高校三年 四月 放課後
~現在~
「だから、俺はアーティストっていう夢を追いたい。
夢を見る楽しさを教えてくれた、春のためにも。ただ、」
音穏は少し、満足いかない顔をしていた。
「やっぱり、すごく不安なんです。夢を追うことが」
音穏は少し目を強張って言う。
「約束を叶えたくて、今までめっちゃ音楽と向き合ってきたし、チャンスがあれば何度でも挑戦しました。だけど、やっぱり現実は甘くなくて。オーディションも受けては落ちての繰り返しで、挫折ばっかりしてて。やっぱり自分、向いてないんじゃないかって思うことが多いんです」
音穏は今抱えているどうしようもない本音を、流れるように声に出した。
「それに、音楽は楽しむものだから、俺が音楽やってて苦しい思いをたくさんしてたら、春はどう思うっかなって考えちゃうです。ごめんなさいこんなこと言っちゃって」
音穏は話せば話すほど声が段々と弱くなっていく。
すると、江坂先生が声を上げた。
「夢には重さがないから誰でも持てるってあのこが教えてくれたんだろう?だったら、良いじゃないか。どんな夢でも、持ってるだけ持ってみろ。重くて嫌になったら、全部手放してもいいから」
強く、優しい声で、言ってくれた。
音穏はゆっくり顔を上げる。それと同時に、スッと口角がほどけるように上がった。
「はい、そうですよね、ありがとうございます」
音穏は微笑みながら、噛みしめるように頷く。もちろん、全てとは言わないが、なんだか今抱えている重りが少し軽くなったような気がした。音穏は、先生の言葉になんだか照れくさくなって、はにかんだ笑顔で返す。そろそろ、直也にも言ってもいいかもしれない。夢の話を。
その瞬間、携帯が鳴った。
「あ、すいません」
電話はサッカー部マネージャーの音葉姫奈からだった。
「あ!音穏くん!」
「どうしたの、そんなに急いで」
「ねえ大変なの!直也が、!」
音穏は大急ぎで、病院へ向かった。
入り口を抜け、ロビーに行くと、姫奈が待っていた。
「あ、音穏君!こっち!」
受け付けを済ませ、姫奈に連れられ直也のいる病室に向かう。
そこには左足に包帯を巻かれ、吊るされる直也がいた。
「直也!音穏くん来たよ!」
「直也!この怪我、!」
直也は半笑いでこちらを見る。
「おお、音穏、ごめんな急で。姫奈が呼んでくれたんだったね」
「……そうだよ、ビックリした」
音穏は驚いて息が切れたままだった。
「いやぁちょっと、怪我しちゃって。今回ばかりは、無理できないみたいだな」
気を遣ってか、全てを諦めてか、なぜか微笑んで言う直也を見て、当たり前だろ、という思いをグッと堪える。無理をしたいくらい、本気なのを知っているから。それに。
ちょっと、直也との会話に間ができてしまった。なんて声をかければいいのかが、分からなくて。そうしたら、突然吹き出したように直也が話し出した。
「全治、十ヶ月はかかるらしい。どんなに早くても、八ヶ月は絶対。参っちまうよな」
直也は、笑うしかないように笑う。
すぐに答えてやることができなかった。
「大会、間に合わない、よね。俺、怪我したまま引退するのかな、ヤバイねそれ、もう笑っちゃうよ」
その言葉とは裏腹に、直也は笑うのをやめて、下を向く。まだ、なんて返したら良いのか分からなかった。沈黙になってしまった。
すると直也が気を利かせて言ってくれる。
「ほんとごめんねこんな時間に、もう帰っちゃっても全然大丈夫だから。俺、ちょっと入院するからさ、学校休むわ。姫奈も、わざわざありがとうね」
姫奈はうんっと頷く。
「分かった、度々、ここ来るから」
「お、ありがと」
「それじゃ、また」
「うん、またね」
音穏と姫奈は、その場から離れた。
病院から抜ける。姫奈は駅までの浅い夜道で、直也に何があったのか、話してくれた。
「今日ね、放課後他校に行って、練習試合だったの。もちろん、直也も試合中出てて。それで直也がクロスをを打つとうとしたときに、相手のスライディングが思いっきり足に入っちゃって。もう直也立てなくなっちゃって運ばれたの。プレーが荒いって噂されてた選手なんだけど、それでもさすがに顔真っ青になってた」
「そう、だったのか」
「うん、本当に、苦しそうだった。怪我したこともそうだけど、サッカーがしばらくできなくなることが、どんなことよりも苦しそうだった」
姫奈は悲しい声で言う。
「そうだよね、直也にとってサッカーは、夢だから」
「うん、」
音穏と姫奈は、駅に着いた。
「じゃあ私、こっちだから」
「うん、またね」
放課後(数時間前)
直也
放課後、うちの学校を含めた三校の合同練習試合が、
他校グラウンドで行われるにあたり、直也とたくろーは試合の白線引きを手伝っていた。空は雲っていて、試合をするにはわりと涼しい。
「しっかし直也よ、なんで秋田からわざわざ来た全国大会常連の強豪様と、こんな公立感剥き出しの土グランドで試合するかね。相手は相手で普通夏休みとかに遠征するだろなんで今なん」
白線の目印の役目で立っているたくろーが、声を張って言う。
「そんなん俺に言われても知らないよ、他校様なんだし。使わせてもらえるだけでありがたい話だよ」
「いやぁ」
「まあ良いじゃん、インターハイ予選が始まる前に強豪と戦えるのは貴重な機会だよ」
「まあ、そうなんだけさ。てか、この後ざっと雨降る予報らしいぜ、洗濯大変だなこりゃ」
今日の相手のうち一校は、一筋縄ではいかなかった。全国トップレベルの強豪校、こんなチャンス滅多にない。そのためこんな感じ駄々をこねているたくろーを含め、うちの部員全員の目付きは闘争心の燃えていた。
試合前の、ミーティングが始まった。いつもミーティングで今日のスタメンが発表される。当日に急にメンバーが入れ替わることはほとんどないが、レギュラーメンバーが怪我をしていたり、体調不良で当日欠席してしまう場合もあるので、試合に出るメンバーは当日にならないと分からない。
監督が作戦ボードを持って、ポジションごとに今日のスタメンを発表し始めた。
「左から、直也、武瑠、大輔、和希」
「はい」
スタメンの発表が終わり、次に戦術について監督は話し始めた。
「今日の相手はもちろんめちゃくちゃ強いが、やることはいつもと一緒だ」
監督はボードの選手に見立てたマグネットに触れた。
「うちの武器は両サイドからの攻撃だ、湊人、和希、蓮、直也。そして、拓郎、いいな」
「はい!」
サイドとフォワードの五人の選手が大きくうなずいて返事をする。
「そして、直也、お前がマークに着く相手選手は、前回の大会でも複数枚カードをもらって、出場停止になっている選手だ。全国大会で俺は見たが、あいつはかなりプレーが荒い。まさしく削り屋だ、気を付けろよ」
監督はボードのマグネットに触れながら、強い眼差しで言う。
「分かりました、ありがとうございます」
「よし、みんな行ってこい!がんばるぞ!」
「はい!しゃー!行くぞー!」
うちのチームは勢いよく声を発し、既に並んでいた相手にチームの列の隣に並んだ。直也もスポーツドリンクを一口、口に含んで向かおうとした。
「直也」
姫奈が呼び止めて、直也は振り返る。
「気を付けてね」
「うん、ありがと」
直也は入場列に向かった。姫奈はその背中の12の背番号に「ファイト!」と声をかけて、見送った。
大きなホイッスルと共に試合は始まった。しかし、開始早々すぐに相手に先制ゴールを奪われてしまう。
「……これが全国か」
直也は思いしるようにゴールを決めた相手選手をみた。まるで成功者みたく、爽やかに笑っていた。
直也は監督に注意を促された選手のマークについた。細身だがしっかりと筋肉質で、足もかなり速い。
最初は難なく相手についていくことができた。けれど、時間とともに体力が奪われ、変幻自在に動き回る相手選手に対し、思うようにマークにつくことができなくなってしまった。
「クソ、!」
チーム全体として思うようなサッカーができないまま、前半が終わってしまった。スコアは0-1のまま。後半で逆転しなければいけない状態だった。
直也はすでに体力をかなり奪われ、ホイッスルが吹かれてもグランドにいたまま、膝に手を置いていた。
ベンチに戻ると共に、選手たちは声を掛け合った。
「もっと声掛け合おうよ!コミュニケーション取れてない!」
「そうだ、もっと目見てしゃべろうよ!俺らのサッカー作ろうよ!」
各々の言葉で、自分の熱を伝え合う。ベンチはかなり熱気に包まれていた。これがうちのサッカーだ。
監督は静かにそれを見つめ、ミーティングが始まると
「それでいい、いつも通りで」と、強く言った。
後半はすぐに始まった。時間が立つにも関わらず、昼グランドをベットリと灼熱が覆う。
「フリー!」
「たくろー!裏!」
「ナイスキー!」
たくさん目を合わせ、声をかけあった。すると次第に、パスが繋がるようになっていく。
タンタンタンと、土を滑ったり蹴り飛ばされたりしながら、ボールは軽やかに交換されていった。
前半と比較して少しずつではあるが、チームは自分たちのサッカーができるようになってきたのが分かった。
「よし」
直也は十一人とコミュニケーションを取れていることを体感し、走り続ける。
そして、直也は深く息をした。ボールを両サイドに繋いで、サイドから変幻自在なクロスを上げてゴール前に持ち込み、ゴールを決める。それが俺たちの持っている武器。
直也はキーパーから、自陣ゴール近くでボールをもらった。
「チャンスだ」
直也は味方とパス交換をしながら、左サイドを駆け上がった。得意のドリブルで相手陣地まで持ち込んで、ゴール前へクロスを上げたい。
直也は相手を華麗に、次々に相手を交わしていく。鼓動がどんどん上がっていく。
「走れ走れ走れ、相手がゴール前に固まる前に、クロスを上げるんだ!」
直也は一心不乱に走った。与えられたミッションを果たすように、必死で走った。
「それでも焦るな、慎重に、丁寧に」
その心とは裏腹に、直也はいつも以上に不格好な走り方で走る。とにかく走るしかなかった。
とうとう、相手陣地近くの左サイドまできた。ゴール前ではフォワードのたくろーと、右サイドハーフの和希が中に切り込んで、シュート体制に入っていてくれた。
「直也ああ!低いやつだ!クロス!」
たくろーが無理やり並び替えたような日本語で呼ぶ。
直也はたくろーの要求通り、低弾道のクロスを打とうとした。右足を強く踏み込んで、左足を振り上げ、ボールの回転がかかるように足首を作った。
「行け、!」
左足を素早く振りかざす。その時だった。
「……が……があぁ、!!!」
強い衝撃が、直也の左足に後ろから突き刺さった。
直也は弾き飛ばされて、転げ落る。血がジワジワと出てきて、ソックスの中がひんやり冷たい感覚に覆われる。
「……あ……ああ……」
声にならない声が漏れる。どうやら例の選手に後ろからスライディングをされたらしい。
「……おい、!お前!何やってんだよ!!おかしいだろ!!!」
誰かの怒り狂った声が聞こえたが、誰だかは分からなかった。
「レッドだろこれ!!!」
凄まじい怒鳴り声がどんどんと近くなる。なぜだろう、頭を打ったわけではないのに意識がもうろうとする。
左足のかかとをを大きくやられた。すぐに足から感覚は消えて、まるで神経が途切れたみたいだった。
「直也!!大丈夫か、!!」
いつもならすぐ聞き取れる、仲間の声が、誰か分かんなくて、少し焦った。皆の足が遅く見えた。
「しっかりしろ、!直也、!!」
試合は一時中断される。
直也は、心理的な問題で、仲間の声に応答することが上手にできなかった。
「ダメだ、監督!交代を!」
「マネージャー!!救急バッグ!!」
どうしても、開いた口が塞がらない。
「歩けるか直也?」
肩を組まれた腕の筋肉で、その声がたくろーだったことがようやく分かった。しかし、体勢を仰向けにすること以上、どうやったって動けなかった。
たくろーは直也の状態を見て、一目に判断した。
「ダメだ、担架!担架を用意してくれ!!」
直也はまだ唖然としたままだった。
次第に強い雨が打ち付けられる。肌に刺さる撃水が、徐々に触覚を取り戻していく。
直也は静かに目元を強く覆った。何もかもを失ったこの世界を見たくなかったし、手に伝わる感覚が雨によるものだと誤魔化したかった。
直也は強く強く降り続ける雨を真摯に受け止めて、静かに耐えた。
やがて土やコンクリートを弾く水の音の中から、鮮明なサイレンの音が聞こえてきた。
直也はすぐに、病院に搬送された。
病院についてすぐにレントゲンを撮られた。直也は左足のかかとを大きく包帯で巻かれ、ギブスを渡される。
「レントゲンの結果が出るまで、待合室で少々お待ちください」
そう言われ、監督と一緒に待合室で待機していた。
「おう、ギブスか!無事で良かった」
無事かどうかはさておき、監督は、ギブス姿の自分を、温かく迎えてくれた。
「ありがとうございます、わざわざ付き添ってくれて」
息がこもって、あからさまに元気のない声で直也は言う。
「当たり前に決まってんだろ!俺の大切な仲間だぞ!」
「監督、」
監督の優しさに、包まれる。
ちょっとの間、二人でまだ何も言わずに、病院のテレビを見てリラックスした。
「日元さん、診察室へ」
「お、よし立てるか、直也。ほら、」
「あ、ありがとうございます」
監督は肩を貸して、立つ補助をしてくれる。
診察室へ入った。
医師の先生が、レントゲン写真を見ながら怪我について説明してくれる。
外部損傷による、かかとの陥没型骨折と診断された。
「日元さんの場合、完治するのに十ヶ月、早くて八ヵ月は妥当かと」
全てが、終わった気がした。いや、予想はしていた。
だけど、予想を裏切られたみたいだ。大規模すぎて、抵抗すらできなかった。
「そんな、大会があるんです、!」
とか、言ってみたかった。
「今日から、一週間は入院してみましょう。リハビリは続くのですが、日元さん学校のほうもあるので。退院したら、ここに通院という形でリハビリを続けて頂くことが良いかと思います。まだ、保護者の方が来られていないようなので、正式には、保護者の方が来られてからで」
「そうですか、分かりました、ありがとうございます」
直也は過不足な声で言う。
すると看護師の方が
「じゃあ、とりあえず保護者の方が来られるまで、空いている病室に行きましょう」と、部屋へ誘導してくれた。
監督は試合中の怪我ということで色々と詳細の手続きがあるため、直也を病室に見送って、そこでお別れした。
直也はベッドで何も言わないまま、ただ静かに外の景色を見ていた。しばらくすると、母さんが来て色々と話しをしてくれた。
「お母さん、ビックリしちゃったよ。ごめんね、仕事途中で遅くなっちゃった」
「ううん、こっちこそ急にごめんね。来てくれてありがとう」
「当たり前じゃない、あ、さっき入院の手続きしたきたわよ、今日から一週間みたいね」
「うん、そう」
母さんは心配するように表情を固める。
「そっか、災難だったね」
そう言いながらお母さんはベッドの側の椅子に座る。
「でも、サッカーは怪我が付き物だから、しょうがないね」
お母さんは、全治のこととか、そういうことには全然触れなかった。たぶん、無駄に心を悲しませないようにと、気遣ってれたのだろう。
「まあ、気持ち切り替えて、リハビリ頑張らないとね!」
元気を付けてくれるように、お母さんは言う。
それに、直也は微笑んで答えた。
「お母さんね、夕飯の支度があるから、そろそろ帰んなきゃいけないんだ」
「そっか、そうだよね」
「また、来るからね、それじゃまた」
それからしばしば、一人の時間が続いた。
大人たちと話して、ちょっとは気持ちが落ち着いた気がする。それに、落ち着かないと、いけなかった。
だけど、いや、だから、ベッドのシートに、拳を一発ぶつけた。
身体の中でドクンドクンと鳴る、どこにもぶつけようのない痛みの心を抑えつけるように、グッと、堪えた。
実際に、一発入れたもんだから、堪えられてるのかどうかは分からない。病室内を引きずりなから、暴れまわるよりかは、比べる必要もないくらいマシと言えるだろう。誰でも良いからそう言ってほしい。
直也は、心の傷の痛みを、正直に受け止める時間が続いた。その痛みは悲しいくらいに鋭くて、厄介で、憎かった。
トイレに行きたくなって、松葉杖を使い、部屋を出て、お手洗い場まで向かった。お手洗い場は、ロビーのすぐ近くに備え付けられている。そのため、ロビーの様子もよく見える。
直也は左足を上げ、不格好に松葉杖を使い歩く。お手洗い場に近づいていくと、ロビーに姫奈がいることに気がついた。すぐに、姫奈のところに向かった。
「姫奈」と、あまり通らない声で直也が言うと、姫奈はすぐに気づいて、直也の方に向かってくる。
「来てくれてたんだ、ありがとう」
「ううん、本当は他のみんなも行きたがってたんだけどね、この時間に大勢で行くと迷惑になっちゃうから。あ、さっき直也のお母さんにも会ったよ。監督はまだ色々手続きしてるみたいだけど」
「そっか、ありがとうね。病室、入らないの?」
「今、音穏くん呼んでるの。だから、ここで待ってなきゃ」
「え、音穏、来るの?ありがたいけど、申し訳ないよ」
「だって、音穏くんすぐ行くって言ってたよ。それに今日に関しては一大事でしょ。来れるなら、来てほしいじゃん、親友には」
直也は少し返答に困る。
「そうだけど」
「じゃあ、音穏くん来たら、病室行くね」
「……わかった、待ってるね」
そう言って、直也と姫奈は分かれた。
直也は、お手洗いを済まし、病室のベッドに戻る。正直、複雑な気持ちだった。
こんなボロボロな姿を音穏見られるのは、ちょっと痛痒い。音穏がこの姿を見たら、どんなことを思うだろうか。夢を持ったまま、もう、間に合わない自分を見て、音穏はどんな気持ちになるんだろうか。なんも言えなくなってしまうんじゃないか。
それに、音穏が来たら、安心してなんでも言ってしまいそうで。変に心配とか不安を与えちゃうかもしれないから。それがすごい怖くて。
出てきた感情を、いびつに頭の中に並べた。だから、目を閉じて、ため息にならないように、深く息をついた。
太陽光が消え、LEDの光が白く際立つ天井を眺めて、この時間をやり過ごそうとした。結局ソワソワして、落ち着かないままだったけれど。
そうしていたら、思っていたよりも早く、病室のドアが空いた。そこには息を切るように吸う音穏と姫奈がいる。
音穏は、自分の包帯が巻かれた足を見て、ハッと目を大きく開らく。やっぱり、恥ずかしかった。
「直也、その怪我、!大丈夫、か、!」
音穏はすぐに心配の声をかけてくれた。すごく安心した。
「ちょっと怪我しちゃって」
今はこれしか言う言葉がないのが虚しかった。セリフっぽくならないように、限界の笑顔を添えてカモフラージュして言った。
しかし、これ以上出てくる言葉がなかった。親友を目の前にして、なんと自分の感情を伝えて良いのかが、いまいち分からない。
それに、音穏も、自分を気遣って、なかなか言葉が回らない様子だった。
だから、言葉を見失っている音穏を見ていると、自分もなんて声をかけていいのか、分からなくなってしまって。二人とも、言葉探しみたいな状態になってしまった。
この状況を何とかしようと、わりと勇気を使って、素直に喋ろうと思った。だけど、上手く口が回らなくて、とりあえず怪我の詳細だけ、軽く伝えておこうとする。
「全治十ヶ月らしい」って。
すると音穏は、また顔を暗くしてしまった。なんだろう、もしかしたら、相手を傷つけないようために気を遣うように、頑張って言葉を出そうとしているのか。やっぱりこの状況が、音穏にとっては難しいものかもしれない。だから、いっそのこと、自分からさらけ出してしまったほうが良いんじゃないか。
直也は素直な気持ちをそのまま言葉にする方を選択した。乱暴にならないように、深刻にならないように。
「大会、間に合わない、よね」
言葉被せるように、表情を作った、つもりだった。
それでも、音穏はやっぱり雲ってしまった。
「そりゃそうだよな、」
自分が夢とまで言ったサッカー。それに、ずっと目標にしてた、全国大会。さらには、大学推薦だって。全部、叶わなくなった。そんなことを、音穏は今、頭に抱えてしまっているのだろう。音穏は他人に優しいから。
だから、もう話せることがなくなってしまった。もう外も暗いし、申し訳ないから、二人に帰って大丈夫だよと促した。
音穏は、寂しそうで、虚しいような顔をする。足取りが重いまま、部屋を去っていった。
直也はそのままうずくまるようにして、ベッドの中にに沈んでいった。
監督