対ウニベル戦開幕
エスパーダを無事倒した後、リーファはメガから預かっている通信機反応追跡装置を確認した。
……ウニベルが来るまで、後三十分ってところか……それまでに全快とまではいかなくても、せめて止血くらいはしとかないとな……。
未だ深く斬られた刀傷から滴る血を尻目に、リーファはウニベル到着予想地点へと足を進める。
しかし不安が残った。
……地下シェルターと近いな……。
リーファが内心愚痴を吐く。
ウニベルの到着地点の予測場所が、人々が避難している地下シェルターとかなり近いのだ。エスパーダもそうだったが、地下シェルターと言ってもウニベル達にとっては豆腐のようなもの。惑星すら破壊できる彼らからすれば、攻撃の余波だけでいとも簡単に壊すことができる。
ただでさえ、命を捨てる覚悟の闘い。闘えない者達を気遣いながら闘える程、リーファに余裕はなかった。
だがしかし、たった三十分で安全な場所まで全員を避難させることは難しいかもしれない。
……できれば、惑星の裏側まで行ってて貰いたいが……今からじゃ間に合わないな。他の奴らが四龍とどうなったかもわからねぇし……いっそ地球から逃がすか……。
と、そこまで考えてリーファは思い止まる。
……『もう二度とッ、居場所を失いたくないッ!』
……『地球で死んだって構わない。もう逃げるばかりの人生は御免だわ!』
帝国軍にリーファの居場所がバレた時も、リーファは村の人達を逃がそうと説得した。しかし、人々の答えは『否』。もう二度と故郷の惑星から逃げる気はないと、闘えないながらも決死の覚悟を持っていたのだ。
ならばリーファにできることは一つだけだ。
……この惑星ごと、あいつら全員護るしかねぇか……月猫族の思考回路とは思えねぇな……。
自分で自分の考えに思わず笑ってしまう。
そしてリーファは寝転がって目を瞑った。
……とりあえず、考えてもどうにもならねぇことは仕方がねぇ……ウニベルが来るまでにちょっとでも体力回復させとく方が先決だ……。
* * *
「ッ!」
全身を駆け抜ける悪寒に、リーファは意識を覚醒させた。
両目を開けて飛び起きれば、顔を上空へと向ける。
……来た……ッ!
夕焼けの赤い空に目立つ、一筋の青い光。真っ直ぐと地球の大地に向かって飛んで来る流星のようなソレこそが、ウニベルであると一目でわかった。
「!!」
ドカーンと、隕石が衝突したかのような轟音の後には、大量の土煙。
砂埃から守る為閉じていた瞳を開ければ、リーファは目の前に立つ人影に冷や汗混じりの笑みを向けた。
「やれやれ……今回はお仕置き程度じゃ済まないよ、リーファ」
青い鱗の這った肌。色合わせした真っ青な髪に、怪しく光る金色の瞳。額から覗く二本の角と、腰から生えた分厚い尻尾は宇宙で唯一人……竜族の証だ。
土煙から現れた青い竜の男……ウニベルは軽い口調とは裏腹に、冷え切った笑顔を浮かべてリーファと対峙した。
「……四龍はどうしたの?」
辺りの気配を察しながら、ウニベルがリーファへ尋ねる。
リーファはフッと鼻で嗤った。
「エスパーダなら地獄でお前を待ってるよ。他の奴らは知らねぇが……遅かれ早かれ、仲良く業火に焼かれることになるだろうさ」
「!……エスパーダに勝ったんだ……どんな手を使ったのかは知らないけど……強くなったじゃん、リーファ」
僅かに目を見開けるウニベル。
まさか四龍が殺られるとは思っていなかったようだが、しかしウニベルにとってはどうでも良いことである。
大して焦ることなく「そっかそっか」と愉しそうに笑えば、「なら」と瞳を細めた。
「ちょっとくらい本気出しても、大丈夫だよね?」
「!!」
リーファが身構える。
感じたのは殺気ではない。ウニベルにリーファを殺すつもりなどないのだから。にも関わらず、リーファは殺気にも似た気迫を感じ取った。
「!」
目の前でウニベルが消える。
リーファの目で追えないスピード。咄嗟に、リーファがその場から飛び退いた。
「ッ!!」
「おっ、避けたか。勘、大分良くなったじゃん」
リーファが先程まで立っていた地面に、ウニベルの拳がめり込んでいた。ウニベルを中心に一気に大地が凹み、亀裂が何重にも走る。
リーファは少しばかり表情を顰めた。
こうして動きが止まるまで、ウニベルが何処に移動しているのか全くわからなかったのだ。避けられたのも、ウニベルの言う通り“勘”だ。獣人種……それも月猫族の勘は決してバカにはできないが、それでもスピードに目が追い付いていないことは不利である。勘だけで延々と攻撃を避け切れる相手でもない。
だがしかし、ウニベルが格上であるなど初めからわかっていたことだ。
リーファは地面を蹴った。
「ウニベルーーーー!!!!」
拳を振り上げ突進するリーファ。
ウニベルはやれやれと言わんばかりに、手の平をリーファへ翳した。
「!」
瞬間、リーファが進行方向を変え、ウニベルの腕の直線上から外れる。コレにはウニベルも意外そうに目を瞬いた。
ウニベルが驚いている間に、リーファの拳は既にウニベルの側頭部を捉えていた。
「ダァアアア!!!」
気合い充分に繰り出されたパンチを、ウニベルがノールックで軽く受け止める。予想通りだったらしく、リーファはすぐさま右足を振りかぶった。
「ハァア……ッ!?」
リーファの蹴りが空振りする。
またもやウニベルの姿が、リーファの視界から消えていた。
何処へ行ったと、リーファが意識を集中させる……と同時に、横腹に蹴りを入れられた。あっという間に吹き飛ばされるリーファだが、なんとか体勢を持ち直し、空中で停止する……がしかし。
「!……ガッ!!」
背後に気配を察知したと思えば、ウニベルに首を鷲掴みにされた。
エネルギーを吸い取られる前に、リーファは両足を振り上げて身体を回転させ、ウニベルの拘束を抜け出す。そのついでに、ジンシューをウニベルの後頭部目掛けて撃った。
しかしウニベルには通じない。直撃しながら無傷で振り返ったウニベルは、ただ愉快げに微笑んでいた。
「成程ね。こうやって闘うのは随分と久しぶりだけど……思ってた以上の成長ぶりだ。正直驚いてるよ。たかが月猫族がここまで強くなれるなんてね。でも……それでもまだ、エスパーダに勝てる程の実力じゃない。まあ四龍の連中は遊び好きだからね。本気を出す前に隙を突かれたんだろうけど……残念なことに、俺は慎重派タイプだからさ。『油断してるところを一気に』……なんて甘い考えをもし持ってるなら、すぐに捨てた方が良いよ。まあ言わなくても、リーファならわかってくれてると思うけど」
ニヤニヤ、ニヤニヤ。
絶対的な自信から来る余裕の笑みは、崩れる気配がない。
リーファは切れそうになる息を無理矢理呑み込んで、「うるせぇ!!!」と再び突っ込んで行った。
空振る右足上段蹴り。
リーファは舌打ちを溢して、ウニベルの姿を探す。
一度リーファと距離を取り、軽やかに岩場の上へと降り立っていたウニベルは、ニコリとリーファを見下ろした。
「リーファ、ちゃんと防御してね。次の攻撃、きっとリーファは避けられないから」
「ッ!……」
ただならぬ雰囲気に、リーファの身体が自然と強張った……その刹那。
「ッ痛!!?」
気が付けば、鼻頭に膝蹴りを入れられていた。顔が仰け反り、踏ん張ることもできずに何歩も後退る。
脳の奥まで振動している錯覚に襲われるが、何とか倒れずに持ち堪えたリーファ。溢れ出る鼻血を雑に服の袖で拭う。
……見えなかっただけじゃない。何も感じなかったッ……攻撃を受ける直前まで、何も感じなかった……!
月猫族の勘が働かないということは、それ程までに力量さがあるという証拠だ。
湧き上がって来る絶望に蓋をして、リーファは飛び出した。
「ッリャァアアアア!!!」
何発も連続で蹴りを突き出す。その風圧で後方の岩山や木々に風穴が空いていくが、ウニベルは涼しい表情で全て躱していた。それどころか、両目を閉じて避け始める始末である。
リーファが歯軋りを溢した……と同時に、ウニベルの姿が瞬きの間に居なくなる。
「ガァッ!!」
横から首を蹴り飛ばされた。
吹っ飛んでいくリーファの身体にあっという間に追い付いたウニベルは、そのままリーファの身体を蹴り上げ、最終的にダブルスレッジハンマーで地面へと叩き付ける。
「グッ……ッ!!」
衝突した衝撃で身体がバウンドした瞬間体勢を立て直し、リーファは体力配分をかなぐり捨てて最大限スピードを上げた。
宙に浮いたままのウニベルの背後を取り、後頭部に回し蹴りを喰らわせる……が、コレもまた躱された。
今更諦めるリーファではない。
互いに超スピードで辺りを移動しながら、当たるまで何度も何度も攻撃を仕掛けていくリーファ。
「ほら、全然スピードが足りないよ」
余裕綽々のウニベル。殴り掛かってきたリーファの首に尻尾を巻き付けると、そのままリーファの身体を思いきり投げ飛ばした。
ゴム弾のように地面の上を何度も弾むが、勢いは止まることを知らない。ジンシューを大地に向けて撃つことで、漸くリーファの身体は止まった。
「ハァ!ハァ!ハァ!……」
既に満身創痍とも言えるリーファの身体。
肩で息をするリーファに対して、ウニベルは汗一つ掻いていない。
……クソッ!このままじゃ……ん?ここは…………。
リーファが辺りの景色を見て、眉根を寄せる。
何度も吹っ飛んで場所を移動する内に、どうやら地下シェルター近くまで戻ってきてしまったようだ。
内心焦るリーファの目の前に、ウニベルがやって来る。
「そろそろ満足した?もうエネルギー吸い取っちゃって良いなら、城から逃げ出したお仕置き始めるんだけど」
言いながら、ウニベルが手の平をリーファへ向ける。
リーファはふらつきながらも、ウニベルの手から逃れた。そんなリーファの反応に、ウニベルは「やっぱり」と確信する。
「リーファ、俺の超能力の発動条件に気付いてるでしょ?」
ウニベルが問い掛ける。
リーファは「だったらどうした?」と不敵に笑い返した。
ウニベルの超能力“生命喰い”……その名の通り、ありとあらゆる生物からエネルギーを奪うことのできる能力だ。惑星すら自身の力の源にでき、相手の活力を削る恐るべき能力だが、しかしどんな超能力にも発動条件は存在する。
「……テメェの“生命喰い”は、手の平からしか使えない。だから腕の直線上から外れれば、エネルギーを奪われることはない。そうだろ?」
「誰にも言ったことなかったけど……当たりだよ。月猫族の戦闘に関する見極め力は侮れないね。……ユージュンだっけ?アイツも発動条件に気付いてたな。超能力の効果すら知らない筈なのにさ」
「!」
突然出された『ユージュン』の名に、僅かながらリーファが動揺する。
気にせずウニベルは、図星を突かれたにも関わらず笑みを深めた。
「自分で気付けたご褒美に、超能力は使わないでいてあげるよ。まだ俺を倒せるつもりでいるなら、思う存分向かっておいで」
「ッふざけるなァアア!!!」
激昂するリーファ。
だが攻撃が決まる前に、ウニベルの蹴りで弾かれて終いだ。
何度目かの土の味。震える腕を突っ張って身体を起こそうとするリーファだが、あることに気が付いて動きを止めた。
「??…………」
倒れるわけでもなく、一向に立ち上がる気配のないリーファを見て、ウニベルが訝しむ。
リーファの下には、土を覆い被せてカモフラージュさせていたた地下シェルターへの入り口が在った。リーファが先程ぶつかった所為で、土が禿げている。リーファが起き上がれば、ウニベルに住人達の隠れ場所がバレてしまうかもしれない。
……マズい……バレる前に攻撃を仕掛ける振りして、ここから一気に離れるか……。
リーファの考えが纏まる前に、痺れを切らしたウニベルが、立てた人差し指の照準をリーファの肩へと合わせた。
「ほらほら、闘う力が無くなったならさぁ……月猫族らしく無様に這い蹲りなよ」
ウニベルの指先にエネルギーの塊が形成される。
惑星を破壊する時のような莫大な力を感じることはないが、それでも人体を砕くくらいは朝飯前だろう。
……ダメだ!避けたら、バレる!
エネルギー弾が放たれる。
リーファは衝撃に備えて両目を瞑った。
「ウッ!……グゥ……!!」
右肩を潰され、リーファの身体が傾く。尚も動かないリーファに、いよいよウニベルが怪訝な表情を見せた。
「何?ソコに何か在るわけ?」
腕を下ろし、ウニベルがリーファの元へと近付いて来る。
リーファは足に力を入れた。ウニベルの視界を埋めるように正面へと飛び出れば、ウニベルの顔面に左手を突き出す。即座にジンシューを撃ち込んだ……が、既にウニベルはその場に居なかった。
真横から現れたウニベルは、尻尾でリーファの背中を殴る。
「グアッ!!」
またもや勢いよく飛ばされそうになるのを、何とか両足で踏ん張る。その分衝撃が身体から逃がせず、リーファは膝を着いてしまった。
「へぇ」
ウニベルが声を上げる。
底冷えするような声に視線を上げれば、取り繕うこともできずにリーファは表情を顰めた。
ウニベルが立っているのは、例のシェルター……その入り口の真上。
到頭ウニベルに町の人達の隠れ場所が見つかってしまった。
難民に加え、無理矢理働かされていたとは言え元帝国軍の裏切り者。見つかればどうなるかなど、考えるまでもない。
「…………ッ!」
リーファは無意識の内に唾を呑み込むのであった――。




