姿に、ここまで喜んでいるのだろう。

私の行いは……ただ私らしく生きたということが、これほどの憎悪を向けられるようなものだったのだろうか。



結婚を控えた娘の顔に、癒えぬ傷を負わせたというけれど……勝手に居合わせたのは、あの女の方だわ。

将来有望な若者を堕落させた、温かな家庭を壊したというけれど……遊びに溺れて、本気になる方が愚かなのよ。

忠誠心の強い騎士が悪事に手を染めた、信仰の篤い聖職者が戒律に背いたというけれど……組織を裏切った者が出たのは、それこそ自分たちの責任じゃない。

人生を狂わされた果てに、命を絶った者が大勢いるというけれど……それは当人たちの選択でしょう。


そんな一方的な話ばかりを挙げ連ねて、私だけを責めるのはお門違いというものではないの?


あぁ、ここにいるのは――被害者面をした、愚かな連中ばかり。

一様に、私を『悪女』だと声高に叫んでいる。



この状況を作り出したセレヴィオとアリエレットは、正義の仮面を被り続けていた。壇上で顔色一つ変えることなく、ボロ雑巾のようになっていく私を見下ろしている。


とどめを刺すこともできない、臆病者たち。

ここまで私を悪だと断じたのなら、いっそのこと首を落とせば良かったのに。

そうして、彼らの言う正義を成せば良い。


結局それすらできなかったということは、彼らの主張や立場は、その程度だったということだ。

せいぜい、その繕った脆さが露呈しないように祈っていれば良い。



気付けば、私は硬い石畳の上へ倒れ込んでいた。

いつの間にか、鞭打ちは終わっていたらしい。


音もなく近づいてきた男が、転がる私の頭上に影を落とした。


ふいに硬い感触が消え、身体が持ち上がる。

先ほどのように、力づくで掴まれたのではない。

誰の手も触れていないのに、ふわりと浮かぶ不思議な力――これも、魔術によるものなのだろうか。


ようやく、男と視線が重なった。


凍えるような蒼い瞳。金属を溶かし込んだような、冷たい輝きを放つ長い銀髪。

彼の容姿を若く中性的な美貌と評するのは、むしろ陳腐に貶めてしまうだろう。

この男は人のかたちをしていながら、まるで同じ人間とは思えない、不気味なまでに整い過ぎた美しさを湛えていた。


――筆頭魔術師、セフェル。


なるほど、手枷に刻まれた魔力封じの術式を打ち破るほどの私の魔力を封印するのに、これほど適した存在はいない。



「……残念だな。生まれつき、この髪や瞳に色濃く現れるほどの魔力。論理に縛られず、直感的で柔軟な君の魔力運用は、非常に興味深かった。本当に、素晴らしい器となれるほどの逸材だったというのに……それを、この手で封じなければならないとは」



男はさして残念そうでもなく、至極淡々と呟きを漏らした。

けれど私の深紅の瞳を覗き込むその視線には冷たい熱が宿り、拭いきれぬ狂気を孕んでいる。


騎士の拘束とは違い、私は身じろぎ一つできない見えない枷に囚われていた。

そして内側からじわじわと蝕まれていくような、得体の知れない感覚に侵される。


魔術師は片手で長杖をゆったりと構えると、もう片方の手を静かに持ち上げた。

空をなぞるように、長くしなやかな白い指先が優美に舞う。

その動きに呼応するようにして、私の周囲にぼんやりとした光が浮かび、複雑な紋様を描きながら術式を紡ぎ始めた。


怪しげな塔に籠り、研究や実験ばかり行っている国一番の魔術師をもってしても、私の魔力を封じるのは容易ではないのか。

きっとこの男にしか理解できていないであろう難解な術式が、幾重にも組み合わされていく。

その過程で凝縮され続けた淡い光は青白く脈打つように揺らめきながら、いつしか禍々しいまでの輝きを放ち始めていた。


彼が、私の胸元へ手をかざした。

目を開けていられないほどの閃光が焼き付き、心臓の辺りに術式が刻み込まれた感覚を境に、周囲が静まり返っていたことに気づく。


身体の内部が作り替えられてしまったような、気味の悪い感覚に我慢できず、私は拘束から逃れようと再び全力でもがいた。

――途端。



「ッ……ぁあああああああッ!!!」



内側から引き裂かれるような激しい痛みが、身体中に広がった。

痛みの根源は、再びぼんやりと光を帯びた左胸。


どうやらあの男は、ただ私の魔力を封じただけではないらしい。



「……君の特殊な魔力を封じるには、その源泉を塞ぐだけでは不十分だった。そこで、魔力の通り道を組み替える措置を講じた。その結果、君が体内の魔力を使おうとすれば、バラバラになった回路に流れ込むことになり――今のような激痛を引き起こしているのだろう。その痛みさえ除けば、封印が身体に直接害を与えることはないだろうが……人は、痛みの許容を超えただけで、容易く限界を迎えることもある。同じことを繰り返せば命の保証はできない。……気を付けるんだ」



目の前の化け物は、僅かに沈痛な面持ちを滲ませてそう言った。

折角手間を掛けて調整したのだから、勝手に死なれては困ると言わんばかりだ。



――狂っている。



この化け物のような男も。これを良しとしたセレヴィオとアリエレットも。そして……今もまた、再び私を『悪女』だと糾弾する連中も。

ただ望むままに生きてきただけの私を、悪だと断じる、この世界が。



「これにて、悪女エラディア・ヴェルミリオンに対する粛清は完遂された!」



狂った熱に浮かれた喧騒の中、己の成した正義とやらに酔い痴れたように声を張り上げるセレヴィオの姿が、まぶたの裏に焼き付く。


そして――私の意識は、暗闇に沈んでいった。



ストックが尽きるまでは、毎日同じ時間に投稿予定です。

この作品について、活動報告にもチラッと書いていますので、よろしければこちらもご一読いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ