表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/40

第3話 終わりの地の魔法使い

 人里離れ、ぐるりと高い石壁が囲む中に建つ、牢獄のような古い建物。

 空にはこの辺りだけ暗雲が立ち込め、いつ雷雨が降ってもおかしくないほど黒く広がっている。植物は根付くことなく枯れ果て、何も生えていない。生物の気配がなく、しんと静まり返っていた。

「いつ来ても不気味なところですよね」

 リーナは辺りを見ながら体を縮こませる。

「それに、何だか気分も悪くなる気がします」

 リーナの言葉を無視し、到着まで目を閉じていたラルフィルは、馬車から降りるなり、ぱちんと指を弾いた。

 風の魔法が発動し、空を風が貫く。それまで夜のように暗かった空に、光が降り注いだ。

 眩い光に包まれるとともに、建物のドアが開き、すらりとした背の高い男がゆっくりと出て来た。

「やめて欲しいな」

 白衣を着た、長い青い髪の男は、眩しそうにその青い目を細める。

「こうでもしないと、出て来てはくれないでしょう?」

 ラルフィルは彼を見て小さく笑う。ラルフィルより少し年上に見えるその男は、困った様子でため息をついた。

「こんな場所に、君のような人は来ない方が良い」

 この場所、魔法使いの「終わりの地」の管理人である彼、デイルはそう言うと、くるりと背を向けた。

「立ち話もなんだし、中で話そう」

 デイルの後に続き、ラルフィルは中に入った。


◆ ◆ ◆


 中に入ると同時に、魔法使いたちの苦しむ呻き声が聞こえた。

 ここは、魔法を使い過ぎて眠ったままの者を入院させている施設で、ここに入った者は、基本的に出ていくことはない。回復することはない。それほどに、魔法の使い過ぎは、取り返しのつかない事態を招くのだ。

 だからこそ。

 ラルフィルはこれから起こる厄介ごとの前に、どうしてもデイルに会っておく必要があった。

「魔力上限を上げたいんです」

 部屋に入るなり、ラルフィルはそう切り出した。

「もう十分、魔法を使えると思うけど」

「それでは足りないんです」

「神託のことか」

 こんなところにも、ラルフィルの神託の話は届いているらしい。

「勇者なんて、適当に決めてしまえばいいのに。ってわけにはいかないか」

 ラルフィルが今無事なのは、この聖女に選ばれたからで、勇者を決めてしまえばお役御免になり、元の危うい立場に戻る。

 可能なら、できる限り決めずにのばそうと思っているぐらいなのだ。

「生き残るために、この魔力量では足りないんです」

 ラルフィルは右手を握り締める。

「あの子のこともあるし、魔法の危険性は十分わかっていると思うけれど」

「だからこそ、上げておきたいんですよ」

 真剣な様子のラルフィルに、デイルは頭を搔いた。

「あなたなら、治療の力を応用して、上限を上げられるでしょう?」

 ここでの治療の基本は、魔法上限を一時的に上げ、症状を緩和することだ。眠りについたままの人たちの何割かは、それで目を覚ます。目を覚まさない場合も、少し症状を緩和できる。もちろん、上がるのは一時的であるが故に、また眠った状態になってしまうのだが。

「わかっていると思うが、上げられるのは一時的にだ。無暗にリスクを上げることにもなりかねない」

「これからの戦いでは、このままでは負けてしまう。私は、負けたくない。絶対に」

 窓の外を見つめるデイルに、ラルフィルははっきりと言い切った。

「どうしてもと言うのなら、自分でやるといい」

 デイルは、本棚から一冊の本を手に取ると、ラルフィルに手渡した。

「使わないことを祈るよ」

 ラルフィルはその本を受け取り、その場で開こうとする。

「まずは、彼に会ってきなよ」

 デイルにそう言われ、押し出されるようにラルフィルは部屋を出た。

 暗い廊下の奥、闇が深くなるようなその先に、小さな部屋があることを彼女は知っていた。

 ここに来たのは、彼に会うためでもあった。

 古く軋む廊下を歩き、扉を開ける。風が柔らかく吹いた。

 薄暗い部屋の中に、わずかに光が差す。

 そこには、眠りについた美しい少年がいた。

 水色のやわらかな髪は無造作に伸び、肌はこれ以上ないほどに白い。何年もこうしているのだろう、頬はやせ、ぐったりと動かない。それでも彼が、美しい少年であることはわかった。

「ナクル」

 ラルフィルは彼の名を呼ぶ。

 けれど当然のように、彼は何の反応も示さない。

 ラルフィルは彼の傍に立ち尽くしていた。

 かつて、彼女と共にいた幼馴染の彼は。

 魔物に襲われた彼女を守るために魔法を使い過ぎ、意識を失った。

「あなたを勇者に選んだなら、目を覚ましてくれるのかな」

 昔のように笑ってくれるなら、傍にいてくれるなら。

 そんなことはできないと、わかっているけれど。

 だけど、もし彼が目を覚ましてくれるのなら、それでも構わないとすら思って。

 そんな感傷的な自分ではダメだと、首を横に振った。

「行かなきゃ」

 そう小さく呟き。

 ラルフィルは部屋を出た。泣きそうだった目は、いつもの気丈な目に戻っていた。

 もう一度デイルの部屋へ向かうため、歩き出す。

 だが次の瞬間、彼女は奇妙な錯覚に囚われていた。


「何これ、幻視魔法?」


 周囲がぐにゃりと曲がるのを見て、ラルフィルは小さく嗤った。

 このどうしようもない悲しみを、ぶつけられるならそれでもいいか、そう思って。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ