第2話 炎の魔法使い
馬車を走らせ一時間ほどのところに、目的地はあった。
いつもなら、ぼんやりと眠っている間に着いただろう。だが、ラルフィルはそうする余裕などなく、周囲を警戒していた。
「どうかしましたか、お嬢様」
舗装された田舎道を進む馬車の中、リーナはただならぬ様子の主に、緊張感を強める。
学園からも、住宅街や畑からも離れ、道があるというだけのこの場所は、ある意味絶好の場所でもあったからだ。
「気をつけて」
ラルフィルがそう言った、次の瞬間だった。
馬が嘶き、馬車は急に立ち止まる。リーナの体は前方へと打ちつけられたが、ラルフィルは咄嗟にしがみついていたため体勢はそのままだった。すぐに外の様子を伺い、警戒を崩さない。
「ラルフィル・ケバーランド、出てこい!」
粗野な男たちの声が響く。
不安に怯えるリーナとは対照的に、ラルフィルは特に表情も変えず外に出た。
彼女の長い髪が、炎のように風に揺れる。
馬車をぐるりと囲む、武器を手にした男たちの視線が集まった。
ラルフィルは怯える行者の男性を気にも留めず、そのままぽんと飛び降りる。男たちのそのラフな格好から、金目当ての山賊のようでもあるが、何者かに雇われた輩の可能性が高そうに見えた。
「悪いが、一緒に来てもらおうか」
「お断りです」
男たちにまったく怯む様子もなく、ラルフィルは言い放つ。
「やれ」
男たちは、ラルフィルに向かって一斉に石の魔法を放った。
ラルフィルは防御結界魔法でそれをすべて弾くと同時に、無言で右手を掲げ、炎の剣を召喚した。
「無詠唱で魔剣!?」
炎の魔剣と呼ばれる魔法剣。高温の炎が剣の形をしたそれは、高く青くメラメラと輝いた。それを見て、男たちがたじろぐ。
魔法を使える人間はかなりいるが、高難度の魔法を使えるものはそう多くない。その中でも、高難度の炎の魔法を使いこなす人間は、ほんの一握りだ。そして、ラルフィルは魔法の腕だけでなく、剣の腕も確かだった。
彼女自身が、一騎当千の勇者レベル。
自分より強くなければ、勇者としてなんて認められない。ラルフィルはそう思っているが、彼女を超える実力者はそう多くない。
攻撃しようとする男たちの前に、炎の壁が立ちはだかり、行く手を阻む。
「怯むな! 数ではこっちが有利だ! 魔法を放て!」
リーダーと思しき男がそう叫ぶや否や、ラルフィルはひらりとそちらへと飛び、炎の剣を一気にふるった。まさか一瞬にして間合いを詰められるとは思わなかったのだろう。リーダーと思しき男は無防備だった。
炎が一気に男を包み込もうとする。
「やめてくれ!」
男はひれ伏し、ラルフィルは炎の魔法を止めた。
「まだ続けます?」
圧倒的レベル差に戦意を失った男たちは、散り散りに逃げていく。
「誰だよ、ただの貴族令嬢だから簡単だって言ったのは!」
ラルフィルは逃げる背中を見つめながら、誰の差し金かを聞き出そうかと思い、それがわかることよりも今は先を急ぎたいと思い直した。
彼女は馬車の中に戻り、馬車はまた目的地へ向けて走り始めた。
「お嬢様、無茶しないでください」
ぶつけたおでこに簡単な回復魔法をかけながら、リーナが言う。
「無茶なんてしていないですよ」
ラルフィルは小さくため息をついた。
「それでも、炎の魔法を使うなんて、体に負担がかかります」
「それをどうにかしてもらうために行くんでしょう」
ラルフィルは自身の右手を見つめ、それから目を閉じた。
防御結界魔法、炎の魔剣と、移動に使った風魔法、そしてそれを無詠唱で使うために保持しておくための魔法。多くの人は、複数の魔法を同時に使えない。そのため、彼女のように同時に使える者は稀だ。
基本的に、魔法を発生させるためには詠唱が必要である。実のところラルフィルも無詠唱なのではなく、スペル保持という魔法をかけることで、いつでも発動できるように事前準備をしていた。彼女に言わせれば、詠唱時間がもったいないだけでなく、詠唱内容で手の内を明かすのは愚者のすることらしい。
魔法は、強力になればなるほど、使用者の体に負担をかけるとされている。疲労によって何日も寝込む者、あるいは命を落とす者すらいる。
彼は、今も眠っているのだろう。
ラルフィルはそう考えて、一度ぱちりと目を開けた。目を閉じたままでいたら、あの悪夢を思い返してしまいそうだったから。
これからラルフィルが行こうとしているのは、魔法使いたちの「終わりの地」と呼ばれている場所だった。