第4章 ミアのまなざし
その日も、ピウは羽ばたきの練習を続けていた。
少しでも風を感じたくて、夢に触れたくて、ただ一心に羽を動かし続ける。
だけど──現実は厳しい。
「うーん、羽ばたきは可愛いけど、進歩は……どうかなあ」
檻の外から見つめるのは、ミアという名前のミーアキャットだった。
背筋をぴんと伸ばして、地面から顔だけひょこっと出しているその姿は、まるで監視カメラのようだった。
「また見てたの?」
ピウが恥ずかしそうに言うと、ミアはニヤッと笑って言った。
「ミーヤキャットに見られてみいや!」
「……なにそれ?」
「……ちょっとだけ笑ったでしょ?」
ピウは羽で顔を隠しながら、くすっと笑った。
「ちょっとだけね」
「よし、今日はそれで満足!」
ミアは腰に手を当てて得意げに立ち、すぐ真顔に戻った。
「ほんとはさ、けっこう感心してるんだよ。
あたし、挑戦ってやつがすっごく苦手だから。ピウはすごいと思う」
「でも、飛べないよ?」
「飛べるかどうかより、『やるかどうか』の方が大事なんだって。あたしはそう思う」
その言葉に、ピウの心が少しだけ温かくなる。
──あきらめることが当たり前になっている動物園で、
まだ夢を持っていること自体が、誰かの目には「すごいこと」なのかもしれない。
その日の夕方。練習後の疲れた体を砂場に横たえたピウに、蘭子が近づいてきた。
「今日はな、転ばんようにがんばってたな。
ほんまにがんばったなぁ、お疲れさん」
ピウがふっと息をつきながら答えた。
「まだまだ、だけど……ちょっとだけ、楽になった気がする」
「そうそう、その調子やで! こっちは見てるだけでもわかるわ、少しずつできるようになってきたなって。ほんま、最初に比べたらすごい進歩やで」
「うん、転ばなくなったもんね」
蘭子はピウをじっと見て、ぽんと背中を押した。
「転ばなかったことじゃないんやで。転ばないように、毎日少しずつ努力したからこその今やで。それに、どんなに小さなことでも一歩一歩が大事なんやからな。あんた、ちゃんとがんばってるで」
ピウはしばらく黙って考え込んだ後、にっこりと笑った。
「ありがとう、お母ちゃん」
蘭子は笑顔で頷いた。
「何かあったらなんでも言ってな」
その言葉に、ピウは嬉しそうに笑った。
「うん、わかってるよ」
夕焼けが広がる空の下、ふたりはそのまま並んで座り、静かな時間を共有した。