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高校三年 四月

高校三年 春

直也

 時は過ぎて、春になった。

 

 今日はなんだか気分転換をしたくて、いつも学校へ行くときに使う大通りの途中で道を曲がり、見慣れない住宅街に入った。

 

 その道の途中、住宅街のなかにポツンっとある小さな公園の前で、直也は足を止めていた。

 

 その目線の先には、鮮やかで淡い紫色をしたスミレ数本が、色とりどりの花が植えられている花壇の容器と、コンクリートで舗装された地面の狭間にある、わずかな隙間で咲いている。

 

 これを見て、直也は足を止めたのだ。

 

 直也は花壇に近づいて、スミレを間近で見れるようにしゃがむ。そこには、少しへたりながらも、そのスミレはここにある花たちの中でもたしかな存在感を示し、数本のスミレが集合して林立している姿があった。

 

 けれど、決して目立ちたいという傲慢な自我は感じなかった。むしろ、この花が放つ孤独感に、どうしてもそっぽを向くことができなかった。

 

 直也は、このスミレになぜか勇気を貰えた。なんでかは分からない。何かいい、それだけだった。

 

 いったい、どうしてこのスミレは一センチほどの隙間で生まれたのだろうか。もしかして、上で揚々と咲き誇る花たちから追い出されるようにここへ流れ着いたのか。

 

 いやいやもっと現実的に、誰かの靴の裏に付いたいたスミレの種が、たまたまここに落ちて開花したのか。

 はたまた、元々はこの花壇の上の花たちの元、もしくわガーデンショップなどに居たが運悪く風に飛ばされて、元の仲間たちとは一生会うことのできないこの場所で生まれてしまったのか。

 

 そんななのどうやったって分からないし、知ってもどうにでもできない。

 

 けれど、直也にとって、こんな憶測を立てさせるこのスミレは、どんな過去があれ美しいものには違いなかったた。

 

「あれ、そういえば俺今、何してんだろう。てかやば、遅刻する!」

 

 直也は足早に歩き出した。当たり前かもしれないが、相変わらずスミレはそこに留まってる。

 


音穏

 あれから少し時間が過ぎた。音穏と直也は三年生に進級した。気づけば三年の一学期が始まってる。

 

 直也はあれからというもの、サッカーに打ち込んで、着々と力を付けて、試合でもかなりの結果を残してるらしい。

 

 朝のホールルーム前。音穏は、第二回進路希望調査と書かれた紙を、机に平たく置いていた。白紙だった。そこにあきのりがやってくる。

 

「音穏、まだ決めてないんだ。もうすぐ締め切りになっちゃうから、ちょっと急いだ方がいいかもね」

 

「そうだよね、でも、まだちょっと迷ってるんだ」

 

 音穏はファイルにも入れずに、空っぽの机に進路希望調査の紙を隠すように忍ばせた。

 

「てか、闇バイト集団の強盗事件この前も近くであったんでしょ?普通にヤバいよね。何にせよ、移動車を何台も乗り継いでるから、中々が情報が掴めないらしいね。証拠今月だけで三件だよ治安悪すぎしょ」

 

 それに何となく返事をしたが、すぐにクラスメイトのりょうたが駆け寄ってきため、この話題はすぐに終わった。

 

「なあ音穏!この前の大会またサッカー部勝ったらしいじゃんかよ!やっぱすげえなサッカー部」

 

 りょうたがはつらつとした格好でやってくる。

 

「ね、ほんとにすごいよね!」

 

「今年の代、特に強いらしいからなー。あいつらみんな全国目指してるし、俺もめっちゃ応援してんだよ!いやー行くんじゃねえかな今年は」

 

「すっごい期待してんじゃん」

 

「そうだよ!しかもさ直也、大学からオファー来たんだろ?すげえよなあいつは」

 

 そんな話をしていたら、タイムリーに朝練終わりの直也がやってきた。

 

「お、噂をすれば」

 

 りょうたが嬉しそうな顔で言う。

 

 続けて音穏も声をかける。

 

「直也、お疲れ」

「お、ありがと!」

 

 三年に上がって、音穏と直也は同じクラスになった。そして仲が前からよかったあきのりとも。昔から顔見知りだったが、三年になってから特に仲良くなったりょうたとも同じクラスで、音穏にとってラストイヤーにしての史上最強のクラスだった。

 

 しかも名前順で席に座るから、浜田と日元で、前後の席である。

 

「しっかし直也、また大会勝ったんだってな!お前ほんとすげえな」

 

 りょうたが机に置いた手に体重をかけ、乗り出すように言う。

 

「いやいや、俺だけの力じゃないから。チーム全員て勝ち取ったんだから」

 

 直也は微笑みながらりょうたに返す。

 

「おっとこれは一本取られましたー」

 

 りょうたが額を手に抱えた顔ではっきり言うもんだから、皆で「おっさんかよ」って笑ってやった。

 

 ホームルームが始まると、いきなり先生からプリントが配られた。朝にプリント配布なんて珍しい。

 

 プリントが音穏の席までやってくると、そこには「悩み相談、悩みは一人で抱えないで」とでっかいフォントで書かれた、メンタルクリニックの宣伝の紙だった。

 

 音穏はプリントを少しだけ 眺め、やがてすぐに机の中にしまった。

 

 四限目の総合探求の授業が始まった。担当は音穏が合唱部との兼部で所属する放送部顧問の江坂先生だった。

 

 どうやらこの学校の総合探求は、道徳のように担任が授業するのではなく、教科担当の先生が決まっているらしい。何となくだが、いわゆる理論系の先生よりも、情に深いような先生がどのクラスも総合探求の担当になっている気がした。江坂先生もその一人で間違いないだろう。

 

 江坂先生は授業の最初に、どんなことについて探究するのかの説明をした。

 

 先生は「では始めに」の声の後に、白いチョークを持って、黒板に大きく「夢」と書いた。

 

「突然ですが皆さん、『夢』は持っていますか」

 

 先生のその声に、クラスは漠然とした戸惑いを隠せず、ザワザワとした空気が流れ込んだ。

 

「今回は皆さんに、夢について探究してもらいます」

 

 音穏はその言葉を聞いてすかさず、分かりやすく動揺した。

 

 「夢」なんて、自分は持っていない。いや、持っていないことはないけど。でも、話す勇気が中々出てこない。この後の話し合いの内容は、どうやって埋めよう。

 

 音穏がそんな不安を募らせていたら、江坂先生はさっきの言葉に付け加えるように言った。

 

「あのー夢って、必ずしも職業じゃなきゃいけないとかは無いですからね。例えば僕なんかは、『今度この本読んでみたいな』とか、『週末この映画観たいんだよな』とか、そんなことで良いんです。これも一つの夢だしね。まあ、つまりそういうことについて探究してください。もし、職業とか、将来のことで、ある程度大きなものでも、明確な夢を持っている人とかは、もちろんそれを探究しても構わないです。とにかく縛られないで、『夢』について、考えてみな」

 

 江坂先生は強く微笑みならが、それらについて説明した。

 

「今回はグループワークでやってみようと思います。あ、班でやると夢を語るのに固くるしいので、自由にだいたい四人の班を作ってください。五人でも、六人でもいいですよ。ただし、余ってしまう人がでないように

まあ、もう三年生の君たちなら大丈夫だね」

 

 音穏は、直也と、あきのりと、りょうたと、何となく直也の席の近くの、廊下側の壁に集まった。

 

「じゃあ自由にどうぞ」という先生の言葉で話し合い、というよりは俺らのグループでは語り合いが始まった。

 

 開始とともに、直也がすかさず声を上げた。

 

「なあ夢だって、おもしろいな!誰から話す?もしいないなら俺が」

 

「いーや待て待て、ここは俺が一番乗りで語らせてくれ。いい?」

 

「お、いいとも」

 

 割り込むりょうたを皆が笑顔で誘導する。

 

「それじゃあ俺の夢はな」

 

 りょうたは一回、息を飲んで、空気を溜めた。りょうたの雰囲気に、何かでっかい野望を言われる気を皆で醸し出して「お~?」と、場を作る。

 

 するとりょうたは、満面の笑みで言った。

「彼女がほしい!!」

 

 はなから分かっていたくだりに、皆がノッてツッコミを入れた。

 

「いやぁー出ましたねでっかい夢。てか、りょうた女の子好きすぎたろー」

 

 何だか直也は楽しげに言う。

 

「おい俺が女好きみたいになるだろ!別に良いだろ、彼女くらいほしいよ!」

 

「まあ、彼女はね、良いよね。最高」

 

 あきのりが澄ました顔で言った。

 

「おい!そんな顔では言われたくない!リア充!彼女持ち!」

 

「落ち着け落ち着け~」

 

 あきのりはニヤッと微笑みながら言った。音穏はそれらを微笑んで見守る。

 

 りょうたは続けるようにこう言う。

 

「いや俺さ、彼女もそうなんだけど、もっと詳しく言えば、将来結婚して家族を持つことが本当に夢なんだよ。俺、子ども好きだしさ」

 

 なんだか少し照れくさそうだ。

 

 すると直也はすかさず、「え、めちゃめちゃ良いじゃん!なんだよちゃんと良い夢じゃんかー」よ心の底から出てきたような笑顔で言った。

 

 それに続けて、音穏も「すごい良いじゃん。りょうたらしい」と、あきのりも「いいよなー家族。良い夢だね」と。

 

 りょうたはまた照れくさそうに「そうか?」と笑い返して、「みんなの夢も聞かせてよ!」と、聞く気マンマンだぞという表情で皆の顔を見てきた。そうしたら次にあきのりが「夢」について語り始めた。

 

「俺はね、美容師になりたいって思ってるんだよね」

 

 あきのりらしい、落ち着いた優しい声で話した。

 

 りょうたは「お!美容師か。ぽい!」と言い、それに音穏は「うん。すごくあきのりに合ってると思う。元々あきのり美容とか洋服とか好きだったもんね」と言葉を添える。直也も「うんうん」としっかりとみんなの話を聞きながら、噛み締めるように頷いて、時折少年みたいな笑顔を見せる。

 

「そうそう、まあ、元々そういうのにすごく興味をもってたからっていうのもあるし、何かね。誰かの日常の中の、一つの幸せのきっかけになれたら、すごくいいなって思ったの。美容室に来て、髪が綺麗になってお客さんが幸せな気持ちで帰ってくれるのもそうだし、朝ヘアセットするときとか、『やっぱりこの髪いいなー』とか、何かそういう『毎日のちょっとした幸せ』みたいなののお手伝いができたらなって」

 

 あきのりは所々微笑みながら、真っ直ぐに夢を伝えてくれた。

 

「わ、何。めっちゃいいじゃんか!良すぎるって」

 

 直也はおもわず口からこぼれたように言った。それに続けてりょうたも音穏も、皆が皆して大絶賛した。

 

「ちょっとみんな同じ感想じゃん!」

 

 あきのりが照れながら言う。

 

「いや、本当に良すぎて。それしか出ないんだよみんな」

 

 直也が答えたら、りょうたが次に

 

「まじでそれ、お前。良すぎる。最高、ウェーイ!」

 

 とあきのりとハイタッチをした。こういう謎のノリが好きだ。

 

 すると音色も「俺もあきのりの考えてる夢めっちゃいいと思う。誰かのために何かをできるって、すごいことだよね。今週の土曜空いてるかな予約したいんだけど」

 

「いやまだ美容師じゃないわ!でも自分の夢みんなにこうやって言ってもらえるのちょー嬉しいわ。ありがと!」あきのりの言葉に、みんななぜか照れて、笑顔で返した。

 

「直也の夢も聞かせてよ、まあもうみんな知ってるけどね」

 

 あきのりがそう言うと、直也は物足りないように夢を語りだした。

 

「俺の夢は、皆知ってると思うけど、サッカーでプロになること!特に深い理由はない、ただサッカーが好きでもっともっと上を目指したいから!」

 

 直也はギラギラした目付きを見せながらも、暖かい顔で言いきったようだった。

 

「いいね~いや良いよ!うん、めっちゃいい」

 

「やっぱり、直也はずっとプロ目指してるだけあって、話がまとまってるね」

 

 りょうたとあきのりの褒めに、直也は深く頷いて返事をする。

 

「夢叶えるって決めてるからね。自分との約束、だから破るわけにいかないよ」

 

 なぜか、なぜだろうか。音穏には、その言葉があまりピントこなかった。

 

 しかしながら、夢をひたむきに追い続けている直也が、ずっと眩しく見える。自分もこうやって、堂々と夢を語れたら、さぞかし楽しいことだろう。

 

 けれども、その一歩が中々踏み出せない。

 

 当然、音穏のところに夢を語るターンが回ってきた。

どんなことで場をしのごうか考えていると、直也が優しく「どんなことでも良いって、さっき先生言ってたし、深く考えすぎなくても大丈夫だよ!」と言ってくれる。

 

「そうだよね、ありがと」

 

 音穏は腕を組んだまま、みんなに「んー」と、ちゃんと口角を上げながら言って、時間を稼ぐように考えた。

 

 そして、振り切ったような笑顔を作ったつもりで、言い放った。

 

「やっぱり、楽しく生きることかな」 

 それを聞いて、皆は一瞬だけ目を丸くして、すぐに頷いてくれた。

 

「お、良いじゃんか。でもそれってつまり、どういうことだ?」

 

 りょうたが訊いてくる。

 

「何気に今を全力で生きるって難しいことだと思うんだ。だから、職業とか明確な夢はまだないけど、今を全力で楽しんで生きるんだ。それが俺の夢って言えば夢かな」

 

「おお!ちょー良いじゃん!なんか深いな」

 

 りょうたは少し微笑んで言ってくれる。すると続けるように直也は「大事なことだよね、めっちゃ良いと思う!」と、いかにも直也らしく、前向き伝えてくれた。

 

 あきのりは、「いい夢だね」と優しく言って、しばらく黙ってしまった。

 

 四限目終了のリミットが近づいてきて、各々が自分の席のついた。

 

 なんか、とても虚しい気持ちになった。皆はちゃんと夢を人にしゃべれる力を持っているのに、自分にはそれはできない。

 

 さっきの話も、夢を語れそうにない自分に合わせて、少しばかり気を遣わせしまっただろうか、だとしたら率直に申し訳ない。

 

 その日の放課後、音穏は放送部の活動のため放送室にいた。

 

 今日の部活はすでに終わっている。他のメンバーはもうとっくに帰っているため、最後まで残っていた音穏に放送室の鍵を任された。

 

 明かりもつけない部屋で、窓辺の白いレースをすり抜けるように入ってくる何かの光に照らされながら、音穏は会議で使う大きめのテーブルにうつ伏せになって、少し考え事していた。

 

 時間が過ぎ去り、だんだんと飽きてきたからようやく起き上がって、なんとなく後ろを振り返った。後ろには革製ソファがある。

 

 なぜか放送室には革製の古いソファが、壁の端にポツンと置いてある。だいぶ年季が入って、所々あるシミと、座ったらミシッって鳴る音が、長い歴史を物語っている。何の革か分からないが、パッと見の形状と色味で、おそらく天然の良い素材を使った高級ソファだと感じる。それにしては綺麗に使われたようだ。

 

 音穏はソファはじーっと眺め、やがてソファにゆっくりと腰をおろした。深く沈むような感触が、音穏の身体にまとわりついた。こいつも、かつてはピッカピカの新品で、今あるシミも傷も全くなかったのだろう。それが、長い年月で役目を果たし続け、その証拠としてついてきたシミや傷が、味と呼ばれ、評価されるのだろう。

 

 一年生のときまでいた、この学校に十年近く在籍した元放送部の顧問の先生でさせ、赴任した当時からもう年季の入ったソファだったと言う。だから、誰がどういう意味で放送室に置いたかも、いつからあるかもさっぱり分からない。ただ、数年、数十年前からずっとここにあるのでれば、いったいどれくらいいの人が、ここに座ったのか。ここに座って、何を話したのだろう。どれくらいの数の思い出の背もたれになってきたんだろう。

 

 音穏は深くソファに沈み、手すりの手をそえて、撫でるように動かし、肌で感じようとした。そして、いつの日かの夢の約束を、思い出させられる。

 

 何気ないあの会話もここで何度かしたことがある。夢の話をしたかしてないかは定かではないが、確かに会話の背景にこのソファは居た。

 

「今さらだけど、あのとき何を話してたか、教えてくれないかな」

 

 音穏はソファの皮を撫でながら、スピリチュアル的な言葉を心で唱えてしまう。もう少し、一つ一つ大切にしとけば良かったかな。夢の話も、もう少し。

 

 音穏は自分の心を無理やりつづるように、言葉にならない言葉を、ただひたすら脳裏に、いびつに並べた。

 

 今はただ独りで黄昏ていたかった。

 

 音穏はソファを眺めたり、いつもなら聞こえない、窓が開いて、カーテンレールが「かたんことん」と言っているのに耳を済ませ、きょとんっとしたこの放送室空気と匂いを感じ取った。

 

 そうしていると、「コンコンコンッ」と、ドアを叩くノックの音が込もって聞こえた。音穏が「はい」と返事をすると、ドアを開けてきたのは江坂先生だった。手には二つパンを持っている。

 

「お、やっぱし居た居た」

 

 江坂先生はホッとしたようにいつも通り笑い、明かりのスイッチを素通りして、こちらに寄ってきた。

 

「江坂先生、どうしたんですか」

 

「どうしたって何も、お前が心配で来たんだよ、ほらこれ」

 

「どっちがいい」クリームパンと、あんパンを持った手が、こちらにやってきた。

 

「あ、ありがとうございます。じゃあクリームで」

 

 お気に入りのクリームパンを選んだ。それを見て江坂先生は扉から奥の進んで、会議のテーブルに添えてある椅子に、腰を揃えながら、座った。

 

「さっき、購買で買ってきたんだよ。一緒の食べようと思ってな。俺も甘いもんでも食べないと、やってはいけないね」

 

 先生は袋を開けて、あんパンを見つめてから、一口食べる。

 

 音穏は先生が食べたのを見て、クリームパンを一かじり入れた。少しばかり口の中で転がして、一つ一つ噛み締めるごとに味を確かめた。

 

 そして、音穏はパンを頬張りなはら先生に訊ねた。

  

「心配って、何がですか。そんな心配するようなことしました俺?」

 

 音穏が冗談混じりに言うと、先生は会話に一つ間を作るように机に手を置いて、話し始める。

 

「バカもんめ。さっきの俺の授業ときの、お前の顔を見れば、すぐに分かるわ」

 

 まるで見透かされたような笑顔で言われた。

 

「え、見てたんですか。ビックリ」

 

「そりゃあ、見るだろ、特に浜田はな。よく悩んでるからな」

 

「え、な、なんで。そんな、悩みとか、あんまないタイプっすよ俺」

 

 音穏は、分かりやすく動揺する。

 

「分かりやすすぎるよ、顔を見ればすぐに分かる。しかも浜田は素直だから。表情を伺えば、何かを抱えてることくらいなら、一瞬で分かるだろうに」

 

 音穏は、何となく言葉を返したようなつもりになる。

 

 すると、先生は気遣ってくれて、話を進めてくれた。

  

「それで、どうしたんだ。何か、考えてたんだろう。浜田が大丈夫なら、少し話してくれないか。もちろん、無理はしないで大丈夫だからな」

 

 音穏はほんの少しだけ、肩の力を緩めたように落とす。そして、言葉に身を委ねた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。あんまり人に話したことはなかったですか、先生なら話したいです」

  

 音穏はわずかに首を俯ける。


「だけど、結構暗くなってしまうというか。色々あったので」


 音穏は、自分の伝えたい感情により良く合う言葉を、一つ一つ探し当てるように言う。その作業が意外に難しい。

 

「とにかく、簡単な話ではないですし。暗いことはあんまり言いたくはないんですが、そうならざる得ないかもしれません。それでも、大丈夫ですか」

 

 恐る恐る音穏は、江坂先生先生に訊う。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 先生は守るようにそう言ってくれた。

 

 だから、音穏は静かにしゃべり始めた。

 

「少し昔にあった夢の話になるんですけどね。俺のではなく、親友の」

 

 音穏はオブラートで包んでいたような記憶を、一枚一枚剥がして、鮮明な状態に復元しようとする。段々と、あの頃の味が、脳に広がっていく感覚を覚えながら、ゆっくりと話し始めた。

 

りょうた

江坂先生

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