番外編 月猫族に呪福を
「「“四龍”!?」」
ユーリンと声が揃う。
“四龍”……ウニベル直属の特攻部隊。目の前のコイツは“黒龍”エスパーダだったか。コイツらが動く時はウニベルから命令が下った場合のみだ。
そんな奴がこの場に居り、尚且つ俺達に攻撃して来たということは……。
「どういうつもりだ!?何故お前がッ……『この惑星を侵略して来い』と月猫族に命令して来たのはウニベルだぞ!!」
「ああ。どうやらお前達の通信機のみ故障しているようだったから、仕方なく僕が来たんだ。今月猫族には、全員緊急帰星命令が出ている。母星ごと滅亡させる為にな」
「『星ごと滅亡』?……」
ユーリンが聞き返す。
嫌な予感がする。胸のザワつきが収まらない。
エスパーダはフッと微笑を溢した。
「ウニベル様より伝言だ。
『今までご苦労だったね。帝国軍の戦力は随分と潤ったよ。もう月猫族の役目は終わりだ』
……とな。よって目障りな月猫族、お前達は絶滅することが決まった」
「「…………」」
言葉が出てこなかった。
ソレはユーリンも同じみたいだ。
頭が酷く冷えている。
いつの間にか、四方から飛んで来た帝国軍の兵士が俺達を囲んでいた。その手や服には紅い血。恐らくは仕事仲間の奴らの返り血……。
身体が無意識の内に震えていた。ピリッとした痛みで、握り締めていたらしい手の平から血が垂れていることに気付く。
「……ッざけんなァアア!!!」
「ユージュン!」
気が付けば飛び掛かっていた。
ユーリンの制止が聞こえた気がしたが、止まれそうにない。
「ッ…………!!!」
身体がピクリとも動かなかった。
全力で殴り掛かった筈の拳は、アッサリとエスパーダの手の平に収まっていた。腕を引くことすらできない。
それ程までに力量差がある。
頭上から溜め息が聞こえた。
「この程度か。拍子抜けだな」
「ッんだ……グァッ……ア"ァアアアアアア!!!!」
「ユージュン!!?」
クルリと身体を回され、掴まれていた拳ごと腕を背中に持って来られた瞬間、腕力だけで骨を砕かれた。
全身を駆け抜ける激痛に叫声を上げれば、そのまま腕を離され地面に転がされる。
左手で右腕を庇うが、当然痛みが和らぐことはない。
「ユージュン!!ユージュン、しっかり!!」
「グッ……ァア……ハァ!ハァ!ハァ!」
ユーリンが身体を支えてくれる。
一分も経てば、身体が痛みに慣れてきた。
怒りを込めて相手を睨み付ければ、エスパーダは素知らぬ表情で冷笑を浮かべている。
「酷い」と、ユーリンが俺を庇うように前へ出た。
「何で……いくら何でも酷過ぎるよ!!そもそも月猫族を無理矢理配下にしたのはウニベルだろ!?私達は今までちゃんと命令通りに働いてきたじゃないか!!ソレを用が済んだ途端、殺すなんて……あんまりだよ!!」
「そんな綺麗事を言える種族か?『宇宙の悪魔』よ」
「ッ……」
ユーリンが押し黙る。
構わず、エスパーダは続けた。
「お前達がこれまで繰り返し続けた非道に比べれば、可愛いモノだ。むしろお前達を滅ぼせば、宇宙中の者達が歓喜の涙を流すことだろう。ウニベル様の手により引導を渡されること、貴様ら蛮族には身に余る誉れだと思うが良い」
「「ッ!!」」
自然と唇を噛み締めていた。
身体の震えが止まらない。血が沸騰しているかのようだ。
右腕の痛みも忘れて、足に力を入れる……と、ユーリンが片腕を広げて立ち上がった。
真っ白な衣が風で靡く。白は紛れもない月猫族最強の証。
いつもなら「俺を庇うな」とか「俺より前線に立つんじゃねぇ」とか、色々吐き捨てていたと思う。
……違う。通常のユーリンじゃない……。
殺気とも違った冷たい憤怒。
エスパーダの眉が少しだけ顰められている。周りの兵達に至っては、膝が笑っていた。
虫すら殺すのを躊躇うような甘い奴が、四龍の一角を威圧する程の気迫を纏っている……。
気が付けば、腕に鳥肌が立っていた。
ユーリンは静かに口を開けた。
「……ユージュン、ここは私が闘う。その間にユージュンだけでも逃げて」
「ッな!?……」
文句を言う前に、ユーリンは飛び出していた。
速い。初動すら捉えられず、いつの間にかユーリンはエスパーダの首目掛けて蹴りを繰り出していた。その攻撃を、エスパーダもまた軽く受け止めている。
「ほう。お前、そこの男よりもかなり腕が立つな」
「ッ……ハァッ!!」
ユーリンが右腕を素早く振るった。腕はまるで剣撃のように……否、それ以上の威力を持って空を斬る。遠くの岩山が一斉に両断される中、エスパーダだけは両腕だけで防ぎ切っていた。擦り傷一つ、その腕には付いていない。表情は変わらず、余裕綽々のムカつく笑みだ。
「……月猫族の上位戦士は、帝国幹部に匹敵する。否、超能力に頼り切った幹部連中よりも、肉弾戦の一点のみで見れば、確実に貴様ら月猫族の方が遥かに強い。ウニベル様の命で四龍が来たのは正しかったようだ。この女を倒せる者は、幹部の中には居ないだろう」
エスパーダが意味深に、更に口角を上げる。その視線は俺に向けられた。
反射的に身構える。
「お前達!そこの男を始末しろ!!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
「ッ!!」
エスパーダの指令に従って、兵達が銃口を向けてきた。
「女に庇われるなんて情けない奴だ」
「ああ。こんなダサい奴でも『宇宙の悪魔』だ。討ち取りゃ、名が上がるってもんよ」
ニヤニヤと下卑た笑みをぶら下げて、レーザーが放たれる……と同時に、その場から飛び退いた。
だが、流石に四龍と任務を共にするだけの兵達だ。すぐさま俺を追い掛け、宙へと飛び上がって来る。
右腕の骨折に舌打ちを溢しながらも、向かって来る兵達を何とか相手した。
動きを見切って攻撃を躱し、カウンターのように相手の眉間に頭突きをかます。怯んだところを蹴り落とせば、別の兵が背中を狙って突進して来た。前に吹っ飛べば、見計らったように他二人が俺の身体を拘束する。
動けない敵など恰好の的だ。
顔面、腹、胸……と好き勝手殴られる。
元々、対月猫族用の編成隊。二人掛かりで拘束されれば、振り払うこともできそうにない。
額からの血で目が霞む。肺中の空気の塊を口から吐き出せば、左手にジンシューを生み出した。
手の平は誰のことも捉えていないが、構わず放つ。
「ギャハハハ!!やけ撃ちか!?何処撃ってんだよ、おい!!」
当然のように明後日の方へと飛んでいくジンシューを見て、兵達が高笑いでバカにする。
気にせず、俺は指をクイッと曲げた。指の動きに合わせるように、ジンシューもまた進行方向を変える。俺の方に気を取られている兵共は、ジンシューが迫って来ていることに気付きもしない。
「ガバッ!!?」
「ギィアッ!!」
拘束していた兵二人の頭が塵と化す。
漸く身体が自由になれば、未だ状況処理に手間取っている兵の男へと右腕を突き出した。骨折してようが、来るとわかっている痛みに月猫族が耐えられないわけがない。惚けている男の心臓目掛けて、ジンシューを撃った。
「っな、折れてる腕で……正気か、貴様!?」
残った一人の兵が、化け物でも見る目で俺を睨む。
『正気か?』と聞かれたら、答えは否だ。今にも狂ってしまいそうな程怒っているのだから。
喉に詰まった血を適当に吐き出せば、口元を乱雑に拭った。
「次はテメェの番だ」
「ッ……死に損ない風情がァアア!!!!」
どうやら向こうもキレたらしい。
スピードを一気に上げて殴り掛かって来る。怒りに任せての攻撃だからか、狙いが読み易い。
「オラァア!!!」
「ッ!!」
避けることなく顔面を殴らせてやれば、口の中に血の味が広がった。
気にせず、相手の力が僅かに緩んだところで、逃がさないよう男の手首を掴む。
折れた右腕を後ろに引けば、相手の心臓部に槍の如く腕を突き刺した。所詮は他種族の肉体。呆気なく肉を貫通する。
「ゴボッ!」と大量の返り血を浴びながら、腕を引き抜き男の手首を離した。
「ハァ!ハァ!ハァ!……ウッ……!」
視界が霞んでしょうがない。殴られ過ぎたようだ。
だが悠長に寝ている場合じゃない。
「ハァア!!ヤァ!!ハッ!!」
「フフフ。どうした?もっと僕を楽しませてみろ」
「クッ……タァアア!!」
ユーリンとエスパーダが激闘を繰り広げている。
見ただけでレベルの違う戦闘だとわかった。間に割って入ることすら憚られる。
舌打ちを一つ溢した。
……押されてやがる……このままじゃ……。
あのユーリンが全力を出して闘っているにも関わらず、エスパーダは見る限り実力の半分も出していないようだ。勝敗を決するのも時間の問題である。
「ウッ……ァアア!!!」
「ユーリン!!」
エスパーダの蹴りが、ユーリンの腹に決まった。吹っ飛ばされるユーリン。
考えるよりも先に身体が動いていた。
今までのダメージも吹き飛んで、ユーリンの身体を抱き止める。
「ウグッ……おい!平気か!?」
「ユージュン!逃げてって言ったのに!」
「月猫族が敵前逃亡なんざできるか!!第一、テメェ放って帰れるかよ!!」
「ユージュン……」
まだ何か言いたげな表情をしているユーリン。
どれだけ文句を言われようが、戦力外だと思われようが、帰るつもりは更々ないので、二の句を告げられる前に俺もエスパーダと対峙する。
エスパーダは殺られた部下達を一睨みして、苛立たしげに舌打ちを打っていた。
「この程度の雑魚に数人掛かりで殺られるなど……それでも帝国の戦闘員か。情けない。死んで当然だな」
エスパーダが冷たく吐き捨てる……と同時に、奴の通信機がピピッと鳴った。通話に出ることなくコールを切れば、エスパーダは「さて」と俺達を見据える。
「時間だ。イタガ星の最期をウニベル様と見届ける為に、遊びはこれまでとしよう」
言いながら、エスパーダが手の平をこちらに翳す。ジンシューと酷似した光の玉が生成されるが、瞬時にわかった。
アレは途方もないエネルギーの塊だと。それこそジンシューなんかとは比べ物にならない程の。
受ければ確実に死ぬ。
明確な死の予感と共に、エネルギー弾が放たれた。
攻撃範囲が広い。どうやっても避け切れない。
「ユージュン!!!」
「ッ!?」
腕を思いきり引っ張られたと思えば、視界いっぱいに広がる白色。ユーリンに抱き締められている……と気付いた時には、既にエネルギー弾がすぐそこまで迫って来ていた。
ユーリンが咄嗟に特大のジンシューで俺達の身体を覆い隠す。
その直後、俺達はエネルギー弾に呑み込まれたのであった。
* * *
「ウグッ……痛ゥッ……!!」
目が覚めたら、相も変わらず白色で視界が埋まっていた。
「……ユージュン、大丈夫?」
頭上からユーリンの声。次いで、俺の身体から重みが消えた。ユーリンが俺の隣に転がったのだ。
当然だろう。
俺でさえ全身がズキズキと痛むのだ。ジンシューを盾にしたと言えど、俺を庇ったユーリンのダメージは測り知れない。
それなのに第一声が俺の心配とは、本当にユーリンは……。
呆れ半分で上半身を起こしながら、「『大丈夫?』はこっちのセリフだ」と視線をユーリンに落として……そして息を呑んだ。
「…………ユー、リン……?……おい!ユーリン!!」
弾かれたようにユーリンの身体を抱き寄せた。
エスパーダの攻撃を受けたのであろう背中から、大量の血が流れていたのだ。よくよく見れば、俺の身体も辺りの地面も、ユーリンの血で真っ赤に染まっている。
月猫族にとって血が出ることは通常のことだ。大した問題じゃない。そもそも身体の造りが他種族よりも遥かに頑丈にできているし、回復力も高い。ちょっとした出血程度なら休ませる必要なく、勝手に傷口が塞がっている。
だがしかし……コレは無理だ。
……血が出過ぎてる……早く治療しねぇと……このままじゃッ……!!
頭が異常なスピードで冷えていく。にも関わらず、思考が焼き切れそうな程回転していた。
明確な“ユーリンの死”が目の前に在る。
同種の死なんて、今まで散々見てきた。
それでも……よりにもよって、こんな……こんなッ!!
「……ユー、ジュン……」
「喋るな!!絶対助ける!!すぐに医者見つけて来るから!!」
言いながら翔け出そうとする俺の腕を、やんわりとユーリンの手が制止した。
もう一度ユーリンへと目を向ければ、何故だかユーリンは笑っていた。
……あ…………。
その表情でわかってしまった。
ユーリンはもう死ぬ覚悟を決めているのだと……。
ユーリンは笑顔のまま口を開いた。俺の手に、震えている自身の手をソッと重ねる。
「……ユージュン、今まで、ほんとッ、ありがとッ……」
「ッ!……何が……何が『ありがとう』だよ!?ふざけんなよ!?こんな!……こんな死に方……俺が望んでるとでも思ってんのか!!?テメェに庇われて生き残って、ソレで俺が喜ぶとでも思ってのかよ!!?」
「ごめッ……生きてッ……ユージュン……ごめ、ね……大、好きッ、だ……よ…………」
俺の手からユーリンの手が転がり落ちる。その薄紅色の瞳は固く閉ざされ、開く気配は微塵もない。
呼吸音も聞こえてこなければ、鼓動が脈打つ音も聞こえない。
「……ユー……ッ!!!!!!」
身体の奥底から感情が湧き上がって来る。この激情の名が何なのか、残念ながら月猫族である俺にはわからない。唯一覚えがあるのは“怒り”だけだ。
「ウ……アァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
許さない。絶対に許さない。
何故俺なんかを庇った!?
あんなデタラメな攻撃を受けて、俺が生きてるんだ。自身を護ることに意識を向けてさえいれば、ユーリンは死ななかった。
闘い嫌いの癖に、こんな時だけ……!!
「ウニ、ベルッ!!……ウニベルッ!!!」
許さない、絶対に。
俺はお前を許さない。
闘い嫌いの甘ったれに、こんな選択をさせた自分を許さない。
……『今までご苦労だったね。帝国軍の戦力は随分と潤ったよ。もう月猫族の役目は終わりだ』
ふざけやがって!ふざけやがって!!
力任せに、両腕を地面へと叩き付けた。
大地に亀裂が走り、巨大な窪みができる。
……『今月猫族には、全員緊急帰星命令が出ている。母星ごと滅亡させる為にな』
…………。
エスパーダの言葉を思い出す。
力が抜けそうになる足を殴って、無理矢理立ち上がった。衝撃で額や腕から血が地面へと飛び散る。
身体の回復が追い付いていないのだろう。止血が一向に進んでいない。ユーリンと同じだ。
俺は何とか生きてるがソレだけのこと。生きてるだけで、この先動き続ければ間違いなく死ぬ怪我を負っている。その自覚はあった。誤魔化すように、荒い息ごと空気を呑み込む。
「……さ、せてッ……たま、るかッ!!」
ユーリンの遺体を見遣る。
……『ねぇ、ユージュン!今日の任務が終わったら、しばらくお仕事お休みでしょ!?だからさ、何処か遠くの惑星にデートしに行こうよ!』
いつも『約束を覚えておけ』と煩いのは、ユーリンの方だったのに……。
「……お前も約束破ったんだから、コレであいこだな……」
ユーリンから視線を前へと戻す。
……悪いな。例え死んだとしても……アイツだけは……ウニベルだけは絶対に許せねェ!!!
止めどなく溢れて来る感情のまま、拳を握り締めた。
「待ってろ。お前の仇は、絶対に討ってやる!!!」
そして俺は、乗って来た宇宙船へと向かって飛び立った――。




