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すべきこと

「……ゥ……リーファ…………」


 シアが霞む視界に、リーファの姿を捉える。

 すっかり変貌してしまったリーファの状態に、シアは覚えがあった。


 ……『私達月猫族はどういう理屈か、満月を見ると理性が消えて本能剥き出しの状態になるんだよ。“ビースト化”って呼んでるが……とにかく手の負えない獣だな。本能剥き出しの代わりに、戦闘能力は普段の何倍も上がるが……自分でも制御することができない。完全に自我を失うんだ。周りのモノを全て破壊し尽くして、果ては自分自身も力尽きて死に至るまで、ずっと暴れ続ける』


 ある日の夜、リーファに教えてもらったことである。

 シアは力の中々入らない腕を叱咤して、身体を持ち上げた。


「リーファ様!?」

「おい、リーファ!!どうしたんだよ!?」

「ウゥ……グルルル…………!」


 獣のように呻き声を上げながら、リーファが近くに居た人々にギロッと視線を向ける。

 初めて地球にやって来た時よりも冷たい眼差しに、人々は本能的に危機感を覚えた。蛇に睨まれた蛙のように、ピクリとも動けない。


「……面倒なことになったと思ったけど……一晩立つ前に元に戻せば良いだけだし、丁度良いや。やっぱり不要な縁は、リーファ自身の手で断ち切らせないとね」


 先程まで焦った様子を見せていたウニベルが、気を取り直して上空からリーファを見下ろす。

 ウニベルの思惑通り、リーファは鋭く尖った爪を剥き出しに、人々へと襲い掛かった。


「リーファ!!!」

「ガウッ……ウゥッ!!


 リーファの爪が皆に届く直前、シアが何とかリーファを背中から抱き締める。

 しかしリーファの力が強過ぎて、シア一人では押さえ切れそうにない。


「シアさん!!」

「シア!!」


 とそこにアゲハとリュカが翔けて来て、リーファの両腕をそれぞれ取り押さえた。


「シアさん、リーファさんは……」

「何だよ、コレ……」


 とてもじゃないが自我を保っているとは言えないリーファの状態に、二人共困惑している。

 押さえる手を緩めることなく、シアは「『ビースト化』……」と答えた。


「リーファに聞いたことがある。『満月を見ると、自我を失くして暴走する』って。このままだと、リーファは力を使い果たして死んでしまう……何とかして、元に戻さないと!」

「えぇっ!ど、どうやったら元に戻るんですか!?」

「てか、力強過ぎだろ……ォワッ!!」

「「ウワァッ!!」」


 リーファのパワーに負け、三人はそれぞれ別方向に吹き飛ばされた。自由になったリーファは、まずは邪魔者退治とでも思ったのか、シアの方へと突進していく。


「ッ!」


 シアもリーファが追い掛けて来ていることに気が付いたらしい。「マズい」と体勢を立て直し、リーファの拳を受け止める。

 あまりの重さに、シアは眉根を寄せた。


 ……このパワー……カノンよりも強いな……。


 当然耐え切れず、シアは更に吹っ飛ばされた。


「ウゥゥ……アァアアアア!!!」


 咆哮と共に、リーファが自身の身体の周りに無数のジンシューを生成する。一気に四方八方へと放てば、たちまち大地が悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「イッテテ……リーファ!!落ち着いて!!元に戻って!!」

「ガルルル……グァア!!」

「!!」


 シアへと向かって来るリーファ。

 咄嗟に身構えたシアは、リーファの容赦のない攻撃を何とか躱していく。


「リーファ!!リーファってば!!返事してよ!!リーファ!!」


 どれだけ呼び掛けても、リーファは応えない。

「あはは!!」と上空から、ウニベルの高笑いが降ってきた。


「無駄無駄。今のリーファには何を言っても無駄だよ。ソレはリーファの姿をしてるだけの獣。意思も何もない、ただの破壊の権化だ。月猫族の生き残りに殺されるなんて、陽鳥族おまえにとっては最高の幕引きでしょ。諦めて、サッサとリーファに殺されなよ」

「クッ……ッ!!」


 シアが歯軋りを溢す。

 リーファの爪が、シアの胴を切り裂こうと迫っていた。咄嗟にリーファの両手首を掴むが、気休めにもならない。パワーで勝てない上、リーファに攻撃もできない以上、シアには打つ手立てが何もないのだ。

 徐々に押されていき、リーファの爪先がシアの心臓部を捉えた。


「シアさん!!」

「止めろ、リーファ!!」


 アゲハとリュカが、リーファとシアを引き剥がそうと飛んで来る……がしかし。


「おっと。邪魔しないでくれるかな?今良いところなんだから」

「ウニベルッ!」

「クソッ!」


 二人の前にウニベルが立ちはだかった。

 ウニベルは愉しそうに舌舐めずりをする。


「安心しなよ。そう慌てなくても、陽鳥族の次はお前らだ。全員仲良くリーファに殺されて、このくだらない情も全て終わる。リーファには“俺”だけで充分なんだよ」

「……『俺だけで充分』ですか……僕にも愛する人が居ます。独占欲が湧かないわけじゃない。それでも……相手のことを思い遣ることもできない人に、人を好きになる資格なんてありません!!!」

「テメェが勝手に他人ひとの人生、決めてんじゃねぇよ!リーファの人生はリーファが自分で決めるもんだ!!俺達の人生は俺達が自分で決めるモノだ!!間違ってもテメェの好きにして良いモノじゃねぇ!!人間はお前の玩具じゃねぇんだよ!!!」


 諦めるつもりは毛頭ないらしい。声高らかにウニベルへと言い返した二人は、ボロボロの身体でありながら構えを取った。



 *       *       *



「グッ……ウゥ……リー、ファッ!」

「グルルルッ!」


 未だ正気に戻る気配のないリーファ。

 全身全霊でリーファの手を押し返そうとしているシアだが、これ以上爪を進ませないようにするので精一杯だ。ソレだって、ジリジリと距離を詰められている。


 ……マズい、このままじゃ……夜明けはまだまだだし、元に戻すには月光が当たらない場所に連れて行かないと……でもこのリーファをどうやって……否、そうだ!要は月の光を遮れれば良いから……!


 シアが一つの案を思い付く。だがしかし……。


「グッァアア!!」


 いい加減面倒になったのか、リーファが大口開けてシアの首筋に噛み付いた。

 肉が裂け、血が噴き出す。


「シアさん!!」

「シア!!」


 アゲハとリュカが叫ぶ。

 シア達の方に気を取られたのがいけなかった。


「グアッ!!」

「ガハッ!!」


 ウニベルの打撃をまともに喰らってしまい、二人は岩壁に叩き付けられる。トドメはリーファにさせるつもりなので、ウニベルは二人を後追いしない。

 優雅にリーファとシアの行く末を眺めていた。


「あっはは!食い殺す気!?良いね良いね!ほら、陽鳥族!お得意の炎はどうしたの?さっさと使わないと、リーファに食われちゃうよ!!」

「グゥッ……ゥ……ッ!!」


 ウニベルに煽られる。

 ウニベルの言う通り、リーファの噛む力は尋常じゃない。いくら回復力が優れている陽鳥族でも、頸動脈を食い千切られたら終わりだ。

 しかし、シアは奥歯を食いしばるだけで抵抗せず、自身の翼を目一杯広げて、リーファの身体を覆った。

 別に翼でリーファを締めようとしている訳ではない。意味のわからないシアの行動に、ウニベルが疑問符を浮かべる。


 ……コレで少しでも、月光を……!


 シアの狙いは、翼でリーファから月光を遮ることだった。全身をカバーすることはできないが、少しは暴走もマシになるかもしれない。

 シアはリーファの手首から両手を離し、代わりにあろうことかリーファの身体を抱き寄せた。より肌に歯が食い込むが、シアは気にしない。


「……俺ねッ、子供の頃、月猫、族に……ッ助け、られたん、だよッ……」

「グルルルッ…………」


 リーファにシアの言葉が届いているかわからない。それでも、リーファに正気を取り戻させたい一心でシアは続けた。


「……一人は、黒一色の、髪をしたッ、男の人……もう、一人はッ、白い、服を着たッ、女の、人ッ、だったなッ……」

「ッ…………」


 リーファの噛む力がほんの僅かに弱まる。


「命をね、助けて貰った……生かして、貰ったんだよ……その時ね、約束したんだ……『今度は俺が月猫族を助ける』『味方になる』って……遅くなっちゃったけど……俺は信じてるよ、リーファのこと。リーファならきっと、ウニベルを倒せる!……俺だけじゃない。皆、リーファのことを信じてるよ……」

「…………」


 完全にリーファから力が抜け、口が離される。互いに顔を見合わせれば、未だ光の入っていないリーファのしんくに、シアの笑顔が映った。

 シアは自身の髪に結んであったリボンを解き、リーファの千切れかけていた腰帯の代わりに漆黒のリボンを巻き付ける。


「このリボンはね、月猫族の女の人に貰ったモノだよ。約束の証として、ずっと持ってたんだ。いつかこのリボンを返す時、ソレが約束を果たした時だと勝手に思ってたから……」

「…………」


「これで良し」と、シアはリボンを綺麗に結んで、リーファに笑い掛けた。


「リーファに出会って、俺は月猫族のことを理解できるようになった。確かに全部わかったわけじゃないけど……でもね、あの日拒絶しないで良かったと思ってる。月猫族を怨まないと決めて、良かったと思ってるよ。だって月猫族きみたちは……強くて、格好良くて、芯がしっかりしてて、誰よりも誇り高い……戦士の種族だから!」

「ッ!!」


 リーファの瞳に光が灯る。


 ……『お前は強い。誇り高き、立派な月猫族の戦士だ』


 ユージュンの言葉がリーファの頭をよぎった。

 ポロリと、リーファの瞳から涙が一筋零れ落ちる。

 リーファは瞼を閉じた。


 ……『ウニベルを……月猫族の手で必ず討つんだ!!ガキに託すのは不本意だが……後のことは頼んだ。死ぬなよ、リーファ』


 ユージュンの言葉をハッキリと思い出すと同時に、リーファの肌から虎縞模様が消えていく。

 金色に輝いていた髪が、()()()()()()()()


 ……そうだ……オレのすべきこと……私が……月猫族の仇(ウニベル)をこの手で倒す!!


 正気を取り戻したリーファは両目を開け、立ち上がって上空のウニベルを静かに見据えた。


「…………綺麗……」


 無意識の内に、シアがボソッと漏らす。

 純白の髪に、淡い白に近い藤色の瞳。耳と尻尾も、虎縞模様以外全てが白く染まっている。

 シアの瞳に映っていたのは、紛れもなく“()()()”だった――。


「ウニベル!!お前は必ず月猫族わたしが倒す!!!」

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