第6話 氷の魔法使い
放たれた氷の魔法は、一気にアシッドドラゴンへと向かう。
避けられるのではという懸念がラルフィルにはあったが、トゥーファルとの攻撃はドラゴンの腹に直撃した。
咆哮。
「効果はあるようだな」
トゥーファルは静かに呟き、詠唱を始めようとする。
「トゥーファル」
呼ばれた彼は、呪文を唱えながらラルフィルの方を向く。
「攻撃に集中して」
その短い言葉に、トゥーファルは躊躇なく防御結界魔法を解除した。それと同時に、ラルフィルの防御結界魔法が展開される。
氷の魔法が効くのであれば、それを強化した方が良い。二人が中程度の魔法を使うよりも、より強力な氷魔法を使えるトゥーファルの全力をぶつける方が効果的だ。こういう時の二人の考えは一致していた。
絶対に勝つ。
それだけだ。
二人のそんな様子を見ていたレンブレム王子が、皮肉気に言う。
「私がいることを、忘れないでもらいたい」
レンブレム王子は風の呪文を唱え始めた。その内容を聞いて、トゥーファルは短く頷く。
トゥーファルの攻撃を確実に当てるために、レンブレム王子の魔法でアシッドドラゴンを確実に止める。
だが、当然攻撃を予見して、アシッドドラゴンはブレスを放つ。強酸が嵐のように降り注ぐ。広範囲に展開しているだけに、一部の場所が割れるようにひびが入る。
ラルフィルは落ち着いていて、もう一度魔法をかけ直す。ひびはすぐに補修され、ブレスを弾いた。
レンブレム王子の風魔法が放たれ、ドラゴンが動きを止める。それと同時にトゥーファルの氷魔法が放たれた。
前足に当たった氷魔法は、そこから一気に全身に広がり、アシッドドラゴンの羽をも凍りつかせた。
落下する。
それと同時に、トゥーファルは風の呪文を唱えて空へ舞い上がる。構えた氷の剣が、ドラゴンを貫いた。氷きったドラゴンが割れる、鋭い音が響く。
ラルフィルは風魔法を展開した。魔力を使いきって、風魔法を維持できなくなったトゥーファルを受け止める魔法だ。
「感謝する」
「素直に言えるようになったのは進歩ね」
地面に降り立ったトゥーファルに、ラルフィルは苦笑して言う。騎士団の仕事は、生意気な彼を変える程度には大変なようだ。
「それにしても、何でこんなドラゴンが」
レンブレム王子の言葉に、トゥーファルは迷わず答える。
「ラルフィルを狙ってのことだろう。魔王を倒す力を持つなら、早めに処分しようとしてもおかしくはない」
その言葉に、ラルフィルは胸の奥がぐっと苦しくなるのを感じた。
ラルフィルを狙うのは、人間だけでない。そのことはわかってはいた。だから力を強化しようとしていたのだ。だけど、改めてアシッドドラゴンを見て、それでも認識が甘かったのだと思い直す。
勇者を早く選べば、そうすれば少なくとも魔物には、狙われずに済むだろう。
だけどそれでは、ケバーランド家を陥れた犯人を見つけることができない。自分の命、一族の命と名誉。それをどうにかするまでは。だけどまだ目途はつきそうにない。
そんなことを思って顔を上げた彼女に、トゥーファルは言う。
「気に病むな。魔王は俺が倒す」
ラルフィルの考えを察してか、トゥーファルはそう言い放った。
似た考えの者同士。彼が学園にいた時から、お互いの考えは手に取るようにわかった。
だからこそ、ラルフィルは苦笑する。
「ありがとう」
「君が言うと違和感だな」
「何それ」
そんなやり取りをしているうちに、大勢の人たちがやって来た。騎士団、学園の関係者等、倒したドラゴンのことは彼らがどうにかしてくれそうだ。
どうやって倒したのか、トゥーファルが質問攻めにあっている様子を見届けて、ラルフィルはその場を離れた。
この学園には、飛び級をした生徒が数名いる。
ラルフィルはその資格を有しながら飛び級することを遠慮した、珍しい生徒だった。飛び級で早く卒業する気が無かったし、目立ちたくなかったのもその理由だった。
だけど大概は、飛び級を受け入れる。トゥーファルが卒業するのと同時に、飛び級で卒業したもう一人の天才。
戦闘に秀でたトゥーファルとは異なり、魔法の実力で周囲を黙らせた彼。
フェイ・エリオールのことを、ラルフィルはふと思い出していた。
トゥーファルがここにいるぐらいだ。フェイが知らないはずはない。彼の独自スキルは学園長の千里眼レベルではない。現に、フェイの魔法の気配はわずかにあった。
「何を企んでいるんだか」
友好的だったトゥーファルとは異なり、フェイはあまり友好的ではなかった。それは家のことが関係していたのだけど。
まだ、彼らが学園にいた頃のことを、ラルフィルはふと思い出していた。
あの頃はまだ、こんなことになるとは思っていなくて。
ただお互いの思いを、ぶつけ合うことができたのに。