第8章 予感
羽ばたきの練習を始めてから、ピウの動きは少しずつ変わってきていた。
最初は、両翼をばたつかせて転んでは砂をかぶり、ひっくり返って笑われる日々だった。それが今では、ふらつきながらもリズムよく地面すれすれをすっと滑るように進めるようになった。飛べるわけじゃないけれど、確実に「進化」していた。
「見て、お母ちゃん!今日も転ばなかった!」
「おお、ほんまや。けど、中々傷跡がなおらへんな?」
ラッコの蘭子は相変わらず「お母ちゃん」として、包帯と冷えたタオルを常に持ち歩いている。心配性で世話焼きだが、それでも蘭子は、どこか誇らしげにピウを見守っていた。
その日の夕方、空に不思議な風が吹き始めた。
渡り鳥のスワローは、空の遠くを見つめながら静かに言った。
「風、変わってきたな。」
「スワロー、もう行くの?」
「まだ。でも、準備は始めなければいけない。」
そう言いながらも、スワローはその場から動こうとはしなかった。
「飛ぶって、自由そうに見えるけど、実はすごく不自由なんだ。風任せ、季節任せ、命がけ。ほんとに自由なら、こんなふうに飛べるはずがない。」
ピウは何も言えず、ただスワローの翼をじっと見つめた。
その夜、風が一層強くなった。
嵐の前のような、不穏な空気。
ピウは感じていた。
何かが、起こる――そんな予感を。