悪魔と天使の協定
「……は?」
意味がわからないと言わんばかりに、リーファが間抜けな声を漏らす。
シアは構わず笑顔で続けた。
「次の作戦が思い付くまで、地球に居れば良いよ。この星は周りから名も無い無人星だと思われてるし、よっぽど運が悪くない限りバレないと思うんだけど……」
「ダメかな?」とシアが首を傾ける。
暫く唖然としていたリーファだが、我に帰ると首元のチョーカーに触れ、自嘲するかのように笑った。
「ハッ……お前に何の目的があって言ってるかは知らないが、残念だったな。私の身体には二箇所、発信機が付けられてる。通信機の方は通信機そのものを外せば解決だが、チョーカーは私の意志では外せない」
「無理矢理外すこともできないの?」
シアが尋ねる。
月猫族の力を持ってして、壊せない機械があるとは思えない。だがリーファは「無理だな」と、チョーカーに付いてあるピンに指を引っ掛けた。
「発信機はついでだ。チョーカーの主な使い道は爆弾。逃亡防止用のな。無理矢理外そうとすればその場でドカン……周りのモノ全部道連れにして木っ端微塵だ。鍵はウニベルだけが持ってる」
あまりの非道さに、シアは言葉を失った。「そ、んな……」と震える手でソッとチョーカーに触れる。
リーファがシアの手の上に自身の手を重ねて、チョーカーと首の隙間に指を入れれば、確かにチョーカーから「ピピピ」とけたたましい音が鳴った。慌ててシアが手を引っ込める。
音が止んだのを確認してホッと胸を撫で下ろせば、リーファが「だろ?」と言って笑っていた。
「『だろ?』って……何で笑ってるんだよ!?そんなッ……笑って言うことじゃないだろ!?いくら嫌い合ってたって、同じ組織の仲間なのに……それなのに首に爆弾なんて……そんなの絶対におかしいよ!!」
「!……宇宙侵略なんて考えてる奴がおかしくない訳ないだろ……」
パチクリと瞬きを繰り返した後、リーファが小さく応える。そして目の前のシアの身体を押し除けて立ち上がった。
「お前が怒ってる理由は知らないが……勘違いするなよ?こっちだって、今すぐチョーカーを引き千切ってやりたい程度には腹が立ってんだ」
言葉の通り、握り締められたリーファの手には血が滲んでいる。だがしかし煮え滾る激情を押し殺した声で、「でもな」とリーファはシアへと振り返った。
「悲しんでどうする?泣いてどうする?弱みを見せてるだけで、そんなのは時間の無駄だ。いざとなれば、この爆弾でアイツ諸共自爆する覚悟だってあるしな。その時はチョーカー爆弾を渡したこと、精々ウニベルにたっぷり後悔させてやるさ」
強い意志を持った瞳。自身の境遇を一切憂いでない瞳だった。
否応なく惹きつけられる目に、シアは「そうだね」と素直に考えを改める。
「悲観してるだけじゃ何も変わらない。……でも心意気は良いとして、そんな状態でどうやって逃亡するつもりだったの?居場所はすぐにバレちゃうんでしょ?」
「だから基本的にずっと宇宙船で宇宙を飛び回り続ける予定だった。偶に食料調達で何処かの星に降りることはあっても、長居するつもりはないな」
「それはいくら何でも危険過ぎるんじゃ……」
シアが眉根を寄せる。
隠れ潜みながらの逃亡生活ならまだしも、常に居場所がバレており、いつ襲われるかわかったものじゃない日々などかなりの苦痛だ。しかも宇宙船の中での生活。ただでさえ精神をリラックスさせることが難しい状況だと言うのに、これでは身体をまともに休めることもできないだろう。
「それよりも君、『宇宙船が欲しい』って言ってたけど、地球にある船じゃ、帝国軍のスピードには到底敵わないよ。帝国軍の船って最新鋭の技術で造られてるんでしょ?それこそ帝国軍の宇宙船を使った方が良いんじゃない?」
「丁度あそこにあるけど」とシアがビイツ達の乗ってきた船を指差した。しかしシアの提案に、リーファは「ウゲッ」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「あんなデリカシーも何もない船なんか使えるか。船内は何処もかしこもカメラとマイクが取り付けられて、不穏な動きを見せれば一発でバレるんだぞ。何より船の操縦権は司令塔のメインコンピュータの方が上だ。基本は乗組員が自分の意思で操縦してるが、やろうと思えばいくらでも司令塔から進路を変更することができる。第一帝国軍の船を使うには、乗組員の情報をインプットしないといけない。インプットした情報は当然司令塔に入る。私が乗れば、あっという間に本拠地の惑星に戻されて終いだろ。帝国軍の船が使えるなら、最初から宇宙カプセルで脱出なんかしてないんだよ」
説明しながら苛立ってきたのか、リーファが額に青筋を立てる。
確かに帝国軍と敵対している人間が使うには、あまりにも不向きな船だ。
理解したシアは「それならやっぱり」とリーファに手を差し出す。
「ウニベルを倒す算段が着くまで、地球で一緒に暮らそうよ」
「……馬鹿か?発信機が付いてるって言ってるだろ。この星を戦場にしたいなら勝手だが、私を捕まえるまで次々に追手が送り込まれて来るんだぞ?最悪ウニベル本人が来るかもしれない。そうなれば、お前ら難民は全員殺され、町は破壊……この星は帝国軍の資源元として管理される。それでも良いって?」
脅すような口振りだが、シアは提案を取り下げない。「大丈夫」とリーファの両手を包み込んだ。
「そのチョーカーのことは俺がきっと何とかしてみせる。良い作戦、思い付いちゃったから!」
そう言って微笑んだシアは、ニッと悪戯を思い付いた子供の表情をしていた。
訝しむリーファに、シアは「あのね」と顔を近付ける。
「君が死んだことになれば良いんだよ!」
「…………は?…………」
あまりに突拍子のない発言に、数秒時が止まった。
シアは「えっとね」と説明を始める。
「帝国軍の宇宙船のシステムを逆に利用するんだよ。地球にはカニック星人のメガさんが居るから、機械をハッキングして貰うんだ」
「……カニック星人……」
聞き覚えがあるらしい。
……確か、宇宙でも突出した科学技術力を持つ種族……帝国軍に殆どが捕まった筈だが、逃げ出せた奴が居るのか……。
帝国軍には戦闘員だけでなく、医療班と科学班も存在している。それぞれその分野に特化した種族を攫って、無理矢理働かせているのだ。特にカニック星人はその技術力の高さから、帝国軍の宇宙船を始め、武器、発信機、通信機など様々な発明をさせられている。
「メガさんなら、きっとそのチョーカーのことも何とかしてくれるよ!」
「仮にソレができたとして、月猫族に手を貸す人間が居る訳ないだろ。そもそもお前こそ、何でそこまで月猫族に構おうとするんだ?放っとけば良いだろ。勝手に出て行くと言ってるんだ。わざわざ要らぬ火の粉を浴びる必要なんてない」
リーファがシアの真意を探るように睨み付ける。何も信じていない瞳だった。
シアは少し寂しげに目を伏せると、「約束したから」と小さく呟く。あまりにも小さな声だった為、リーファは首を傾げた。しかしリーファが聞き直す前に、シアはいつも通りの笑顔を浮かべてリーファの手をギュッと握る。
「地球は知っての通り難民の星だから。居場所を失くして困ってる人を、絶対に見捨てたりしないんだよ。それにね、君も言ってたでしょ?俺は『宇宙の守護天使』……陽鳥族の生き残りだ。陽鳥族の使命は『この宇宙の平和を護る』こと……俺以外絶滅したって、その使命は変わらない。宇宙中の人々を害する帝国軍を倒して、宇宙の平和を取り戻したいんだよ。だから、君に手を貸したい。俺を信じて!」
リーファの瞳を見据えるシア。真っ直ぐな眼差しだ。
「……『この宇宙の平和を護る』……ソレが陽鳥族の誇りという訳か……」
リーファが問えば、シアは「うん」と力強く頷く。
種族によって背負う誇りは様々だ。だがどんな種族であっても、自分達の誇りを胸に生きている。例え生まれた母星が滅んだって、自分以外の同種が絶滅したって、種族の誇りは消えたりしない。ソレはどの種族も変わらないことであった。
「わかった」とリーファが応える。
「そこまで言うなら、試してやる。作戦が成功すれば、お前のことを信じてやるよ」
「協定成立だね。あ、そう言えばまだちゃんと自己紹介してなかったよね?俺はシア。陽鳥族の仔空。君の名前は?」
思い出したかのようにシアが問い掛ければ、リーファは「今更過ぎるだろ」と言わんばかりの表情でやれやれと口を開いた。
「……麗華」