説得完了
「ふざけんな!!いくらシアのお願いでも、月猫族の手助けなんて御免だ!!!」
「そこを何とか!お願いします!!」
あれから十分後。
騒ぎが落ち着いたことから、人々が町に戻って来ており、すぐさまシアはリーファとのことを人々に説明した。そして例のカニック星人……メガに作戦を伝えた訳だが、中々首を縦に振ってくれず、今に至る。
頭を下げ続けるシアだが、メガは知らぬ存ぜぬの一点張りだ。
とてもじゃないが、リーファの為にその技術力を貸してくれるようには思えない。
「大体なぁ!何でシアから頼んでんだよ!?月猫族の手助けなんだから、月猫族が頭を下げれば良いだろ!!シアの優しさに甘えて踏ん反り返ってる時点で、手なんか貸せるか!!」
最もである。
シアが「ウッ」と言い留まり、チラリとリーファを見遣る。離れた所で仁王立ちしているリーファは、フンとそっぽを向いていた。
どうやら説得を手伝う気はないようだ。
仕方なくシアは一人でメガと対峙する。
「メガさんの意見もよくわかるよ。その通りだとも思う。でもさ、リーファは確かに月猫族だけど、帝国軍とはもう縁を切ったんだよ?俺達の故郷を滅ぼした張本人だけど、それは皇帝ウニベルの命令だってメガさんも知ってるよね?月猫族を許さなくても良いし、万が一の時は俺が全て責任を取る。だからお願い!少しだけ手を貸してください!!」
再びガバリと、シアが頭を下げた。
だがしかし……。
「ッ……それでも断る!!ウニベルの命令だから何だ!?シアも知ってる筈だ!覚えてる筈だ!!俺達の故郷を攻めてる時、月猫族は笑ってた!!命令で仕方なくやってる表情じゃない!!月猫族は生命を奪うことを楽しんでたんだ!!!ウニベルとどう違う!!?帝国軍じゃなくなったから何だ!!?月猫族は月猫族のままだ!!最低最悪の『宇宙の悪魔』なんだよ!!!」
感情のまま叫んだ所為か、メガの肩が上下に揺れ、息が荒くなっている。
メガの言っていることはその通りだった。
間違ってなんかいない。町の人達もシアも、リーファですら訂正しないのがその証拠だ。
誰だって仇の手助けをするのは嫌だろう。しかも仇の相手は、自分達のしでかした事を反省してすらいないのだから。
「メガの言う通りだ!月猫族の手助けなんてどうかしてる!」
「そうよ、シア。貴方が人一倍優しいのは知ってるわ!でも月猫族だけはどうやっても相容れないのよ!」
「正気に戻れ!シアはあの悪魔に騙されてるだけだ!」
「そうだ」「そうだ」と町の意思が一つになっていく。
完全に劣勢に立たされたシア。
……やっぱり無理か……。
リーファが一人、心の中でボソッと呟いた。
普通に考えて、町の人達が月猫族に力を貸す筈がない。
仮に仇でなくとも、結果は変わらないだろう。それだけ月猫族と他種族の間には深く険しい溝があるのだ。
最早溝は人間の感情などで表せるモノではない。遺伝子に刻み込まれた本能とも言える拒否反応である。
どちらかと言えば、当たり前のように月猫族を受け入れたシアの方が異常であった。
……この様子じゃ説得は無理だな。そろそろ次の行動を決めないと、次の追手がいつやって来るかわからない……。
この隙に地球の宇宙船を盗みに行こうかと考えるリーファ。
しかしシアは微塵も諦めていなかった。初めて見たその時から変わらない真っ直ぐな眼差しで、優しい笑顔で町の人達を見据えている。
責められてるとも言えるこの状況で、何故そんな表情ができるのかわからず、リーファは自身の考えを思い止めた。
「……アミィを助けてくれたよ?」
「「「ッ!!」」」
小さく告げられた言葉に、町の人達が動揺を見せる。
「俺達はこの地球で出会えた同胞みたいなものだ。難民同士……家族も友達も全部全部失って、とっても寂しくて……ソレを紛らわせるみたいに、皆で支え合って今日まで生きてきた。でも、皆心の何処かで壁を作ってた。『種族の差』って言う壁をさ。当然だよね。この宇宙で一番大切なのは『種族』だから。個人は二の次三の次。皆、自分の種族に誇りを持って生きてて、いくら自分達が最後の一人であってもソレは絶対に変わらない。だからこそ、自分達の種族を貶す存在には過敏な程攻撃的になる。月猫族じゃなくてもね?」
誰も反論しない。
図星だからだ。
自身の種を害する相手は、何処の誰であろうと紛れもなく敵だ。例えどれ程良好な関係を築いていたとしても、種族を馬鹿にされればその場で殺されたって文句は言えない。闘いのゴングを鳴らしたようなモノである。
だからこそ、有り得ないのだ。
リーファがアミィを助けたことが……。
「アミィは月猫族を馬鹿にした。どれだけソレが正しい感情だとしても、『種族』って言う価値観の前では関係ない。でもリーファはアミィに手を出さなかったよ。俺達だって、自分達の種族を馬鹿にされたら何をするかわからないのに、月猫族は何もしなかった。それどころか命を助けてくれた」
「「「…………」」」
「ソレがどれだけ凄いことか、皆もわかるでしょ?確かに仇だ。闘いを楽しんでたかもしれない。でも……奪うだけの種族じゃないんだよ。少なくともリーファは違うんだ。『相容れない』って拒絶することはいつだってできる。でも月猫族に歩み寄れる機会は今しかないよ。嫌いでも、憎くても、許せなくても……今だけは手を貸して!宇宙の為にも!もう二度と俺達みたいに悲しむ難民を作らない為にも!皆で帝国軍を……皇帝ウニベルを倒すんだ!!」
暫しの間、沈黙が双方を襲った。
町の人達の困惑した表情は変わらない。月猫族を見つめる眼差しに、憎悪の色が濃く映っていることに変わりはない。
それでも誰かがリーファの側へと駆け寄った。
アミィだ。
「……」
「……ありがとう!」
「!!」
訝しむリーファに、アミィは笑顔で礼を言った。目を見開き固まるリーファ。
「まだお礼、言ってなかったから……。月猫族のことは許せないけど、でも助けてくれてありがとう。『どんな事情があっても、恩義を受けたらソレを返す』……ママとパパから教えて貰ったもん。だからありがとう!」
「……生意気なガキの割には、種族の誇りをちゃんとわかってるじゃないか」
我に帰ったリーファがフッと口角を上げる。
その様子を見ていた町の人々は、「本当に?」と縋るようにリーファとシアを見つめていた。
「本当に帝国軍を……ウニベルを倒すつもりか?」
「もう怯えながら生きなくても良くなるの?」
「『宇宙の悪魔』が宇宙に平和を齎してくれるって?」
人々の嘆願に、シアは応えることなくリーファへと視線を向ける。
月猫族の口からでないと意味がない。
リーファは全員の視線を一身に受けると、「ハッ」と鼻で笑った。
「宇宙の平和なんざどうでも良い。ただウニベルをぶっ倒す!それだけだ!」
真紅の瞳が強く輝く。
最悪な答え……だが充分だった。
月猫族の強さは誰もが知るところだ。『戦闘狂集団』とすら言われている所以でもある。
その月猫族が『ウニベルを倒す』と宣言したのだ。
信じる価値は充分である。
メガはシアの肩に手を置くと、リーファの元へと歩み始めた。
「……月猫族への怒りも憎しみも変わらねぇ。だがこの宇宙に生きる者として、帝国軍の脅威を何とかしたいと思ってるのは本当だ。ソレができる力を一番持ってるのが月猫族だってことも、皮肉なことに体験済みで知ってる……」
言いながら、メガはリーファの首元で存在を主張するチョーカーを指でなぞった。
「……コレを造ったのはカニック星人だな。流石に良くできてる。帝国軍の宇宙船も武器も……造ったのは俺の同種だ。いつかは罪滅ぼしをしなくちゃならねぇと思ってた。……身内の不始末だ。シアの言う通り、俺が何とかしてやる!」
「!!メガさん!!」
パァアとシアの表情が明るくなった。
シアが駆け寄ろうとすると、メガが「ただし!」と人差し指をビシッと突き付ける。
「俺達は月猫族が憎い!!仲間になった訳じゃない!!ウニベルを倒せなかったら、地球に月猫族の居場所があると思うなよ!?後、シア!!月猫族が何かしでかさねぇか、キッチリ見張っとけ!!それが条件だ!」
「うん、わかった!ありがとう、メガさん。皆は?」
シアが町の人達を見回す。
人々は互いに顔を見合わせた。
「アミィを助けてくれたしな……」
「帝国軍が居なくなれば、殺された奴らも浮かばれる」
「……ただその姿を見てると、どうしてもあの日を……自分達の故郷が滅んだ日のことを思い出してしまうから……」
「極力町に来ず、衣食住の面倒をシアが見るって言うなら……月猫族が地球で暮らすことを認めるよ」
町の人達が頷き合う。
渋々ではあるものの、シアの願いを聞いてくれるらしい。「ありがとう、皆」とシアのお礼が町中に響いた。
……ホントに説得しやがった……。
ポカンとしながら、瞬きを繰り返すリーファ。
そんなリーファに、シアが満面の笑みを向ける。
「第一ミッションクリアだね、リーファ!」
「…………」
シアのオッケーサインを、ただただリーファは茫然と見つめていた。
こうしてシアは、無事町の人達の説得に成功したのである――。