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第4話 王子との再会

 何者かとの戦いが起こると身構えていたラルフィルは、すぐにそうではないと気づいた。幻視魔法ではなく、強制転送魔法。

 強制転送魔法を使うには、大規模な設備と複数人の魔法使いの力が必要になる。そのため、使える人間は限られていた。

 それ故、誰が何の意図で使ったのか、ラルフィルはすぐに推測がついた。

 ぐにゃりと歪んだ視覚が元に戻る。

 そこは見慣れた学園内だった。

 王立第一魔法学園の、転送魔法室。

 ラルフィルはそこに、強制的に呼び戻されたのだ。

「ラルフィル・ケバーランドで、間違いないな?」

 白い髭の老齢の男性が、ラルフィルに向かって尋ねる。

「はい」

 何か言っても無駄だとわかったからだろう、ラルフィルは短くそう答えた。

「外出の際は、外出届が必要だと、学則で決まっているはずだが?」

「申し訳ありません。急用でしたので」

 実際には外出届を出す余裕ぐらいはあったのだが、ラルフィルはしれっとそう答える。届出を出していようといまいと、用があればこのように呼び戻されるのは変わらない。

 白い長い髭の老齢の男性、学園長は、小さく咳払いをする。

「まあ、良い。それよりも、あなたに急ぎ会いたいというのでな」

 誰かがラルフィルに会いたいと。

 強制転送魔法は、そうやすやすと使えるような魔法ではない。一度使えば、使った魔法使いは数日魔法が使えなくなるほどの消費量を伴う。通常の転送魔法もかなりの消費量だが、相手の同意なく呼び出すような転送魔法は、さらにいくつかの条件を整えなくてはならない。

 それでも使うような相手。ラルフィルは思わず目を細めた。折角彼に会っていたタイミングだというのに。そう思いながら。

「レンブレム殿下がいらしている」

 レンブレム殿下と言うのは、この国の第三王子で、昨年魔法学園を卒業している。ラルフィルが今18歳なので、その1つ上の19歳だ。

 確か今は魔導研究所に勤めていたはずだが、それ以上の個人的なことをラルフィルはまったく知らなかった。

「ラルフィル! 元気にしていたか?」

 レンブレムは入って来るなり、そう話しかけてくる。

 赤と金糸で彩られた華やかで美しい服、さらさらの金色の髪に、碧眼の瞳。容姿は美しいのだが、ラルフィルからすれば、面倒な相手である。

 ずいっとパーソナルスペースに踏み込んでくるレンブレムから、全力で距離を取るラルフィル。

「勇者を選ぶんだって? それなら、私の他にふさわしい人間はいないだろう?」

 ラルフィルは露骨に嫌な顔をした。

「相変わらず無愛想だな、君は」

「あなた以外にはそうでもないですよ」

 不敬罪でも一向に構わないとばかりに、ラルフィルは淡々と答える。それを聞くなり、レンブレムは笑顔を浮かべた。

「相変わらず声も美しい」

 そう。このレンブレム王子。

 ラルフィルのことが大のお気に入りで、婚約者である隣国の姫がいるのも無視して、ラルフィルに熱を上げる残念な人なのである。

「それで、要件は何ですか?」

「今言っただろう。勇者を選ぶなら、私だと」

 ラルフィルは気まずそうに視線をそらした。

「少し場所を変えようか」


◆ ◆ ◆


 ラルフィルとレンブレムは、薔薇の庭と呼ばれる中庭に来ていた。薔薇の庭と言っても、今の時期薔薇は咲いていない。そのため他に人はおらず、二人が話をするにはちょうど良かった。

「学園長がいる場所では、話しづらくてね」

 レンブレムがそう言うと。

「この学園内での会話は、どちらにせよあの千里眼的な魔法でお見通しですよ」

「まあ、そうなんだろうけど」

 気分の問題もあるのだろう。レンブレムは話を続ける。

「不可解なことがいくつかある。けれど君に聞きたいのは、君自身が、あの神託に何らかの手を加えたのかということ」

「手を加えるとは?」

「君が誰かに、自分を聖女に選ぶよう、神託するよう頼んだのかどうか」

「そんなことしませんよ。そんなこと、できるとも思っていませんでしたし」

 神託を操作するなど、ラルフィルの想定内にはなかった。

「だろうな」

 レンブレムはふいっと、宙を見上げる。

「君がそうするとは、私も思わない。ただ、それを疑う者もいるのでね」

 状況をみれば、それを疑う者がいてもおかしくはない。

「私は、君の助けになりたいと思っている。もちろん、国民の怒りを買ったケバーランド侯爵を今すぐ助けられるわけではないけれど、それでも、せめて君だけでも」

 レンブレムはそう言って、ラルフィルを見つめた。

「お気持ちはありがたいですが、そんなことをすると、殿下の立場も危うくなります」

 ケバーランド家の問題は、もはや外交問題にも発展しており、気安く手を貸せる状況ではない。

「君が私を選べば、君は私の妻ということになり、刑を免れることができる。王子としての私の立場を君が気にしてくれるのはわかるが、君が助かるなら、私はそれでいい」

 どうしてこんな重大なことを、こうもあっさりと言えてしまうんだろう。この人は、前からそうだ。学園にいた時から、ずっと。

「仮に私が殿下を選んだら、勇者として魔王と戦うことになりますよ?」

「望むところだ。私の魔法の実力は、君が一番わかっているだろう?」

 レンブレムは楽しそうに笑う。

 彼がまだ学園にいた頃、二人は魔法勝負をしたことがあった。

 その勝負は、ラルフィルの圧倒的勝利で終わっていたが。

「殿下を選んですべてが解決するならば、それでもいいんですけど」

 独り言のようにラルフィルは呟いて。

「でも、それはできない相談です。私は、自分だけが助かりたいわけではないから」

 そう言って、少しだけ笑みを浮かべた。

「君は」

 レンブレムはラルフィルを見て、悲しそうに笑う。

「本当に―――」

 レンブレムが何かを言おうとした、次の瞬間だった。

 ざんっ。

 何かの羽ばたく大きな音。巨大な黒い影。

「なんで」

 ラルフィルは目を見開き、動けなくなる。

「逃げるぞ!」

 その姿を見て立ち尽くすラルフィルの手を取って、レンブレムは走り始める。

 学園の空、彼らを見つめる巨大な影。

 アシッドドラゴン。

 それは、ラルフィルが一番見たくない、因縁の魔物だった。


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