第7章 はばたきの音
朝、ピウはいつもより早く起きた。まだ空はうっすらと白むばかり。動物たちの鳴き声も聞こえない静かな時間に、ピウは羽を広げた。
前よりも、ほんの少しだけ高く跳んでみる。ただのジャンプ。でも、その一瞬に夢を詰め込んで。
「いち、にの、さんっ!」
ばさっ!という音とともに地面を蹴る。空を切る風。すぐに重力に引き戻されたけれど、ピウは倒れなかった。
「……おっけい、今日はここからだ!」
見ている者はいない。でも、ピウの目はまっすぐだった。
その日の昼、ミアが様子を見に来た。
「また練習してるの?」
「うん!今日も一回も転んでないよ!」
「ほんと?すごいじゃん!」
ミアの声に、ピウは照れながら羽をぱたぱた動かした。
そこへ、蘭子もやってきた。
「まーたそんなことして……怪我せんように気ぃつけや?もし骨折でもしたら、あんた泳げんくなるんやで?」
「大丈夫だよ、お母ちゃん!」
「もー……ほんまに、あんたって子は。」
ぶつぶつ言いながらも、蘭子はそっとピウにタオルを差し出した。
「汗かいてんで。風邪ひいたら飛ぶ練習もできへんやろ?」
その日の午後、フライも様子を見に来た。
「お、やってんねぇ。努力だけは見習いたいもんだよ。飛べないflyなんて……って、あーやめたやめた、自分のことはさておき。」
「フライも応援してくれてる?」
「ま、努力してるやつを笑う趣味はないさ。俺みたいに笑われる前に開き直ってるのとは違うんだろ?」
フライは口元をにやりとゆがめて、ピウの頭を軽くつついた。
その日から、ピウの練習には少しずつ応援の輪が広がっていった。誰もが本気で飛べるとは思っていない。でも、ピウが本気で「飛びたい」と願っていることは、誰の心にも届いていた。
夕暮れ、ピウはもう一度跳んだ。
前よりも高く。
前よりも遠く。
ほんの一瞬、風をつかんだような気がした。